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くるめ-コラム

【B-1グランプリへの道(その8)】いよいよ開催迫る!/黒石つゆやきそば

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久留米やきとり学会 会長
豆津橋 渡
e-mail  gakkai@kurume-yakitori.com
HP  www.kurume-yakitori.com

【B-1グランプリへの道(その8)】いよいよ開催迫る!/黒石つゆやきそば

 前回、青森県の「黒石つゆやきそば」「青森生姜味噌おでん」「八戸せんべい汁」がまとまって『つゆ・みそ・じる 三食同盟』の調印をしたお話をしましたが、今回はその「つゆやきそば」のお話です。
 青森県のほぼ真ん中人口約3万8千人の黒石市は、実はやきそばを売る店が70数軒もあるという知られざるやきそばの町です。黒石やきそばは、戦後、市内の製麺所で作られた中華麺を使い、各店が独自のゆで方や蒸し方で焼そばを売り出したのが始まり。やがてお客さんの好みに合わせ、麺とソースが絡みやすいモチモチとした食感の太平麺を、豚のラードで肉や野菜と一緒に炒めて、ぴり辛のウスターソースで仕上げる現在のスタイルが昭和30年ごろには定着していたそうです。そのころは食堂のみならず、駄菓子屋などでも売られ、焼きそばは10円単位の子どものおやつでした。お店では新聞紙を切って三角の小さな袋を作り、その中に焼きそばを入れて手渡し、子どもたちはソースをかけて食べていたそうです。
 問題の「つゆやきそば」ですが、つゆやきそばと聞いてそのメニューをイメージできる人はどのくらいいるでしょうか。つゆやきそばとは、文字通りつゆに入ったやきそばです。見た目は一見ラーメンのようですが、太平麺のソースやきそばを中華スープもしくは和風のつゆに入れられて出てきます。コンビニなんてなかった当時の子供たちのために、ボリュームを増やして体も温まるという最高のおやつだったのが「つゆ焼きそば」のルーツ。極めて庶民的なメニューなのです。
 果たしてソースと和風つゆが合うのか・・・?疑問ですよね。実は私はまだ食べたことがありません。しかし、食べた人の話によると不思議と絶妙なバランスの味になっているそうです。二つの味が喧嘩しない秘密は揚げ玉とネギだ、とも言っていましたが、こればっかりは食べてみないことにはわかりませんよねぇ。
 さて、そのつゆやきそばですが、他の多くのB級ご当地グルメと同様、土地の人には「おなじみの食べ物」なんですが、旅行者や通りすがりの人たちには「縁のない物」でした。それが2年前、地元の観光施設で開かれた「黒石焼きそばサミット」をきっかけに脚光を浴びるようになり、最近よくテレビや雑誌なんかでみかけるようになりました。現在はカップ麺としても販売しているそうです。
 この「黒石つゆやきそば」が11月の1日、2日のB 1グランプリで久留米にやってきます。関係者の間では、今回のグランプリのダークホースか!?と話題になっています。全国の24地域のB級ご当地グルメの祭典「B
 1グランプリin久留米」へ是非お越しください。
いやー 楽しみだなぁ!!

秋の夜長第四十一席

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第四十一席
秋の夜長

松田一成 メンドウクサガリ屋の晩酌には秋の夜長がぴったりです。冷蔵庫への行き戻りもなく、脇にたてた一升瓶から湯呑みに直接なみなみと。暮れるのが早いせいか、酔いも早く、まだこんな時間かと寝るのも惜しい。そんな晩はお気に入りの図鑑や写真集を持って、ゴロンとすることにしています。活字も少ないし、何より枕にもなる。スミマセン、そんな話ではありませんでした。今日はそんな夜長に、読む落語の方を御紹介。『新宿末広亭春夏秋冬定点観測』、長井好弘著。寄席には十日興行の、上席、中席、下席(かみ、なか、しも)。それにそれぞれ、昼の部と夜の部。その一年全て、72の番組を見たという男の報告書、夢のような本。「噺家のべ675人、色物芸人のべ405人、日本一の寄席に、日本一通った客」と書かれた帯の下には、橘蓮二さんの素敵な寄席風情の写真が。なかなか東京に行けないアタシのため思って書いて下さったのかと、少々興奮しながら手にとったことを思い出します。ちょっと昔に買ったのですが(初版2000年12月)、今でもこんな夜には必ず登板のある本です。寄席人気低迷中の出版のせいか、「入り」には70人とか50人、五月中席に至っては25人!(300人近く入るのに!)の記録。芸人ごとの目次は親切で、今活躍しているあの人は、昔はどうだったんだろうとか、逆に今でも変わんないスタイルに安心したり。芸人を愛して止まない著者長井さんの視線は優しいです。10年もたっていないのに亡くなった方も多く、小さん、柳昇、志ん朝、円右、 猫八やローカル岡先生も。著者に思い入れがあるのか最後の番組の主任は、圓生オマージュ、圓弥さんの「猫忠」。一番組を3、4ページ、月毎にまとめてあり、写真もたっぷり、どこから始めてもいいし、どこでやめてもいい。読んでる時は、その時そこに自分がいたような想いにさせてくれるまことに良書。何より400ページ近くあるので…。お後が宜しいようで(笑)。
追伸 第29回オトナ寄席!10月10日初登場!橘家蔵之助、桂梅團治、午後7時より。
琥珀亭0942(38)0570是非!

