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高良川縁起 その14

『筑後川で初めて架けられた橋』

文/高良川 ほとり

寒い日が続きますが、梅の花は見ごろを迎えております。先日陽気に誘われて筑後川沿いをドライブしておりましたら、橋の架け替えがあっとりました。調べてみましたら、夜明ダムのすこし上にかかる夜明大橋から、有明海へと注ぐ大川の川副大橋まで、主なものだけでも40本弱の橋があるんですな。ちなみに、橋ができる以前の主役は渡し舟。それこそ、日田市から大川市まで62か所の渡し場があったそうです。そういや、櫛原にも「博多道」という交差点が残っていますね。あそこから筑後川のほうさんいくと、渡し場があったそう。婚礼用の鯛やら博多まで買いにいきよったもんね、と聞いたことがあります。あのじーちゃんの若いころ、ですから100年ほど昔の話であります。

橋が何年もつやら知らんですが、数年おきに一本づつ計画的に改修しているそうで、いまは田主丸から甘木のほうさん抜ける「両筑橋」が工事中。その二本上の「恵蘇宿橋」もお色直し中。調べてみたらどちらも昭和30年生まれですんで、そろそろお年頃なんでしょうか。

平成30年に新しくなりました神代橋。旧神代橋は昭和15年にかけられましたが、それ以前は浮橋だったそうです。浮橋と言われてもいまいちピンときませんが、船を何十艘も並べて係留、その上に板を渡して橋としていました。この浮橋、1274年の元寇の際に博多へと応戦に向かう肥後薩摩の軍勢を渡すためにかけられたのが始まりと言われています。この浮橋が筑後川で初めて架けられた橋でした。当時の川幅を知ることはできませんが、1649年(正保4年)に書かれました筑後国之内大道小道之記には川幅90m、川の深さは2mほど、とありました。いまの川幅は220m弱。ダムで流量の調整が行われていますので一概に比べることはできませんが、どんな風景だったのでしょうか。

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史跡 神代浮橋跡の石碑


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