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2021-01

歯は健康のバロメーター vol.44

〜落合先生のお口のお話し〜

鼻づまりと口臭そして歯の着色の関係

おちあい小児歯科医院 院長 落合 聡

12月になってかなり寒い日が続くようになりました。暑い夏から急に寒くなり、風邪をひいて鼻がつまっているこどもが多くなる季節です。

鼻がつまっていると、特に就寝時にはどうしても口を開けて口呼吸になります。そうしないと息が苦しいからです。こうなると口の中には空気が出たり入ったりするわけですが、その状態で一晩を過ごすとどうなるかというと、口の中はカラカラに乾燥してしまいます。通常、口の中は唾液が充満していますので、いつも湿潤しています。それによって口の中の汚れやもともと住んでいる細菌などは、ある程度自然に洗い流されていくような仕組みになっていますが、乾燥してくるとサラサラの唾液も粘調になり、洗い流す機能は落ちてしまいます。その結果、どうなるかというと口の中に汚れがとどまって歯に茶渋のような着色が付着したり、舌の表面が汚れてきたり、細菌が増殖して口臭がひどくなったりすることになります。よくこどもが朝起きた時ひどい口臭がする、磨いているのに歯の着色が目立つ、というご相談を受けることがありますが、こどもの口臭や着色はたいていこの口の中の乾燥が原因です。したがってどうすればいいかというと、もちろん一番いいのは鼻づまりを治すことですが、なかなか治らないこともあります。その場合には、就寝前によく歯を磨くこと、そして保湿剤の入った歯磨き剤がありますので、これを使って磨くこと、さらにそれを舌の上にも塗布してあげること、この工夫によって乾燥しにくい口の中になり、口臭も着色も改善することが多いようです。朝起きたときの様子が気になる場合には、この保湿剤入りの歯磨き剤を使ってみることをお勧めします。

ただ、保湿剤入りの歯磨き剤にはフッ素が含まれていないことがありますので、それを使って磨いてもむし歯の予防効果が低い可能性があります。その場合には、フッ素入りの歯磨き剤で磨いた後、保湿剤入りの歯磨き剤を歯と舌の上に塗布してあげるといいでしょう。少し手間はかかりますが、朝起きた時がさわやかになると思います。試してみて下さい。

むすんで、ひらいて!! vol.80

「幼児心理カウンセリング」

一般財団法人田中教育研究所

幼児心理カウンセラー  野田 鏡子

気軽にご相談下さい

[福岡教室]

☎092(823)1152

[久留米教室]
☎0942(33)1152 

育児相談、教育相談については「育児カウンセリング」や「教育カウンセリング」などの言葉が用いられます。

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一般的には「適応上の問題を持ち、その解決に援助を必要とする個人と専門的訓練を受けて助力者としての資質を備えた専門家とが面接し、主として言語的手段によって心理的影響を与え問題解決を助ける過程」としています。

私の所にも、さまざまな問題を抱えた方々がカウンセリングを受けに来られます。

カウンセリングの方法としては、まず、お子様と20~30分しっかり向き合い、遊びを通してその反応などを見させていただきます。

知的な発達、理解力、表現力、興味、意欲等々。その後、保護者の方が気になる点をお聞きし、今後、どのように養育していけば良いか話し合います。

乳幼児の場合、保護者の接し方で急激に変化し成長していくことも良くあります。

小学生や中高生になってから起こる不適応行動などの原因のほとんどは乳幼児期の接し方にあることが多いと言われています。乳幼児期に治療指導出来るものはしておくべきです。対処が早ければ早い程、問題をなくすことができ、それが強く望まれます。

自閉症・小児失語症・場面緘黙・注意欠陥多動性障害(ADHD)・退行現象・不登校・チック・指しゃぶり・爪噛み・知的障害・パニック障害等々、子どもの教育についての研究は、化学や物理学の研究のように実験出来ない為、絶対的な客観性を求めることは出来ません。しかし、気になる時は出来るだけ対処方法を見つけ出すことが大切です。幼児心理カウンセラーは発達しそびれた子ども達を健常の発達に導く資格認定です。

香茶店〝香り不思議発見〟 Vol.123

貴方は眠れていますか?