街の魅力を音楽で発信

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今月の元気もん

街の魅力を音楽で発信

nakase.jpg    ベーシスト中瀬亨さん(53歳)なかせ・とおる

【PROFILE】
久留米市商品化戦略プランワーキングチームメンバー。文化街さくら会会員。1955年生まれ。久留米市出身・在住。 ブルース、ロック、ジャズと様々なジャンルを経て、現在久留米文化街にてライブ演奏を聴かせるワインバー【ヴィノテーク】を経営し、地元を中心にライブ、セッション等を展開中。

 音楽で久留米の街を盛り上げようとするミュージシャン、中瀬亨さん。六ツ門の六角堂で行なわれているイベントにはいつも彼の姿がある。十一月に久留米市が予定している『B級ご当地グルメの祭典!B 1グランプリ』、『久留米ほとめきまち旅博覧会』などの町興しイベントにも、音楽の角度から挑もうとする一人だ。「音楽界の中で出しゃばりもんになろうかな」と、笑う。口ヒゲが魅力的だ。
 「我々音楽をやっている者は、いろんな所でいろんなイベントの中身として演奏をやってきました。しかしふと我に返ると、自分の周りをもっと盛り上げたいなと思ったんです。音楽を使って久留米を盛り上げたいという気持ちが常々ありました。たかが三、四年で街が変わるとは思っていない。十年後、二十年後、久留米の街がおもしろくなるためには、今から何かやっていった方がいい。自分が何々できるというのではなく、皆がそういう意識を持つようになればいいと思ったんです」

 しぇからしか  パワーが
集まれば何でもできる

 久留米市では、二〇一一年春の九州新幹線全線開通に合わせて、観光商品化事業を展開中。その手始めとして、十一月に『久留米ほとめきまち旅博覧会』を開催。それに向けて、様々な久留米の観光コースの商品化を企画するワーキングチームメンバーを募った。多種多様な各分野で活躍する面々が集まり、中瀬さんもその中の一人だ。文化街案内コース『大人の街を飲み先案内人トオルと行く!文化街ナイトツアー』の他に、音楽を久留米のウリにしたらどうかという観点から、自分で演奏して音楽を楽しめるコース『久留米にライヴばしに来んの!熱い夜を楽しむビターナイトライヴ in 久留米』などを企画提案した。
 「こうやって様々な分野を極めた人が集まり手を組んでいろんな企画をすればおもしろい。久留米を盛り上げたいという一つのパワーがこうして幾つも集まれば、何でもできるんじゃないかと気持ちが高まってきました。とくに五十代前後の我々が一番動かねばいけないのではと実感しました。ただ、思いが熱いだけではできないところがある。そうした意味では、市が観光に力を入れたいという今は一緒にやるチャンスなんです」
 久留米人は照れ屋で表現下手、それが良さでもあり短所でもあると話す中瀬さんは、久留米人の眠っていた心をノックする。
 「観光資源としてこんな場所もあるよと、久留米に興味を持つ人はもっと現れるはずです。本当は久留米に住んでいる皆がワーキングチームの一人なんです。私は音楽界の分野でやりたがり屋の先頭になろうかなと思っただけです。好きな言葉はしぇからしか。久留米では悪い意味ではないですね。しぇからしかぐらいのやりたがり屋がどんどん増えたら活気が出るでしょ。いろんな分野の、しぇからしかぐらいこだわっている人を集めて、『しぇからしか祭』なんかやったらおもしろいでしょうね」

