Home > 新・落語スズメ

新・落語スズメ Archive

新・落語スズメvol.35

『落語教育委員会inくるめ』

文/松田 一成

上記の件、ギリギリとなりましたが、開催が決定しました。久留米シティプラザ『久留米座』8月26日木曜日午後7時開演。出演は三遊亭歌武蔵、柳家喬太郎、三遊亭兼好。今を時めく3人が、新作落語に古典落語、おまけにコントまでやってみようという贅沢な会。ご縁があり初回からお手伝いさせて頂いていますが、ホントに楽しい落語会です。17、8年程前に勉強会として歌武蔵、喬太郎、柳家喜多八師が始めた三人会、喜多八師が平成28年に亡くなられてから兼好師が参加され、今に続いています。ここ久留米で初めての開催は、喜多八師がご存命の頃、ちょうど台風の上陸と重なり、開催か中止かと気をもんだ覚えが。この時の久留米の話は、喬太郎師が喜多八兄さんとの思い出でとして寄席で話されているとお聞きしました。何でもお忙しい三人はそろってカラオケに行ったのはこの久留米での夜が最初で最後だったらしく、柳之宮喜多八殿下(学習院出身なので仲間内からこう呼ばれていました)の昭和歌謡メドレーは魂を揺さぶったとかそうでないとか。もともとは市内某グリルのハンバーグを食べたいがために開催が続いているこの会。昨年はコロナ禍でやむなく中止となりましたが、今年は対策万全でお客様をお迎えしたいと関係者奮闘しております。前売4,000円全席自由、7月1日より、チケットぴあ(Pコード507-198)、石橋文化センタープレイガイド、石橋文化センター情報サテライト(久留米シティプラザ2階 総合受付前)他で発売開始です。ぜひぜひ皆様のご来場お待ちしております!

追伸 この会の特徴でもある3人によるコントは、番組の冒頭部分に組んでおります。当日ご観覧の際は、是非とも開演時間に間に合うようお越しくださいませ。

rakugo.jpg

新・落語スズメvol.34

『そろい踏み』

文/松田 一成

落語協会会長、柳亭市馬師、落語芸術協会会長、春風亭昇太師のツーショット、両横に後見、人気者小遊三師と一之輔師。何事かと驚きを感じて見入ってしまった。『寄席の危機に想いを寄せて・江戸から続く落語・寄席文化存続にご支援を。一般社団法人落語協会・公益社団法人落語芸術協会』、報道などでご存知の方も多いだろう。寄席の存続のために寄付を募るそうだ。いい関係とはいえない両団体が手を組むというのだから、相当の覚悟をもっての行動だろう。一之輔師が答えている。『寄付を募ったり、クラウドファンディングというのは、多分落語家とか、噺家とか、“粋”とかね、そういうものをモットーとしている人間からすると、外部の人から見れば「野暮なことをしているな」と思う方もいるかもしれませんが、コロナに粋は通じないんだなと思いましたので。ぜひ、どうか一つ、野暮を承知で、我々もやると思います。若手を代表して、皆さんにぜひ、ご協力、寄席でまた落語を楽しく聞いていただきたいので、ぜひ何とぞよろしくお願いいたします。』〜我々もやると思います~と他人事風に笑ってしまったが、寄席の為にひと肌脱ごうという話。かっこいいじゃありませんか。落語中興の祖『三遊亭円朝』の墓前祭は一緒にやれなくても、自分たちを育ててくれた寄席は助けたい。野暮でも何でもありません、いいはなしです。興味のある方は是非ご協力を。

追伸 一週間経たずして目標の5000万円は軽くクリア、世の中粋な人が多いものです。

新・落語スズメvol.33

『ライブにて』

文/松田 一成

文/松田 一成 福岡に制限が出るちょっと前、コロナ禍になって初めて、マニアックに愛しているロック歌手のライブに出掛けた。親と子ほど年は離れているのだが、愛しているのだから仕方ない。福岡まで来てくれるのだからと、少し緊張して会場に。ロゴスでもブードゥーラウンジでもなく、雑居ビルの貸ホール。入場にスマホのQRコードを読み込ませるところから始まった。扇形に間隔をとって椅子を並べ、要の部分に、白い箱を積み上げた畳2枚分程のステージ。すぐ後ろには、空気の入れ替えの為、カーテンの引かれていない大きな窓から天神の夜景が見える。ロックバンドなのにドラムもベースもないギター一本だけのソロライブ。開催すること自体、非難されることかもしれない、アタシも客の一人として椅子に腰を掛け会場を見回して、コロナ禍に配慮したこの空間に考え込んでしまった。アタシはまだいい、表現者であるアナタはどうなんだと。ロック歌手であるアナタはこんな屈辱的な制限を受けた中、何を伝えたいのかと。結局、開演中、客は一度も大声を上げることなく、一人も椅子から立ち上がることなく、静かに終わった。ただアタシは思い違いをしていました。中途半端なライブになるであろうとする最初の予感は、そのロック歌手の登場とともにすべてが吹き飛んだ。この時間を共有できることの喜びに比べれば、そんな制限なんて苦行でも何でもない。自分の欲求は抑えきれない、自分の思いは伝えたい、でも迷惑はかけられないという客と演者の真摯な思いが、静かなライブだからこそ余計伝わったかもしれないなと。あまりこんな経験はしたくないけど。