〜不眠でお困りの方へ〜

香star

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今、睡眠に関する相談が増えている。

「よく眠れない」「眠りが浅くて、夜中によく目覚める」など、睡眠障害の方が多いと聞く。香老舗天年堂は14年前から、安らかな眠りを引き出すお香が作れないかと試行錯誤してきた。そこで数年前にインド原産のベチバー(イネ科の植物)に注目、幾たびかの試作品を作りながら終夜睡眠ポリグラフ検査に至った。

この検査は現在久留米大学学長の内村直尚先生との共同事業。ベチバーと白檀を配合したお香で、眠りに不安を持つ成人を対象にした検査を行い、寝つき、夜間の覚醒、早朝の目覚め、熟眠感不足の不眠症状を改善する効果があることを確認。睡眠薬や睡眠導入剤に頼らずに天然の香り成分によって睡眠障害の改善が期待されることが報告された。この度パッケージも完成し、店頭にて販売している。眠りでお困りの方は是非ご相談を!

コーヒー産地を訪ねて…一枚の写真 vol.140

“2015年 ボリビア ラパス”

写真と文 安達  和宏

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2015年ボリビア買付けでの一コマです。エル・アルトの空港、そしてホテルからペドロさん運転の4WD車は勢いよく下界へ降って行きます。道路脇の風景は草木も少なく荒々しい岩ばかり、今思えば、宇宙探査機”はやぶさ”が見た世界もあの時の風景に近いのではないかと思うくらいです。此処には、地球という惑星の始まりと成長のドラマがまだ有り在りと残っています。そんな移動中に腕時計の標高計を見るとなんと4325m..精度の問題はありますが、富士山より高い所を移動しているのは間違い無いようです。しかし、昨夜ホテルでの長風呂が良くなかったのか今朝から高山病の頭痛と胃のムカつきが止まりません。ホテルで貰ったコカ茶が嬉しい(効果は定かでは有りませんが)のです。あれほど苦しかったのに、この後1500m付近まで来たらケロリ、途中のドライブインでは昼御飯美味しく頂き、いざコロイコの農園を目指したのでした。

久留米文学散歩 vol.97

田中吉政公 お慕い申しあげそうろうゆえ 第十一回

田中道という名の街道 文/江﨑久美子

吉政は、筑後国入封後、柳川城と十支城の築城と、それを繋ぐ街道の整備をしました。

柳川城から福島城。福島城から黒木猫尾城。柳川城から黒木城。福島城から久留米城。久留米城から城島城、城島城から大川榎津城。榎津城から柳川城。柳川城から江浦城、中島城、松延城と、網の目のように繋ぎます。元々あった街道の整備と、新たに新道を作りました。

その柳川と久留米間の柳川新道を、古老は、田中道と呼びました。城下の出入りの箇所には、道の両側に堀を作り、防御対策を行いました。その新道の田中道は、百姓の次男三男を呼び寄せ、津福町、土甲呂町、下田町、金屋町、横溝町、大角町、田川町、山野町、目安町という町立てをしました。この町に住んだ者は、税金の一部が永代年貢免除となり、吉政没後に、土甲呂町や津福町の住人は、吉政を偲び「座」を作って「御免地祭り」を催しました。今でも、吉政を祀った小さな祠が、大木町横溝の(兵部社)・同町土甲呂(吉政社)・久留米市津福町(広建社)などあります。

また、以前からあった古道の「府中道」を久留米から少し離して柳川往還の田中道に繋ぎます。福島城から久留米城までは、広川町を抜け二軒茶屋から小頭町を目指します。福島城下には、久留米へ通じる意味の久留米橋という欄干があります。

そして、驚くことに、筑後国以外の隣の筑前国にも田中道と称される道が存在するのです。残念ながら、なぜ古老がそう呼ぶのかは特定できていないのですが、現在確認できる道は、大宰府インター近くから宇美町に至る乙金公民館あたりです。この田中道は、博多に通じる通常の街道とは違って、大野城市に入った後、井ノ口公民館の少し南を通り、そこからは江戸期に参勤などで使われた道を通り小倉の大里宿へ、そして港へ向かうのです。あなたも、近くの田中道を歩いてみませんか?