行政と一緒に
ストリートライブが実現         nakase2.jpg

 十一月一~二日の『B級ご当地グルメの祭典!B 1グランプリ』では、期間中、市内の五、六ヶ所で『ほとめきストリートライブ イン B 1グランプリ』を企画。若手ミュージシャンにもスポットを当てる。
 「せっかく何万人の人が久留米を訪れるのに寂しい雰囲気は見せられません。他所から来た人を音楽でほとめき(もてなし)ましょうという意味です。こんなに熱がある連中がいるんだな、活気がついているんだなと、音楽で実感してもらいたい。今どちらかというとストリートミュージシャンは隅っこに押しやられている存在ですが、若者の力も捨てたもんじゃないというところを見てもらいたいですね」
 久留米はたくさんのメジャーミュージシャンを輩出した音楽の土壌がある街。その久留米で、ロック、ブルース、ジャズと長年音楽をやってきたプロミュージシャンとして、中瀬さんの夢は膨らむ。
 「最終的には筑後の音楽をしたい。久留米独自のとんこつロックやジャズがあってもいいと思います。そして、将来できれば久留米の名物的ミュージックフェスタというものをつくっていきたい。久留米を盛り上げようという看板を大げさに掲げるのではなく、自分達がいい形で楽しんで音楽活動をやっていくことが、活気ある音楽の街づくりに繋がると思っています。活性化は、自分達が一生懸命楽しんでいること自体が活性化なんです」
 そう語りながら中瀬さんはピアノに手を置き、ルイ・アームストロングの『この素晴らしき世界』を弾き始めた。久留米が音楽でいっぱいの街になる日は近い。
文/森志穂

「住まいの寿命」Vol.22

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「住まいの寿命」Vol.22 

子供の頃!自分が住んでいた「家」での想い出って誰でも覚えていますよネ♪永く住み続けている「家」だからこその思い出が柱の傷や床のシミ等に残っていくのではないでしょうか?しかし、最近の日本の家は極端に「寿命」が短いの知ってますか?
 平均で約26年程度なんです!欧米諸国は軒並み日本の倍以上で、最も家の「寿命」の長いイギリスでは平均で約75年住まいとして人々の生活を支えているのです。気候や文化、生活様式が違うとは言え、これ程違うのは異様だと思いませんか?「家」の長寿国、イギリスでは本物の素材(天然素材)だけを使い合理的でコンパクトな住まいを楽しむのが一般的な人々の生活なのです。勿論、家のメンテナンスも殆ど自分達で行ない、イニシャルコストを押さえているのです。
 それに対して、日本の最近の「家」では合板やビニール系の素材を多く使う上に、小さく区切った部屋を作るので、家族構成が変わる度に大規模な増改築、もしくは建替えが必要になるのです。更にはここ数年の建築基準法の改正(改悪とも言われています)によって、かなりの数の建物が現在の建築基準法には適合しない事になり、増改築を行なう事が困難になったので、今後はもっと日本の家の「寿命」が短くなる事は間違いありません。ただし、こんな法律をつくる官僚を排除し、本物の素材を推奨する様な法律をつくる事で、少しは家の「寿命」を延ばす事が可能だと思いますが、一番良いのは実際に住む方々がメンテナンスに気を配る事なのですヨ!

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「住まいば考えよっ隊」
一級建築士 山本茂明
ブログ  http://www.kurumenosumai.com/

ベンソンとフックスフーバー〈その69〉

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〈その69〉ベンソンとフックスフーバー

おはなし 田原和子さん
(久留米子どもの本を読む会 代表)

 近頃、「あいしている」とか「好き」とか、なんだか面映い感じをもつ、生の言葉が題名になっている絵本が、増えてきている気がする。そう思いながら『あいしているから』という絵本を、作者名に惹かれて買って来てしまった。この画家の絵本、以前から書店で見つけるたびに手に入れている。
 題名が気になって、なかなか読まなかったこの絵本、内容はかなり面白い。巣から落ちた小鳥を拾ったモグラの坊や、両親の忠告もなんのその、頑丈な鳥かごに閉じ込めてしまっているのをみたおじいちゃんが、どのようにしてこの坊やに、愛の本質をさとらせるかが見もの。幼児でも楽しめる形で描きながら、読んでやる大人にも、沢山の示唆を与えてくれる物、それが絵本の醍醐味でしょうか。
 今回は、イギリスの画家、パトリック・ベンソンが絵を担当した絵本と、ドイツの人気作家である、アンネゲルト・フックスフーバーの絵本を読んでみて下さい。どちらも可愛いけれども、存在感のある子ども像が魅力的な絵本です。訳出本が少なく、作家の資料も少ないせいか、絶版や、品切れの本が多いのは残念ですが、幸い久留米の図書館は所蔵していますので、職員にたずねて、閉架のものは出してもらって下さいね。

