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新・落語スズメ Archive

新・落語スズメvol.32

『春はあけぼの
  (26回目は立川談笑)』
文/松田 一成

一年延期の会、六五郎橋を越えての『立川談笑独演会』へ。平日の夜ということもあり、都合で行けるかどうか微妙。構えていたら、おっとどっこい、人数制限もあり、昨年お買い求め頂いていたチケットのみ入場可能とのこと。当日券の販売はなし。そんな時に限ってぽっかり時間が空くのです。談笑落語、久しぶりの再会が今度はこちらが再度延期か。そんな話をしていたら、持つべきものは落語仲間、余分に買っていた一枚を融通して頂きました。深謝。偶然の同月同日の15年前はサザンクス筑後、立川談志、談笑の親子会。アタシの中では特別の会、談志渾身の『芝浜』の会だった。そんな談志さんが連れてきた(その当時真打なりたて)談笑師は随分可愛がられていたふうで、落語立川流のなかでも異例の出世、二つ目最短記録を持っていたような。サザンクス筑後では談志さんに譲ったが、今回は独演会、さあ何をと期待を持って桟敷に滑り込む。「お席亭から談志師匠の話をとのリクエストがあった」「普段は意識して全くやらない」との前置きの後、出るは出るは、マニアにはたまらない談志エピソードの数々。長生きも芸のうち(歴史は最後に生き残った者が作るとういうことかな(笑))というのはこういうことなのねと腹をかかえた。談志さんと『ライ坊(ライオンのぬいぐるみ)』との愛の日々(毎晩一緒に寝ていたらしい)には、どこか憎めなかった談志さんの理由がわかったような。そんなこんなで、マクラだけで1時間35分!客席納得の高座延長。一席目『時そば』。二席目、三代目金馬「居酒屋」オマージュ『イラサリマケー』。異文化交流とはこうあるべきとの指南。実はあまりに時間が伸びたので、仲入中もそのまま高座でお客様とおしゃべり。談志のDNAは芸だけでなく、このサービス精神もだなと、緞帳を下ろさず、お客様を見送っていた談志さんの姿を思い出す会となりました。

新・落語スズメvol.31

『ナマメカケ』

文/松田 一成

本来の営業形態は居酒屋なのだろう。コロナ禍で方向転換を余儀なくさせられたにわか定食屋にはアルコールの残滓がチラホラ。ビールジョッキを抱えたお嬢さんのピンナップがアタシのほうを微笑んでいた。無理無理と心の中でご辞退して、腹に何をいれるかと壁に貼ってある短冊をちらり。『トリ生』。はっ?『トリ生』。サントリー生ビール?鳥の刺身?下の句が続いていた『妾焼き』『メカケヤキ???』、『生メカケ』?ここまで想像をめぐらしたところで一人大笑い(黙食ならぬ黙笑)。『とり生姜焼』。姜と妾の勘違い、老眼のなせる業と、シチュエーションの思い込みでした。話はここから。生のメカケ焼で一人大笑いしたアタシのセンスは、はたして今の世間様が許して下さるのかという話。落語の世界では、今の価値観ではなかなか厳しい表現が多い。顔かたちを笑ったり(井戸の茶碗、清兵衛を表すくだり)、仲間外れを作ったり(ちりとてちん、伊勢屋の若旦那)、職業の貴賤、女郎噺は数多い。与太郎さんが出てくるのは落語の原風景ですらある。倫理とは別にして、落語にはすべての存在を肯定する大衆の価値観があるからこそ、日本で永らえていると思っていたのだが…。最近の世間様の不寛容さがどうも気になります。その不寛容さ(ヒステリックな正義)が落語に気が付いたらと思うと気が気ではない。戦中の噺塚のように(思想が真逆なのかな)高座に掛けることが出来ない噺を葬ったり、芸能自体が否定されかねないような。実際、大きい箱(会場)では、こんなマクラはふれない(お察しください)と配慮する噺家も。先のピンナップガールに勧められた生妾焼きの件だって不謹慎だと糾弾されるかもしれない。そんな話を友人にしたら、ヒステリックな正義は想像力の欠如がもっぱらだ。そんな人間は、業を肯定するような落語になんか興味をもたないから相手にする必要はない(ここでも新たな不寛容)と。ごもっとも。みなさん、もう少し優しい世間様をつくりましょう(笑)。

