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高良川縁起 その6

『水田の除草事情』

文/高良川 ほとり

先月までは麦畑だったのに、刈り取り、畑の火入れ、荒おこし、代かきと進んで田植えで大忙しの筑後平野です。「米」という字を分解すると、「八」と「十」と「八」、だもんで米作りには八十八の手間がかかるんだ、と申します。おっしゃほんなら数えたろ、と思ったんですがそういやあ八百万の神様が、だとか、千代に八千代にとか、なんだかんだと盛る国民性だったなあ、と思い出したのでやめときます。が、籾を水に漬けて苗をつくるだけでも四十くらいは手間がありそうです。昔から農業は苗半作といいますが、なにごとも準備が肝心ですな。

さあて苗をつくって田植えがおわれば次に始まるのが草取り。米をつくるにあたって除草作業は田植えと並ぶ重労働のひとつでございます。中でも暑いさかりの除草作業がきついのなんのって。化学除草剤が登場するのは第二次世界大戦後、それまではひたすら人力であります。上から降り注ぐ直射日光と水面からの反射で裏も表もこんがりと焼きあがる。それが夏場の水田除草なのです。

江戸時代中期、宝永年間といいますから南海トラフ大地震があったり富士山が噴火したりといった大事件が世間をにぎわせたなか、久留米藩は三井郡国分村、いまの国分町在住の笠さんが雁爪(がんづめ)を考案いたしました。ちなみに「りゅう」さんです。宮の陣んにきにいくと同じ苗字でも「かさ」さんとなります。閑話休題、この雁爪が筑後平野の草取りに一大革命を起こしたのであります。いや、みてみればなんてこたあない鉄の小さな熊手みたいなもんですが、草取りと、土をかるく耕し通気性を改善する「中耕」作業が同時にできる画期的な器具だったのです。いまでも競輪場のたもとに顕彰碑がたっちょります。のちに改良され手押し式の中耕除草機とともに、農業の機械化が始まる戦後しばらくまで日本全国で使われていました。

ちなみに現代の除草事情はと申しますと広川町のオーレックさん、水田用の乗用除草機をつくられております。お値段なんと四百四十万円!そこをなんとか半値八掛け二割引で八十八万円に!はならんか・・・。

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