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*******パトリック・ベンソン/アンネゲルト・フックスフーバーの絵本*******
パトリック・ベンソン:絵の絵本
『ジョンのふしぎなぼうけん』(金の星社)ラッセル・ホーバン:文 永田徹子:訳
『あこがれの星をめざして』(評論社)ラッセル・ホーバン:文 久山太一:訳
『よるのおるすばん』(評論社)マーティン・ワッデル:文 山口文生:訳
『あいしているから』(評論社)マージョリー・ニューマン・文 久山太一:訳
『ふしぎの森のミンピン』(評論社)ロアルド・ダール:文 おぐらあゆみ:訳
アンネゲルト・フックスフーバー:絵の絵本
『カーリンヒェンのおうちはどこ?』(一声社)池田 香代子:訳
『手のなかのすずめ』(一声社)さんもりゆりか・おつき ゆきえ:訳
『友だちのほしかった大おとこの話』(偕成社)たかはし ようこ:訳
『わすれられた庭』(福武書店)酒寄進一:訳
『ちきゅうの子どもたち』(ほるぷ出版)グートルン・パウゼヴァング:文 酒寄進一:訳

巻き寿司

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巻き寿司

vol.65
特別医療法人 理事
吉永 美佐子
久留米市日吉町115
 9月15日は敬老の日でした。いろいろなイベントがあちこちで催され、100歳以上の人口も増えて、『超高齢社会』を改めて実感した方も多いのではないでしょうか?私どものデイケアでも『巻き寿司を皆で作って食べよう!会』を実施しました。いつもお世話をしている若い職員が、恐る恐る寿司飯を混ぜる横から、「そんなんじゃだめ!」とおばあちゃんたちのだめだしが飛びます。「巻き寿司ってどうやって巻くんですかぁ?」とスタッフ。腕まくりしたおばあちゃんたちは腰が痛いのも忘れて、巻きすでくるくると器用にご飯を巻いて行きます。おじいちゃんたちも「うまそうやなぁー」とニコニコして見ています。片麻痺でいつもは「もう生きとってもしょんなか…」とぼやいてばかりのおじいちゃんも、今日ばかりは楽しそう…。食事の後、車座になって音楽に合わせながらプレゼントをくるくる回します。そして、止まったところで手に持っていたものが、プレゼント。なぜか一箇所に何個もたまったり、とハプニングもありましたが、笑顔が一杯でした。こういう時間をどれくらい過ごせるか?が大切だな!と改めて実感した一日でした。
電話:0942-35-2725/FAX:0942-31-1318

筑後「粉」文化の押さえドコ!「なぜ筑後は粉文化が栄えているのか?」

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筑後「粉」文化の押さえドコ!
ちくご・な粉闘記

なぜ筑後は粉文化が栄えているのか?
久留米大学経済学部 教授
経済学博士  大矢野 栄次さん

材料と地形と技術の条件が揃い
筑後に粉文化が生まれた

 皆さん一度は思ったはず。久留米、筑後にはうどん屋が多いな~と。一体、筑後の粉文化にはどういう歴史があるのでしょう。久留米大学経済学部の大矢野栄次教授に伺ってみました。
 小麦を作り始めたのは、主に江戸時代からとのこと。当事、大名の収入源は米。本来なら米を年二回収穫したいところですが、何といっても秋冬の日照時間の問題があるためできず、米の裏作として麦を作ったのが始まり。麦は加工製品にして食糧として備蓄できるし、裏作をした方が田は強くなるからです。主に浮羽方面から作られ始めたとのことです。現在の鳥越製粉を連想させられます。
 そして、粉を挽くためには臼が必要。当事は水車によって臼をついていました。水車を作る技術職人は、今では家具で有名な大川にいたそうです。水車にはもってこいの地形が鳥栖の山麓の川でした。急流で落差が激しく水車がよく回ったのです。明治時代に入って、浮羽の人々は鳥栖山麓の水車まで麦を運び、粉を挽いてもらっていたとのことです。
 「こうして日清製粉ができたんですよ」と、大矢野教授は話します。
 筑後川の豊かな水によって麦を裏作する田が作られ、鳥栖の落差の激しい川があったから臼をつくことができ、その臼をつくための水車を作る技術が大川にあった…こうした数々の条件がそろったことから、筑後地区周辺に粉文化が生まれたといえそうです。こうして挽いた小麦でうどんを作り、善導寺のおこしやせんべいのような麦菓子と共に、江戸時代から明治時代にかけて筑後の麺文化が栄えていったといいます。

筑後の民話
大川に神功皇后が降りた時、味噌屋で食べ物を乞うたが「何もない」と言われ、酒屋に入ると酒米をごちそうしてくれたという。この時、神功皇后は「この地域では味噌屋は繁栄しないが、酒屋は繁栄するだろう」と、言った。その場所が、現在の大川市酒見だったそうです。麦、米、酒と今も昔も、食に豊かな筑後地区ならではの民話です。

福岡県水産部水田農業振興課
農産係長  鐘江義広さん

実は福岡は全国二位の
小麦の産地だった!