新・落語スズメvol.30

『人が寄れない』

文/松田 一成

仕事柄、会議の予定が結構入っていて、そのほとんどが、zoomという仕組みを使ったネット会議に変更されている。zoom?ネット会議?簡単に言えば、モニター(パソコンやスマホ)の向こうに参加者全員の顔が映っていて、やりとりをする、大掛かりなテレビ電話みたいなものだ。最初の一・二回は、その仕組みが面白くて、会議内容とは別の興味をもって参加していたが、だんだんとその緊張感のなさに飽きてきた。特に参加者が多い場合、相手の顔は見えるのだが、表情から感情を推察するほど精細には映っていない。声もちゃんと聞こえるのだが、生の声のような空気の震えまでは伝わってこない。双方向で無ければ、報告だけのネット会議は紙ベースとなんら変わらないくらいの情報量なのではないかとさえ思ってしまう。何なら、紙ベースの方が自分の都合(時間)で情報を得ることができるので、よっぽど便利だ。コロナ禍の収束が見えないなか、落語もネットを使うことが前提のアドバンテージを見つけなければならない時代になっているのではという話。前置きが長くてすみません。先月号でもお知らせしたが、お手伝いしている落語会をネットで無料配信している。一義的には皆さんにその会、演者を知ってもらう広告のような役割を考えていた。そこから、コロナ禍が明ければ、興味を持たれた方に実際に落語会に足を運んで頂き、それを演者の生業につなげようかと。もちろん、ネットの配信だけで収益を上げている演者も一部いらっしゃる。だが大多数はそこだけで稼げるようにはなっていないし、それはホントの落語を伝えきっていないと。舞台で行ってる芸を、そのままネット配信しても、新たな価値(3,000円を対価としたネット配信での落語)は生まれていないのではないかと、皆、うすうす感じている。無料で配信しているものに3,000円を払って見に来るお客様を満足させる「コロナ前提の、生業として成り立つネット配信落語会の内容」を考える。先の会議にヒントを得ようと思うが、なかなかいいアイデアが思いつかない。落語でなくなるのか、落語がなくなるのか。そこまで考えなければならないのかという恐怖が襲っている。

新・落語スズメvol.29

『コロナ禍の工夫』

文/松田 一成

暮れに真っ赤な六五郎橋越えて浪曲の会に参加。玉川奈々福さんの九州ツアー、久留米他すべての会場で中止となったなか、去年は佐賀浪漫座でのみ行われました。浪漫座さんは佐賀市歴史民俗館に併設された大正ロマン溢れる建物。この会の為に毎年作られる塚本猪一郎氏のポスターも洒落てます。厳格なコロナ対策がなされたなか100人ほどの入り。受付はお手伝いの大学生でした。浪曲、浪花節、ご存知の方も多いかと思いますが、浪曲師の唸りに合わせて、会場から声が掛かる。「待ってました!」「日本一!」。浪曲師(唸る方)、曲師(三味線)、お客様の三位一体となって創りあげる芸、この雰囲気が浪曲の醍醐味だったりするのです。しかし、今回はこれが出来ない。運営さん、考えましたね。新聞紙程の画用紙に、表には「待ってました!」裏に「日本一!」、大書きされた紙が会場に配られました。掛け声が掛けられない代わりにこれを使えと。奈々福さんが登壇したとたん、会場中から「待ってました!」の紙が上がる。これには、アタシもグッときました。奈々福さん、涙がポロっとこぼれていたような。自身、かなり悩まれたなか、今回の佐賀での公演がコロナ禍後初めての地方の会だったとことも合わせて、こんな素敵な工夫で浪曲を盛り上げて下さるお客様がいらっしゃることに。ほんとに美しき浪花節の世界。一席目、柳家喬太郎師匠に捧げる『ハンバーグが出来るまで外伝』。二席目、忠臣蔵より『赤埴源蔵、徳利の別れ』。受付の大学生、浪曲初体験の感想を聞かれ、「ココロがビリビリしました」。いい会でした。

*お手を伝いさせて頂いている落語会、YouTubeで無料配信しています。『立川生志チャンネル』『点心寄席』是非、ご覧ください!本年も宜しくお願いします!

新・落語スズメvol.28

『令和2年。』
文/松田 一成

忘年会のお誘いも今年は諦めたところで、なんだかなと、心安き友人を呼びだして二人、居酒屋へ。普段は大勢の酔客で盛り上がる店も、若い人がチラホラ。顔なじみの店主に声をかけると「今日は多い方」だそうだ。悟りを開いたようなその表情に、アタシ達は苦笑いで返しながら、情報交換会という名目でささやかな応援をさせて頂いた。店を構えている商売でさえこんなふう、いつまで続くとも知れないこの状況に、件の噺家達はいかに毎日を送っているのだろう。定席と呼ばれる寄席は普段通りの営業を続けている。満員は笑いにつながる一番の条件だというのに、一つずらしで席が空いた中、マスク越しではお客さんが固くなる。笑わなくなる。緊張感が伝わってくるという。『寄席も再開したけど、前から2列目くらいまではお客を入れない。あたしたちが唾(つば)を飛ばすからね。これを『飛沫の刃』と言う。』掛け声は遠慮してくださいとお願いしている。出待ち、差し入れ、楽屋への訪問もご遠慮下さい。お客様の方が一枚上手。『宝塚じゃあるまいし、噺家の出待ちなんて居やしねえ』と。『噺家は世情のアラで飯を食い』今年はその『アラ』が少し大きすぎたようだが、のらりくらり、時代と折り合いをつけている。

今年も一年有難うございました。どうぞ良いお年を!