追伸 そんななか浅草演芸ホールのお知らせが洒落てます。東京都から「無観客開催」の要請があったことに対し、「『社会生活の維持に必要なものを除く』という文言があり、大衆娯楽である『寄席』は、この『社会生活の維持に必要なもの』に該当するという判断から、4月25日以降も通常通り営業することといたしました」と。エンターテーメント、かくあるべし。

新・落語スズメvol.32

『春はあけぼの
  (26回目は立川談笑)』
文/松田 一成

一年延期の会、六五郎橋を越えての『立川談笑独演会』へ。平日の夜ということもあり、都合で行けるかどうか微妙。構えていたら、おっとどっこい、人数制限もあり、昨年お買い求め頂いていたチケットのみ入場可能とのこと。当日券の販売はなし。そんな時に限ってぽっかり時間が空くのです。談笑落語、久しぶりの再会が今度はこちらが再度延期か。そんな話をしていたら、持つべきものは落語仲間、余分に買っていた一枚を融通して頂きました。深謝。偶然の同月同日の15年前はサザンクス筑後、立川談志、談笑の親子会。アタシの中では特別の会、談志渾身の『芝浜』の会だった。そんな談志さんが連れてきた(その当時真打なりたて)談笑師は随分可愛がられていたふうで、落語立川流のなかでも異例の出世、二つ目最短記録を持っていたような。サザンクス筑後では談志さんに譲ったが、今回は独演会、さあ何をと期待を持って桟敷に滑り込む。「お席亭から談志師匠の話をとのリクエストがあった」「普段は意識して全くやらない」との前置きの後、出るは出るは、マニアにはたまらない談志エピソードの数々。長生きも芸のうち(歴史は最後に生き残った者が作るとういうことかな(笑))というのはこういうことなのねと腹をかかえた。談志さんと『ライ坊(ライオンのぬいぐるみ)』との愛の日々(毎晩一緒に寝ていたらしい)には、どこか憎めなかった談志さんの理由がわかったような。そんなこんなで、マクラだけで1時間35分!客席納得の高座延長。一席目『時そば』。二席目、三代目金馬「居酒屋」オマージュ『イラサリマケー』。異文化交流とはこうあるべきとの指南。実はあまりに時間が伸びたので、仲入中もそのまま高座でお客様とおしゃべり。談志のDNAは芸だけでなく、このサービス精神もだなと、緞帳を下ろさず、お客様を見送っていた談志さんの姿を思い出す会となりました。

新・落語スズメvol.31

『ナマメカケ』

文/松田 一成

本来の営業形態は居酒屋なのだろう。コロナ禍で方向転換を余儀なくさせられたにわか定食屋にはアルコールの残滓がチラホラ。ビールジョッキを抱えたお嬢さんのピンナップがアタシのほうを微笑んでいた。無理無理と心の中でご辞退して、腹に何をいれるかと壁に貼ってある短冊をちらり。『トリ生』。はっ?『トリ生』。サントリー生ビール?鳥の刺身?下の句が続いていた『妾焼き』『メカケヤキ???』、『生メカケ』?ここまで想像をめぐらしたところで一人大笑い(黙食ならぬ黙笑)。『とり生姜焼』。姜と妾の勘違い、老眼のなせる業と、シチュエーションの思い込みでした。話はここから。生のメカケ焼で一人大笑いしたアタシのセンスは、はたして今の世間様が許して下さるのかという話。落語の世界では、今の価値観ではなかなか厳しい表現が多い。顔かたちを笑ったり(井戸の茶碗、清兵衛を表すくだり)、仲間外れを作ったり(ちりとてちん、伊勢屋の若旦那)、職業の貴賤、女郎噺は数多い。与太郎さんが出てくるのは落語の原風景ですらある。倫理とは別にして、落語にはすべての存在を肯定する大衆の価値観があるからこそ、日本で永らえていると思っていたのだが…。最近の世間様の不寛容さがどうも気になります。その不寛容さ(ヒステリックな正義)が落語に気が付いたらと思うと気が気ではない。戦中の噺塚のように(思想が真逆なのかな)高座に掛けることが出来ない噺を葬ったり、芸能自体が否定されかねないような。実際、大きい箱(会場)では、こんなマクラはふれない(お察しください)と配慮する噺家も。先のピンナップガールに勧められた生妾焼きの件だって不謹慎だと糾弾されるかもしれない。そんな話を友人にしたら、ヒステリックな正義は想像力の欠如がもっぱらだ。そんな人間は、業を肯定するような落語になんか興味をもたないから相手にする必要はない(ここでも新たな不寛容)と。ごもっとも。みなさん、もう少し優しい世間様をつくりましょう(笑)。