 現在の麦の現状について、福岡県水産部水田農業振興課農産係長の鐘江義広さんにお尋ねしました。
 今、小麦の需要量の約九割は外国産麦とのこと。全国の小麦の作付面積は年々縮小傾向にあるようです。そんな中でも福岡県は近年少しずつ収穫量を伸ばし、二〇〇七年の収穫量(表1)は、なんと全国で二位!県産小麦を種類別に見てみると(表2)、ほとんどが菓子、うどん用小麦です。県内JA別に作付面積を見てみると(表3)、久留米をはじめ筑後地区がかなりの面積を占めていることがわかります。
 さらに、表2、表3をよく見ると…もうお気づきですか?少しずつ伸びている小麦の種類に…。
「うどん用小麦は需要が頭打ち。求められるものを作らないと…ということで、近年、生産農家ではパン用小麦ミナミノカオリが作られ始めたんです」と、鐘江さんは話します。
 そして、近年作られ始めたのはパン用小麦ばかりではありません。実は昨年から福岡県独自で、画期的な全国初ラーメン用小麦の開発に試験栽培が始まっているのです。

全国に先駆けてラーメン用
小麦を開発。久留米ラーメンに
画期的な変化?!

 ご存知、久留米、博多はラーメン処として有名。しかし、これまでラーメン用に向いた小麦の種類がなかったため、麺は外国産小麦が使用されてきました。そこで、県では品種育成に挑戦し、昨年わずか五年で、ラーメン用小麦の新品種「ちくしW2号」の育成に成功!県独自の開発なので、これを使用する権利も県内の農家に限定されるようです。
 「福岡のラーメンが地元産の小麦を使った商品に生まれ変わったということで、ラーメンの消費も伸びればいいなと思っています」と、担当の鐘江さんは期待を寄せています。
 県では、今年六月に『福岡県ラーメン用小麦普及促進戦略会議』を立ち上げ、八月には会議に属する製粉会社、ラーメン業者にサンプルが配られました。麺としての評価を受け、改善しながら生産農家にも生産技術を指導していきます。九月には、名称の公募、試食会などが計画されています。
 「自信はありますよ!」と、鐘江さん。サンプルでのゴーサインが出れば、私達の口に入るのは来年。楽しみです。

筑後の粉の特徴は?

福岡営業所 井上課長
郡谷係長
後藤主任研究員代理
古本工場長

筑後で次々に
新種開発された新種小麦

 粉の種類、質について、鳥越製粉株式会社研究開発部福岡グループ主任研究員代理の後藤英雄さん、郡谷多一係長、製造部福岡工場の古本和広工場長に詳しくお話をいただきました。
 「日本のなかで福岡県は北海道に次ぐ小麦の一大生産地です。日本の小麦は蛋白質含有量が多くないため、うどん等の麺用の品質がほとんど。そのなかでも『農林61号』は古くから作られている品種で日本の小麦のスタンダードと言えます」と、後藤さん。そして近年、「今までにない新しいタイプの小麦が栽培されるようになりました」と、紹介されたのは次の三種類。
 筑後市にある九州沖縄農業研究センターにて、平成六年にチクゴイズミ、平成七年にニシホナミ、平成十五年にはミナミノカオリが新種育成、登録されました。うどんに適した小麦のチクゴイズミ、ニシホナミは、従来の小麦とは違ってモチモチとした食感。小麦の風香味が強くソフトで粘りのある味の良いうどんができるそうです。ミナミノカオリは、アルゼンチンの小麦を交配して作られた新品種。たんぱく含量が高く、乾燥した寒い場所でしか栽培されないとされてきたパン用小麦が暖地でできるようになったとして、画期的な育種だったとのことです。
 これらの地場の小麦を使って、鳥越製粉では次のような商品が作られています。チクゴイズミからはうどん用小麦『筑後のかおり』、ニシホナミからはうどん用小麦『麺むぎ笛』、ミナミノカオリからは、パン用小麦『ミナミノチカラ』、ラーメン用小麦『福岡ランタン』。原料の品質を活かすために、一度に小麦を潰すのではなく、何段階も経て手間をかけて丁寧に粉にしていく手法をとっています。
「筑後地区ではもともと、柔らかく、モチモチしたうどんが好まれています。モチモチ感の強いチクゴイズミ、ニシホナミは筑後の人々のうどんの嗜好にあった品種といえます」と、郡谷係長が話します。
「地元のものを使って地元ならではの商品を出そうという思いで取り組んでいます。原料の品質が大事」と、話すのは古本工場長。鳥越製粉では国産小麦の使用法を先んじて研究、製品開発し、特徴的製品を数々作り出しています。
粉文化の広がり粉文化の広がり