新・落語スズメvol.29

『コロナ禍の工夫』

文/松田 一成

暮れに真っ赤な六五郎橋越えて浪曲の会に参加。玉川奈々福さんの九州ツアー、久留米他すべての会場で中止となったなか、去年は佐賀浪漫座でのみ行われました。浪漫座さんは佐賀市歴史民俗館に併設された大正ロマン溢れる建物。この会の為に毎年作られる塚本猪一郎氏のポスターも洒落てます。厳格なコロナ対策がなされたなか100人ほどの入り。受付はお手伝いの大学生でした。浪曲、浪花節、ご存知の方も多いかと思いますが、浪曲師の唸りに合わせて、会場から声が掛かる。「待ってました!」「日本一!」。浪曲師(唸る方)、曲師(三味線)、お客様の三位一体となって創りあげる芸、この雰囲気が浪曲の醍醐味だったりするのです。しかし、今回はこれが出来ない。運営さん、考えましたね。新聞紙程の画用紙に、表には「待ってました!」裏に「日本一!」、大書きされた紙が会場に配られました。掛け声が掛けられない代わりにこれを使えと。奈々福さんが登壇したとたん、会場中から「待ってました!」の紙が上がる。これには、アタシもグッときました。奈々福さん、涙がポロっとこぼれていたような。自身、かなり悩まれたなか、今回の佐賀での公演がコロナ禍後初めての地方の会だったとことも合わせて、こんな素敵な工夫で浪曲を盛り上げて下さるお客様がいらっしゃることに。ほんとに美しき浪花節の世界。一席目、柳家喬太郎師匠に捧げる『ハンバーグが出来るまで外伝』。二席目、忠臣蔵より『赤埴源蔵、徳利の別れ』。受付の大学生、浪曲初体験の感想を聞かれ、「ココロがビリビリしました」。いい会でした。

*お手を伝いさせて頂いている落語会、YouTubeで無料配信しています。『立川生志チャンネル』『点心寄席』是非、ご覧ください!本年も宜しくお願いします!

くるめ食素材探検 vol.87

新年のお野菜ちゃ、あれくさ!ななくさ!「七草」編

文/靏久 格(産直や 蔵肆)

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年明けのお野菜、といえば、せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろの七草。6日の夜に下ごしらえ、7日の朝食をおかゆで、というのが正式ないただきかたです。もっと古式ゆかしくやるならば、七草なずな、七草ばやしと呼ばれるわらべうたをうたいながら七草をたたいて下ごしらえ、翌朝東のほうから清水を汲んできて炊き上げます。が、最近ではお餅をいれたり、おかゆにせず菜飯にしたり、七草をゆがいたときのお湯で手を洗うと一年間かぜをひかない、など地域や家庭ごとの風習、食べ方がございますので、肩肘はらずに気軽にいただくのが一番なのかもしれません。

七草の由来は、室町時代に成立した「御伽草子」の一章「七草草紙」。「御伽草子」は一寸法師や浦島太郎などのお話しを編纂したものですが、そのなかの「七草草紙」が中国の親孝行と立身出世を説くお話です。この七草草紙をもとに、平安時代に7種の穀物で粥を食べるようになり、これと摘み草の風習があわさって鎌倉時代から室町にかけていまの「七草」の原型ができあがり、現代に伝わっているようです。年末年始の食事で疲弊した胃腸をいたわる七草粥、というのは近年になって言われるようになった後付けで、本来七草は一歳(いちねん)の邪気を祓うハレの御馳走です。

2013年から始まったこの連載も、これにて最後となりました。長い間のご愛顧、ありがとうございました。

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