新・落語スズメvol.25

『第十四回博多・天神落語まつり』

文/松田 一成

『「お客様が半分なのでギャラも半分でお願いします。」だって』と伝えて下さった師匠の声はうれしそうでした。「第十四回博多・天神落語まつり」。今年は福岡のほかに足を延ばして、熊本、鹿児島、沖縄と全22番組を開催。東西の人気者がほとんど出演といっても大袈裟でない落語会。関係者のご苦労のおかげで、今年も開催が決定しました。圓楽、文枝(三枝)、小朝、文珍、南光、鶴瓶、志の輔、昇太、権太楼に喬太郎、談春、鶴光、雀々、笑点メンバー勢ぞろい他、書ききれない出演者の数。金時の五代金馬襲名と四代金馬(ポリグリップのおじいちゃん)が金翁という隠居名のW襲名のほか、落語を聴くのはこの時だけだという貴兄も、この会をきっかけに落語にはまったというご婦人にも、楽しみなプログラムが目白押しの模様。個人的おすすめは、上方から笑福亭仁智。上方落語協会会長であります。久留米では今年の正月(あー、あの頃は普通に落語が聞けたのに)、久留米座『正月風喬』のゲストでご出演、弟弟子の会にもかかわらず、独特の間とリズムで最後はお客様全員さらっていったあの御仁。今から楽しみです。単純に席数は半分なので、早めの入手をこころがけましょう。先の師匠、続きがあって、『やあ、俺、初めて呼ばれるんで、いくら貰ってっか知らないんだよね。』。うれしそうに悪態をつく声の向こうには、博多の夜の算段があったようで(もちろん、皆様の前で落語をやれる喜びも)。

新・落語スズメvol.23

『ソーシャルディスタンスに
最大限に配慮した落語会、開催決定!』
文/松田 一成

コロナ禍で中止、延期を強いられていた落語会が、ボツボツ復活、東京の寄席も定席が再開された。もちろん、様々な感染拡大防止の策をとっての開催だが、その最大の効果をもたらすと考えられているのはソーシャルディスタンス、お客様を入れないことだ。一人でも多くのお客様に見て頂くというのが噺家の性であるのに、来ちゃダメというのは、仕方のないこととわかっていても、あまりに喜劇。等間隔で空いている席を見て「コロナ前と全然かわりません、アタシどもは普段からソーシャルディスタンス」と噺家が逆手にとっているのには笑ったが。そんななかソーシャルディスタンスを最大限に配慮した、飛び切り贅沢な落語会のお知らせ。久留米シティプラザ『久留米座』さんの再開に合わせて、8月25日火曜日、午後7時開演、『落語教育委員会inくるめ』今年も開催決定!出演、お馴染み『三遊亭歌武蔵』、昨年より参加『三遊亭兼好、』今、一番売れっ子といっていいでしょう『柳家喬太郎』。久留米近辺では前後、博多、湯布院で開催される予定ですが、3人の落語に加え、例のコントを見られるのはここ久留米だけ!今年はもっと沢山の方にご覧いただこうと一年前から久留米座を押さえておりました。しかし残念、ソーシャルディスタンス(笑)。ほんとに贅沢な会になりそうです。ご案内は Twitter #まつだ で検索を。チケットは、ぴあさんで7月中旬頃から発売予定(ぞろっぺいですみません)。そろそろ始動せねば。

新・落語スズメvol.22

『野暮を承知で』

文/松田 一成

遅まきながらスマートフォンを手に入れ、LINEに始まって、YouTubeだの、Twitter、はてはインスタグラムと、一通り、この一月ばかり、モニターの中の悦楽(にっかつオマージュ)に浸っている。素直に、早く持てばよかったと思う。生活を、ダイタイの記憶で送っているせいか、すぐに知りたい、すぐに正解が分かるというのは、まことに気分がいい。正義を貫いている感がある。どうでもいい曖昧な記憶を糾弾され(ゾウリムシをワラジムシというような)、『嘘つき』と罵られる前に、ネットを利用することで、キチンと確かめ、正確に伝えることができる今、以前よりいささか間違いのない人生、もっというなら正々堂々と生活を送っている。という錯覚に気づいた。モニターの中に、『自分こそが正義でござい』と主張する人があまりに多いのだ。複雑なものをシンプルに見せる仕掛けで、考えることを奪い、白黒の判断を要求する輩の狡猾さ。ついその口車に乗ってしまうアタシ。昔の名人の落語を立て続けに見ていたら、移るサイト、移るサイトに、その噺家関連の音源や本、はてはその噺家の住んでいた地域のマンション物件案内までついてくる。今まで知らなかった情報が大量に、短時間に投入され、マニアなアタシは、もうちょっとでその噺家原理主義に嵌められるところであった(嵌められてもいいのだけれど)。おっと危ない、その原理主義にはお金がいるのよ。間違いない人生だとささやいているのは、アタシの正義のためでなく、お金を出す人の正義。ああ、スマートフォンは露骨すぎる。すっかりはまった悦楽の代償はいつ払うのでしょうか(いや、もう払ってる(笑))

