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くるめ-コラム

歯は健康のバロメーター vol.18

〜落合先生のお口のお話し〜

「隣接面う蝕?目に見えない、痛みもない、その程度のむし歯をわざわざレントゲン撮影をしてまで見つけだす必要があるのでしょうか?」

おちあい小児歯科医院 院長 落合 聡

前回、目に見えない部分である歯と歯の間にできるむし歯、つまり隣接面う蝕に注意しましょう、というお話をしました。しかし、目に見えない、また痛みもない、そんな状態のむし歯をわざわざレントゲン撮影をしてまで見つけだす必要があるのでしょうか?というご質問を頂くことがあります。今回はこの点についてお話ししましょう。

熱いものに間違えてさわってしまったらその瞬間にやけどをするでしょうし、高いところから飛び降りたらその瞬間に骨折や打撲など大きなけがをすることもあるでしょう。しかし、むし歯についてはそれらと違って、一瞬の出来事で大きなむし歯ができることはありません。ある日ある時、大きなむし歯があることに気が付いた、ということはあるでしょう。しかし、これはその日に突然むし歯ができてしまったわけではなく、小さなむし歯が少しずつ大きくなって、ある日それに気が付いた、ということにすぎません。これがまさしく前回お話した隣接面う蝕です。

一般に、むし歯は小さければ小さいほど、間違いなく簡単に治療することができます。ご家庭で明らかにむし歯がある、とわかる程度の大きさのむし歯は、多くの場合、本格的な治療が必要な状態になっていることがほとんどですが、レントゲンを撮影してようやくむし歯があることがわかった、という場合には、もちろんすでに重症化していることもありますが、簡単な治療で治すことができたり、程度によっては薬物の塗布や予防の処置でその進行を遅らせることができることもしばしばあります。

したがって、レントゲン撮影でむし歯の有無を検査をする、ということは、決して「重箱の隅をつつく」ようなことではなく、より安心して毎日を過ごすため、できるだけ軽い治療で健康を取り戻すため、の有効な検査方法であるということをご理解頂きたいものです。

それでは、いずれ必ずはえかわることがわかっているのに、どうして乳歯のむし歯は治療しなければいけないのでしょうか?来月に続きます。

むすんで、ひらいて!! vol.53

「長年、子どもの指導を

して来て思うこと」

⑥子どもは自信を持たせることで伸びていきます。

一般財団法人田中教育研究所

幼児心理カウンセラー  野田 鏡子

3年前、台湾から発達診断(田中ビネー知能テスト個別式)を受けたいと来室された方がいらっしゃいました。

このテストは、個別で1歳から大人まで実施出来るもので、非常に正確にその子の発達がわかります。

台湾からこられた方は、小学校3年生の男の子、学校ではよく注意を受け叱られることが多く、保護者の方も心配し受けに来られました。

9歳の彼は、子どもの部分から13歳までの問題をほぼ全問合格し、私も30年以上この検査をしていてこれ程きちんと答えられる子どもは初めてでした。非常に高い知能です。

その検査結果を学校の方にも提供され、先生の子どもに対しての見方も変わったという連絡がありました。

その時、私は「型にはめないで、好きなことをのびのびとされていかれると必ず伸びていきます。」ということを伝えました。

あれから数検に興味を持ち、先日2級に合格し、現在は高3の数Ⅲを学んで六年生のうちに準一級を目標としているそうです。また成人級の知能テストも受けたいということでした。

小学生時代、子どもは大人に対して不信感を持ち、反抗的な態度になるものです。どんなに反抗的な言葉や態度をとっても暖かく包む愛情で接してあげれば、必ずそれに応えてくれるものです。

子どもは非常に敏感に人の愛情を感じます。ただ叱っても効果はないとつくづく思います。

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子どもの為の ひろしじいちゃんの 絵ごころ指南!! Vol.6

子どもの絵 六ツ門教室

主宰 杉山 洋

「屋根瓦の美」

久留米ユネスコ協会展で最高賞を受賞した小学六年生上田青永君の夏休みの宿題提出作品。

『村のお宮』の屋根瓦を題材に選んだところがすでに非凡。しかもそれを審査し、最高賞に選んだ審査員の眼も非凡。芸術家を自認して●●会とかいう洋画団体の会員に審査を任せていない主宰団体も非凡。審査員は小学校の美術担当だった元教師とか。画家ではない。教師だった。このユネスコ協会の叡智にほれ込んで、毎年我が塾生を応募させている。

こどもの絵は「芸術ではない」と言った恩師の坂本繁二郎の言葉をつくづく思わせる作品である。この作品には思春期間近の『芸術とはなんぞや』という気持ちがモヤモヤと現れ始めたころの作品である。つまり「こどもの美術教育」の最終段階の作品と言っていい。

恩師坂本繁二郎は大正デモクラシーの世相のなか「芸術自由協会」の参加会員となり、こどもの恵のありようについて、「こどもの絵は芸術ではない」という言葉を残している。

作者上田青永君は高校時代に、作家三島由紀夫に傾倒して慶応を出たはず。この作品を残した青年上田君の社会人としての人となりが推察される。画塾の主宰者にとってはこの上なくなつかしくうれしい作品である。