クロボー製菓 (株)
代表取締役専務
岡田義広さん

この土地で生まれたお菓子だから
この土地の粉にこだわりたい。

 「創業大正9年(1920年)のクロボー製菓のお菓子「黒棒」は当時、筑後地方でも獲れていたサトウキビと地粉(地元産小麦粉)を使って作っていました。以来約1世紀近く菓子製造に携わって、安心安全をモットーに、品質はもとより生産者の顔が見える素材を使い、創り手の顔が見えるお菓子を作っています。
 現在、黒棒に使う小麦粉は福岡県産(八女産)の小麦粉を中心に、佐賀・大分産の小麦をできるだけ自然に近い形で使いたいとの思いから丸挽きを使っています。外国産小麦粉は品質的には安定しています。国内産は地域が限定されるためその年の気候により品質が左右されることが多い、ですからお互いの顔が見える地元の小規模の製粉屋さんとコミュニケーションをとりながら、より品質の高い安全なものを一緒につくっています。
 今年9月に我が社では、食は日本文化の基本、そして小麦文化は日本の食文化の原点との思いで、はじめての蒸し饅頭を発売します。その名も「もっちり黒糖蒸しまんじゅう 黒粋糖(くろすいとう)」。原材料は、看板の黒糖、地粉(県産を主に九州産小麦をブレンド)、鹿児島産本葛、白双糖(大粒の白ザラメ)を使い、もっちりしっとりとしたまんじゅうです。本物の素材へのこだわり、シンプルなだけに奥深い味わいをこの饅頭に込めてみました、ご期待下さい」
郷土料理としての粉モン

特定非営利活動法人(NPO)
栄養ケア・ちっご
【本部】
筑後市馬間田157-4
0944-63-6497
【久留米事務所】
久留米市北野町八重亀216-25
0942-78-2402

 管理栄養士や栄養士で構成される特定非営利活動法人(NPO)の「栄養ケア・ちっご」。福岡県との協働事業「子どもたちの心と体を育てる食育の推進事業」でも昨年から活躍中です。筑後の郷土料理にも粉を使ったものがたくさんあります。「栄養ケア・ちっご」では粉を使った郷土料理や昔なつかしいお菓子など、作り方を高齢者から聞いて次世代の子どもたちに繋いでいこうと積極的に活動しています。「昔は粉は主食でした。ごはんの代わりだったのです。その代表的なものがだご汁です。昨年の事業ではだご汁とだご焼きを中心に作りました。今年はふなやきやごろし、いもまんじゅうを作る予定です。だご汁など子どもも大人も一緒に皆で出来る料理ですよね」と理事の原清子さん。粉は世代を繋ぐ大切な絆でもあるのですね。

ちくごコナモン大図鑑「国産小麦の長所を引き出したオリジナル麺づくり」

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ちくごコナモン大図鑑

ラーメン
[大砲ラーメン 麺工房}
工房長
浦井道治 さん

国産小麦の長所を引き出した
オリジナル麺づくり

 大砲ラーメンでは、麺とスープはいい夫婦関係みたいなものと考え、平成5年に麺工房を作り自社製造を始めました。現在、「ラーメンの食材はすべて自国の食材で」との思いから自社ブランド「麦穂の國」を開発しました。福岡産ミナミノカオリに北海道産ハルユタカと春よ恋をブレンドし、これまでにないなめらかで、粉っぽくなくコシのある低加水麺を開発し、全店で好評を頂いています。また昇和亭で発表された、かつての期間限定商品(清湯系醤油ラーメン)の麺も九州ではじめての多加水ちぢれの平打ち太麺という傑作麺として麺工房が開発しました。
お菓子
クルール・ド・銀月〔Couleur de Gingetsu〕
オーナーパティシエ
田中昌信 さん

細かい粉の使い分けがより一層
お菓子の食感をひきたてる!