新・落語スズメvol.30

『人が寄れない』

文/松田 一成

仕事柄、会議の予定が結構入っていて、そのほとんどが、zoomという仕組みを使ったネット会議に変更されている。zoom?ネット会議?簡単に言えば、モニター(パソコンやスマホ)の向こうに参加者全員の顔が映っていて、やりとりをする、大掛かりなテレビ電話みたいなものだ。最初の一・二回は、その仕組みが面白くて、会議内容とは別の興味をもって参加していたが、だんだんとその緊張感のなさに飽きてきた。特に参加者が多い場合、相手の顔は見えるのだが、表情から感情を推察するほど精細には映っていない。声もちゃんと聞こえるのだが、生の声のような空気の震えまでは伝わってこない。双方向で無ければ、報告だけのネット会議は紙ベースとなんら変わらないくらいの情報量なのではないかとさえ思ってしまう。何なら、紙ベースの方が自分の都合(時間)で情報を得ることができるので、よっぽど便利だ。コロナ禍の収束が見えないなか、落語もネットを使うことが前提のアドバンテージを見つけなければならない時代になっているのではという話。前置きが長くてすみません。先月号でもお知らせしたが、お手伝いしている落語会をネットで無料配信している。一義的には皆さんにその会、演者を知ってもらう広告のような役割を考えていた。そこから、コロナ禍が明ければ、興味を持たれた方に実際に落語会に足を運んで頂き、それを演者の生業につなげようかと。もちろん、ネットの配信だけで収益を上げている演者も一部いらっしゃる。だが大多数はそこだけで稼げるようにはなっていないし、それはホントの落語を伝えきっていないと。舞台で行ってる芸を、そのままネット配信しても、新たな価値(3,000円を対価としたネット配信での落語)は生まれていないのではないかと、皆、うすうす感じている。無料で配信しているものに3,000円を払って見に来るお客様を満足させる「コロナ前提の、生業として成り立つネット配信落語会の内容」を考える。先の会議にヒントを得ようと思うが、なかなかいいアイデアが思いつかない。落語でなくなるのか、落語がなくなるのか。そこまで考えなければならないのかという恐怖が襲っている。

新・落語スズメvol.29

『コロナ禍の工夫』

文/松田 一成

暮れに真っ赤な六五郎橋越えて浪曲の会に参加。玉川奈々福さんの九州ツアー、久留米他すべての会場で中止となったなか、去年は佐賀浪漫座でのみ行われました。浪漫座さんは佐賀市歴史民俗館に併設された大正ロマン溢れる建物。この会の為に毎年作られる塚本猪一郎氏のポスターも洒落てます。厳格なコロナ対策がなされたなか100人ほどの入り。受付はお手伝いの大学生でした。浪曲、浪花節、ご存知の方も多いかと思いますが、浪曲師の唸りに合わせて、会場から声が掛かる。「待ってました!」「日本一!」。浪曲師(唸る方)、曲師(三味線)、お客様の三位一体となって創りあげる芸、この雰囲気が浪曲の醍醐味だったりするのです。しかし、今回はこれが出来ない。運営さん、考えましたね。新聞紙程の画用紙に、表には「待ってました!」裏に「日本一!」、大書きされた紙が会場に配られました。掛け声が掛けられない代わりにこれを使えと。奈々福さんが登壇したとたん、会場中から「待ってました!」の紙が上がる。これには、アタシもグッときました。奈々福さん、涙がポロっとこぼれていたような。自身、かなり悩まれたなか、今回の佐賀での公演がコロナ禍後初めての地方の会だったとことも合わせて、こんな素敵な工夫で浪曲を盛り上げて下さるお客様がいらっしゃることに。ほんとに美しき浪花節の世界。一席目、柳家喬太郎師匠に捧げる『ハンバーグが出来るまで外伝』。二席目、忠臣蔵より『赤埴源蔵、徳利の別れ』。受付の大学生、浪曲初体験の感想を聞かれ、「ココロがビリビリしました」。いい会でした。

*お手を伝いさせて頂いている落語会、YouTubeで無料配信しています。『立川生志チャンネル』『点心寄席』是非、ご覧ください!本年も宜しくお願いします!