この作品で『蝋画』という作画技術を指導した。十年前の中学校の美術教科書には記載されていた技法だったが、いまそれも消えたようだ。

いま中学校での美術教育は明朝・ゴシックなどの文字の描法が殆ど。美術教育の時間も少なく不徹底。明朝のほかに宋朝という書体があること担当教師はご存じか。音楽もしかり。大の大人がすべて「可愛い」としか言語表現できない哀れさは、それらの教育現場に原因があるのではないか。この『瓦』の美に気づいた小学六年生の存在を懐かしむだけであってはあるまい。「中教審とやらの国家機関と芸術教育現場を相手に闘いを続けねば」と思っている。

201810-sugiyama.jpg◀【上田青永君 小六年作品】

くるめ食素材探検 vol.59

和のミックススパイス「七味とうがらし」編
文/靏久 格(産直や 蔵肆)
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やっと朝晩すずしくなってきました。今年はほんに暑かったですねえ。ということで先月に続いてまだまだ辛い話題をお届けいたします。

七味唐辛子は、徳川時代の1625(寛永2)年に江戸・両国にある薬研堀で発売されたのが始まりの、日本を代表するミックススパイスです。

薬研堀のからしや中島徳右衛門が店をひらいて売り出したところ江戸っ子にうけて広まり、同じころ関西では伏見のあたりで栽培されていた唐辛子を仕入れて売り出したのが京都清水の「七味家本舗」、また長野市善光寺の「八幡屋礒五郎」も老舗とされています。
七味の配合原料の基本的な組合せとなるのが、二辛五香(にしんごこう)といいますが、関東では唐辛子の割合が多く、関西では山椒などの香りが強いといった傾向があるんだとか。また、香りや辛さも違うそうなので、機会があれば味比べしてみたいものですね。この「二辛五香」は、辛さに特徴がある原料を二種類、香りを重視したものを五種類という意味です。基本のレシピは、赤唐辛子(生唐辛子、焼き唐辛子)、ごま、けしの実、青のり、麻の実、陳皮、山椒、しその実などの中から七種類をブレンドしたものです。そう、七味にはきまったレシピはなく、唐辛子を含め七つの素材が入っていれば「七味唐辛子」なんですね。輸出向け商品は白ごま、しょうがを入れたりしているんだとか。これは、輸出先によっては「麻の実」や「けしの実」が法律の規制の対象となるためなんだそう。

ちなみに、海外にも輸出されている七味、日本では「しちみとうがらし」と発音しますが、海外の方々にとっては、一味唐辛子(いちみとうがらし)と発音が混同するという事で、英語表記で「NANAMI TOGARASHI」となっております。ななみ・・・。

新・落語スズメvol.1

「噺家の名前といえば…」
文/松田 一成

噺家の名前といえば圓生、志ん生、文楽、小さん、正蔵に可楽。(そういえば可楽師のお嬢様が毎年大江戸のれん市で久留米にやってきていたのはご存知か。またそれは別の機会に。)また四天王と呼ばれた、志ん朝、柳朝、談志、圓楽。継がれた名前もあれば、大きすぎて誰も襲名できずにそのままになっている名跡も。その中で100年近く継ぐものが現れず、飛び切りの名跡といえば、あの御仁のお名前。ご存知、落語中興の祖、言文一致運動にも一役買った『三遊亭圓朝』。先月11日が命日でございました。安政2年(1855年)、師匠『圓生』の圓の字と、当時、江戸で売れに売れまくっていた新内語り『紫朝』の朝の一字をとって、『圓朝/エンチョウ』。噺家の名前に朝の一字が加わった始まりはここからではないかと。(アタシ調べ。亭号には「朝寝坊」が圓朝以前からありました。)気になりますね、その圓朝を魅了し、一字貰った紫朝という新内語り。〜富士松紫朝、本名は萬吉と称し、夙に明を失い盲人と為りて音楽を学ぶ。(中略)新内節と称する一派を開き、名声大に揚り、三條内府の邸に召され演奏を為すの栄を蒙りしことあり(中略)五十一歳の時久留米に帰りて多くの門人を教導せしが、明治三十五年陰暦正月二十二日七十六歳を以て没す。(中略)墓は寺町妙正寺に在り。(久留米市誌より)〜なんと、明治、大正、昭和、平成、綿々と現在まで続く源流がここ久留米にあったとは。噺家の名前、朝の一字は、久留米出身の新内語り『富士松紫朝』から『圓朝』へ。志ん朝、柳朝、そしてその柳朝の弟子小朝に(圓朝は小朝が継ぐという話も実しやかにありました)。芸どころ久留米の奥深さ発見。残念ながら上方の名跡『米朝』の朝は師匠米丸のお内儀さん、麻子からとったものだそうで(笑)