新・落語スズメvol.13

ご報告『落語教育委員会インくるめ』
文/松田 一成

先月23日、えーるピア久留米にて開催しました『落語教育委員会インくるめ』足元の悪い中、ご来場いただきありがとうございました。開演前まさかの土砂降り、町中大渋滞、ギリギリ滑り込みセーフのお客様もちらほら。かと思えば、運営が到着する前に、すでにお待ち頂いていたお客様も。どれだけ楽しみになさっていたのかと反省しきり。楽屋入りの師匠方を見られてよかったと助け舟を頂きました。流石落語ファン、ありがとうございました。午後7時、久留米絣をあしらった素敵な緞帳が上がると、三遊亭歌武蔵、柳家喬太郎、三遊亭兼好、出演3人による『人の高座(口座)を聞くときは、携帯電話を切りましょう!』キャンペーンコント。待ってました!スーツ姿の喬太郎師を見られる落語会は『落語教育委員会』だけ(あと、緑のジャージ姿の兼好師も。兼好師、普段は完全和服、熊本城に行ったときは、アトラクションの人と間違われて、女子高生と記念写真を撮らされたそう)。15分ほどの小芝居ですが、最近役者づいてる喬太郎師の裏表を演じ分ける姿、そりゃもう、たまんないうまさでございます(某ビールメーカ風)。兼好師の思わぬアドリブ(ブタコレラ事件、その後ちゃんと反省会をされてました)が波乱を引き起こし、一同思わず素に戻る場面も。逆手にとって笑いの相乗作用、言葉の達人たちは心からこの会を楽しんでいるご様子でした。開口一番、兼好師のお弟子さんじゃんけん君(来年真打の予定)の『やかん』、喬太郎師、若旦那が妙に色っぽい『擬宝珠』、中入を挟んで歌武蔵師『稲川』ほろりとしました。トリを新メンバー兼好師の、これ以上笑えるか!『ちりとてちん』。たっぷり2時間、会場にいらしたお客様も大満足だったのでは。帰りしな、師匠方からグリルMのハンバーグを食べに、また来年も久留米に伺いたいとご案内がございました。いえーい!

新・落語スズメvol.11

「落語教育委員会in久留米」
文/松田 一成

「これじゃあ、ホノルルタクシー協会の慰安旅行だよ。」久留米の文化街を歩く、アロハシャツにパナマ帽の大男を先頭に、今は亡き柳家喜多八師が大笑いしたのは、前回、二〇一四年「落語教育委員会in久留米(個性派3人の噺家が織りなす、古典、新作、おまけにコントもある贅沢な落語会)」の打ち上げ。大男とは三遊亭歌武蔵師、他御一行様には柳家喬太郎師とお付きの鏡太さん(現・月の家小圓鏡)、関係者2名。チケットの販売を手伝って下さった3件のスナックを梯子している途中の風景。一件目「S」で出された塩クジラに執着したのは喬太郎師。何でも、生まれて初めて(この久留米で!)塩クジラを食べたのだそう。二件目「R」。和服のママの笑い声は、ロマンチックな蝋燭の明かりとともに、歌武蔵師(独身)の旅情を掻き毟り、三件目「H」では師匠方から「恋するフォーチュンクッキー(振り付き、時代ですな)」ご披露のあと、喜多八殿下(学習院出身だけに)オンステージが続いた。「落語教育委員会」メンバー三人でカラオケに行ったのは結局、その久留米の晩が最初で最後だったそうで、今も続けられている2人の師匠方にも特に思い出深い会だったと伺った。そう、書き出しに前回とあったでしょ。五年ぶりに今回があるのです!8月23日金曜日、えーるピア久留米にて午後7時開演「落語教育委員会in久留米」。出演 三遊亭歌武蔵、柳家喬太郎、三遊亭兼好 古典、新作、コントに、落語の粋を織り込んだ贅沢な会。喜多八師亡き後、新メンバー三遊亭兼好師の評判も抜群。お時間、ご都合がつきましたら、足をお運びください。いや、ほんと贅沢な会です。是非。

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