新・落語スズメvol.28

『令和2年。』
文/松田 一成

忘年会のお誘いも今年は諦めたところで、なんだかなと、心安き友人を呼びだして二人、居酒屋へ。普段は大勢の酔客で盛り上がる店も、若い人がチラホラ。顔なじみの店主に声をかけると「今日は多い方」だそうだ。悟りを開いたようなその表情に、アタシ達は苦笑いで返しながら、情報交換会という名目でささやかな応援をさせて頂いた。店を構えている商売でさえこんなふう、いつまで続くとも知れないこの状況に、件の噺家達はいかに毎日を送っているのだろう。定席と呼ばれる寄席は普段通りの営業を続けている。満員は笑いにつながる一番の条件だというのに、一つずらしで席が空いた中、マスク越しではお客さんが固くなる。笑わなくなる。緊張感が伝わってくるという。『寄席も再開したけど、前から2列目くらいまではお客を入れない。あたしたちが唾(つば)を飛ばすからね。これを『飛沫の刃』と言う。』掛け声は遠慮してくださいとお願いしている。出待ち、差し入れ、楽屋への訪問もご遠慮下さい。お客様の方が一枚上手。『宝塚じゃあるまいし、噺家の出待ちなんて居やしねえ』と。『噺家は世情のアラで飯を食い』今年はその『アラ』が少し大きすぎたようだが、のらりくらり、時代と折り合いをつけている。

今年も一年有難うございました。どうぞ良いお年を!

新・落語スズメvol.25

『第十四回博多・天神落語まつり』

文/松田 一成

『「お客様が半分なのでギャラも半分でお願いします。」だって』と伝えて下さった師匠の声はうれしそうでした。「第十四回博多・天神落語まつり」。今年は福岡のほかに足を延ばして、熊本、鹿児島、沖縄と全22番組を開催。東西の人気者がほとんど出演といっても大袈裟でない落語会。関係者のご苦労のおかげで、今年も開催が決定しました。圓楽、文枝(三枝)、小朝、文珍、南光、鶴瓶、志の輔、昇太、権太楼に喬太郎、談春、鶴光、雀々、笑点メンバー勢ぞろい他、書ききれない出演者の数。金時の五代金馬襲名と四代金馬(ポリグリップのおじいちゃん)が金翁という隠居名のW襲名のほか、落語を聴くのはこの時だけだという貴兄も、この会をきっかけに落語にはまったというご婦人にも、楽しみなプログラムが目白押しの模様。個人的おすすめは、上方から笑福亭仁智。上方落語協会会長であります。久留米では今年の正月(あー、あの頃は普通に落語が聞けたのに)、久留米座『正月風喬』のゲストでご出演、弟弟子の会にもかかわらず、独特の間とリズムで最後はお客様全員さらっていったあの御仁。今から楽しみです。単純に席数は半分なので、早めの入手をこころがけましょう。先の師匠、続きがあって、『やあ、俺、初めて呼ばれるんで、いくら貰ってっか知らないんだよね。』。うれしそうに悪態をつく声の向こうには、博多の夜の算段があったようで(もちろん、皆様の前で落語をやれる喜びも)。

新・落語スズメvol.23

『ソーシャルディスタンスに
最大限に配慮した落語会、開催決定!』
文/松田 一成

コロナ禍で中止、延期を強いられていた落語会が、ボツボツ復活、東京の寄席も定席が再開された。もちろん、様々な感染拡大防止の策をとっての開催だが、その最大の効果をもたらすと考えられているのはソーシャルディスタンス、お客様を入れないことだ。一人でも多くのお客様に見て頂くというのが噺家の性であるのに、来ちゃダメというのは、仕方のないこととわかっていても、あまりに喜劇。等間隔で空いている席を見て「コロナ前と全然かわりません、アタシどもは普段からソーシャルディスタンス」と噺家が逆手にとっているのには笑ったが。そんななかソーシャルディスタンスを最大限に配慮した、飛び切り贅沢な落語会のお知らせ。久留米シティプラザ『久留米座』さんの再開に合わせて、8月25日火曜日、午後7時開演、『落語教育委員会inくるめ』今年も開催決定!出演、お馴染み『三遊亭歌武蔵』、昨年より参加『三遊亭兼好、』今、一番売れっ子といっていいでしょう『柳家喬太郎』。久留米近辺では前後、博多、湯布院で開催される予定ですが、3人の落語に加え、例のコントを見られるのはここ久留米だけ!今年はもっと沢山の方にご覧いただこうと一年前から久留米座を押さえておりました。しかし残念、ソーシャルディスタンス(笑)。ほんとに贅沢な会になりそうです。ご案内は Twitter #まつだ で検索を。チケットは、ぴあさんで7月中旬頃から発売予定(ぞろっぺいですみません)。そろそろ始動せねば。

Home > 新・落語スズメ

Search
Feeds
Meta

Return to page top