 薄力粉4種類、強力粉2種類、饅頭(和菓子)2種類とお菓子の種類によって粉も使い分けをしています。クッキーにはこの薄力粉、パイにはこの強力粉など実際に試行錯誤を繰り返して選び抜いた粉です。その微妙な粉の違いがお菓子の食感をひきたたせてくれるのです。僕はお菓子の道に入って20年。以前はコンテストなどで賞を目指したりしていましたが最近はシンプルで素材をいかした商品を目標にお菓子作りをしています。今後はまずはわざわざ来てくださるお客様のためにカフェの展開、そしてもっと年をとったら山の中でロールケーキだけを焼いて過ごすのが僕の夢ですね。
★9月13・14・15日に当店で月見のイベントがあります。素敵なプレゼントもありますよ。
うどん
[麺通様御用達 たけ屋]
代表
加藤正明さん

高くても安心安全な
いいものを出す

 当店は7~8年前からは色、艶、食感がうどんに適しているオーストラリア産の小麦と旨味がある国内産(福岡県産)のニシホナミをブレンドしたものを使用しています。今後は麺に適した小麦の生産率、自給率をあげることが望まれますね。僕の店でも値段の高謄で値段を上げざるをえなくなりました。それはお客様を裏切らない商品を出し続けるための決断でした。昨年の11月からそば粉も純国産です。高くても安心安全ないいものを出すことでお客様に受け入れて欲しいという個人的な願いがありますね。
お好み焼き
〔お好み焼 だるま 久留米店〕
村里さん 梅原さん

大牟田から進出!久留米に
お好み焼きの文化を創りたい

 大牟田から久留米にやってきて、3年前にお店をオープンさせました。驚いたことは、久留米はお好み焼き・もんじゃ焼きのお店が、大牟田に比べてとても少ないんです。それだけ地元の人たちに定着していない食べ物なんですよね。大牟田では駄菓子屋の名残で、おばあちゃんが一人で営んでいるお好み焼き屋もたくさんあります。鉄板を囲んで、ワイワイ食べることができるお好み焼きは、色んな年齢の人たちで楽しめる食べ物。「もっと多くの人に食べてもらいたい!」お好み焼きやもんじゃ焼きの文化を、久留米にも作りたいと思っています。生地は、モチモチの食感を大事にしています。小麦粉をはじめ食材、ダシやタレ、作り方などすべて独自の製法でこだわっています。大牟田には両親が営む、創業50年のまんじゅう屋「だるま」。そして兄が営む「お好み焼だるま 大牟田店」があります。長年に渡る粉の知識・扱い方をしっかり受け継いでいます。(村里)

B-1グランプリへの道(その7)【三食同盟/愛リーグ的オヤジギャグ発想】

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B級グルメパラダイス「美級 久”留米天国」

久留米やきとり学会 会長 豆津橋 渡
e-mail  gakkai@kurume-yakitori.com
HP  www.kurume-yakitori.com

 先日、青森県庁で『つゆ・みそ・じる 三食同盟』の調印式がありました。基本的には八戸、青森、黒石が11月に久留米で開催される「第3回B 1グランプリ」に出場します、ということを県内に向けて発表する催しなのですが、それだけではおもしろくない。「黒石つゆやきそば・青森生姜味噌おでん・八戸せんべい汁が、青森県を代表して全国に戦いを挑みます」という同盟を結び、記者たちの前でその宣言をしたのです。
 前にも書きましたが、B 1グランプリを主催する「愛Bリーグ」は飲食関係の業者ではなく、全国の地元を愛する民間団体の集まりです。ですから、基本的に活動資金が乏しいため、そのPRにかける予算はたいへん厳しい状況です。では、お金をかけずにPRするにはどうするか?。それは「何ソレ?」とクスッと笑ってもらえるモノを発信し、「報道したい」「面白い」と思わせる題材を提供することです。そもそもB 1グランプリという発想も、格闘技のK 1やお笑いのM 1のパクリだし、愛Bリーグというのも「全国B級ご当地グルメでまちおこし団体連絡協議会」という長ったらしい名前を、米国東部の大学の集合「Ivy League」にもじってつけた名前です。合言葉の「ビーワンダー!」は、これも「B 1だぁ」と「Be Wonder」をかけたもの。
 今や全国にその名を知られるようになった「富士宮やきそば」。この超ローカルなメニューを全国的に有名にしたのは、オヤジギャグ的発想のおかげといってもいいほど、次々とネタ提供しています。サポータの名称は「やきそばG麺」、その活動の取り組みを「ミッション麺ポッシブル」、小倉焼うどんとの対決「は天下分け麺の戦い」だし、激辛の「激香夏麺(げっこうかめん)」やヨン様も汗ダクの「冬ソバ」である。また名産のニジマスをつかった「マスバーガー」で、その店名は「鱒益分岐点(そんえきぶんきてん)」、地元の銘柄豚に「ルイビ豚」、その肉屋は「ポーク神社(ジンシャー)、そしてやきそばに合う日本酒に「だいびんじょう」という名前をつけて売り出すなどなど、ダジャレ・オヤジギャグのオンパレード。え?くだらないですって?でも、この名前と取り組みだけで新聞やテレビなどで取り上げられ、またネットでも話題になっています。宣伝費用に換算するとものすごい金額です。
 地域ブランドの生命線は「知名度」。まだまだ全然知られていません。我々「久留米やきとり学会」も活動資金は¥0なんで、オヤジギャグ的発想を駆使して、今後はダジャレを使いまくろう、と企んでいます。みなさんもアイデアがありましたら「くるめすたいる」までお寄せください。お待ちしています。
 最後に愛Bリーグの会長・渡辺英彦氏の至言をご紹介。
【自分たちがどんなに素晴らしいと思っていても、知られなければ存在しないのと同じ。】

ラーメン今昔物語~カラダは正直~111

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  今回のタイトル・・・「ふっふっふ、奥さん、イヤイヤ言うわりにはカラダは正直じゃぁねえか・・・」なんてイヤらしいハナシではありません。
 実は先日、僕は検査入院をしました。入院中、何度も血圧や心電図をとります。特に血圧は三十分置きに看護婦さんが交代で測りに来ます。最初は若くきれいな看護婦さんでした。その時の血圧は何と上が百四十の高血圧。無意識の動揺です。三十分後、今度はやや年配で容姿は微妙な看護婦さんでした。血圧は百二十の正常値でした。僕は思いました。…カラダは正直だ。
 もっと的確に心の状態が数値に出るのが心電図でした。タコの吸盤みたいなものを乳首の周りや脇腹などにペタペタくっつけると、モニターに波形が流れるアレです。これはオモローイ機械です。この機械は、少し体を動かすだけでモニターが反応して波形がいろんな形に変化します。僕は病室のベッドでひとり、腕を曲げたり、両足を上げてシンクロのマネをしたりして波形の乱れを楽しんでいました。そんなとき病室の入口に向かって大きく足を拡げると、僕の股間の向こうに看護婦さんがこっちを見ていました。とーっても波形が乱れました。〈ハズカシサ〉もちゃんと心臓の電流として数値に出るのです。・・・カラダは正直だ。
 笑いながら看護婦さんは話しかけてきました。「香月さんは大砲ラーメンの社長さんだったんですね」波形がやや乱れました。看護婦さんは続けて言いました。「うちの息子もラーメン屋にしようかな。だってラーメン屋って儲かるんでしょう?うちの息子の将来の夢は〈金持ち〉らしいから」それを聞いた僕の心電図は激しく乱れました。「ちょっとまって看護婦さん。俺はね、カネモチになるためにラーメン屋を始めたワケじゃなかと!」僕は次第に興奮してきました。「大体、そげな露骨な金銭欲でラーメン屋初めても絶対うまくいかん!ソレは夢じゃなくタダの欲望ばい」その瞬間、心電図のモニターから大きなアラーム音が鳴り、計測不能になってしましました。・・・カラダは正直だ。
 そういえば、学生時代にこんなことがありました。男ばかりの友人四人でドライブしていたときのこと、一人の友人がやにわにワイ談(エッチな話)を始めました。それは次第に盛り上がり、聞き手語り手が雑多に入れ替わって大いにテンションが高まってきました。しかし、その中で運転手のA君だけがしらけた顔をしています。彼はワイ談嫌いなのかホモなのか、その手の話には全く興味がないようで、ついにA君は皆に言いました。「いいかげんにしろ、そんなつまらんハナシ」・・・一同しらけた空気の中で、突然B君が、なにかを見つけて言いました。「おいA!ソレは何や?」A君の股間には大きなテントが張ってありました。・・・カラダは正直だ。
 と、いうことで、最後はやはり下ネタになってしまいました。今回のコラムはお子様の手の届かないところに置いて下さい。

◆バックナンバー◆
http://www.taiho.net/konjyaku_new.htm

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