コーヒー産地を訪ねて…一枚の写真 vol.112

“2015年 ボリビア カラナヴィ”
写真と文 安達  和宏
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2015年9月に訪問したボリビアでの一コマです。
ボリビアの北ユンガス/カラナヴィの新しく開拓されたコーヒー農園を見渡しながら昼食をとりました。エキスポーターのペドロ・ロドリゲスさんは、生産者にコーヒー作りの指導を続け、ボリビアでの高品質コーヒーの拡大に尽力されています。車で移動中には、彼が何故カラナヴィという注目されて無かったこの地にドライミル(乾燥処理場)をつくり、逆境とも言える中に少しづつ光明を得て来たのかを語ってくれました。そして、コーヒーの樹が植え付けたばかりの目の前の山々を見渡し指差しながら『POTENCIAL!POTENCIAL!!』 『ポテンシアル! ポテンシアル!!』と何度も何度も私たちに紹介してくれます。私自身、この時の高揚感は、コーヒーに限らずヒト・モノ・コトの持つポテンシャル=可能性を感じる出来事となりました。そして…新たなプロジェクトを起こします。さて、この続きは来月号にてご紹介…お楽しみに!

久留米文学散歩 vol.69

夏目漱石と熊本そして久留米⑦
文/増原 達也

別項に記載していますが、現在は彼女が「自殺未遂」した場所は様変わりしています。彼女の心理を紐解く事は難しいのですが、当時の状況を様々の本から読み込んで、死ぬ気は無かったと思われます。
併し漱石には可成りショックだった様で、その頃にも(柳散る…)を残し、また句の様に至るのです。
只この時の気持ちは彼にとっては忘れがたいものだった様で7〜8年後の「草枕」を執筆した際には前段部分に似た様な文章を遺しています。それが「春は眠くなる……」から5行程ですが、この中には外国の詩人(シュレー)の内容と似た処もある様です。
扨問題の「草枕」ですが、明治39年9月号の「新小説」と云う雑誌に一括で載せられています。これが大変好評で売切れが続く有様だった様です。これを読んだ朝日新聞社の社主が、当時は東京と大阪とに分かれており、これを読んだのは大阪側で東京に連絡、小説記者として入社して貰う様、活動せよとなったそうです。その使者に立ったの、池辺三山です。本名は池辺吉太郎でこの人物は熊本県玉名郡横島の出身で先代は西南戦役の際、薩摩に参加、その戦後斬首されています。その吉太郎も参加はしたのでしょうが、まだ未成年だった為に生き残っています。その吉太郎が漱石と同じ明治14年の二松学舎入学者名簿に名前が存るのです。処が両者が書き遺している物には両者共に入社交渉のあった時が初対面と遺しています。漱石に至っては、西郷隆盛を彷彿させる人物であったと遺しており、三山の方が朝日新聞を早く辞めるのですが、亦三山の方が早く死にもし、その際の悼辞は漱石が書いています。漱石と三山は二松学舎の同じ時期に入り、同じ名簿にも名を連ねているのに何故朝日の入社時まで逢う事がなかったのか、その辺の事を一度ゆっくり調べてみたいと思います。只朝日が入社交渉に行く前に読売新聞も入社交渉に行っているのですが、何故か漱石は断っています。
尚、二松学舎の名簿には夏目金之助ではなく塩原金之助で掲載されており、夏目漱石に返るのは可成り後になります。

香茶店〝香り不思議発見〟 Vol.95

「彼岸過迄」とは…  香star

夏目漱石の長編小説のタイトルが上の題名になっている。正月から書き始めて、秋の彼岸の頃に書き終えることを前提にこの小説を漱石は書いていたという。暑さ寒さも彼岸までというように日本人には節目節目に季節の彩が出てくる。この季節はやはり彼岸花(曼珠沙華)、朝顔。それぞれ秋の季語。道端に咲く野生の朝顔も素朴でいい、彼岸花も真っ赤に色づき野に咲く。お彼岸が近づくとこの暑さもきっと和らぐはず。お墓参りの道端に赤と青の花を見つけたら、秋はもうたけなわ。

《9月の催しもの》
朝倉市上秋月にある
「水の音 土の音」さんの器を
展示即売いたします。
一点物の作品に秋を感じながら
ご覧ください。

歯は健康のバロメーター vol.17

〜落合先生のお口のお話し〜
「歯と歯の間にできるむし歯、
隣接面う蝕に注意!」
おちあい小児歯科医院 院長 落合 聡

前回は、むし歯は目に見える部分にできるばかりではなく、歯と歯の間、いわゆる隣接面と呼ばれる部分にもできやすい、というお話をしました。この隣接面にできるむし歯は通常行われる学校や幼稚園等の歯科健診で見つけることは困難で、確実に確認するためにはレントゲン撮影が必要であることは前回ご説明した通りです。それではこの隣接面う蝕を予防する方法があるのか、というのが今回のお話です。
隣接面う蝕に限らず、むし歯を確実に予防する方法は残念ながら確立していません。むし歯はミュータンス連鎖球菌という口の中に住み着いている細菌によってつくられることはわかっていますが、まだワクチン等を用いた対策が確立していないため、現状ではとにかく口の中でミュータンス連鎖球菌が活発に活動しないようにするしか方法がないからです。
その方法は、口の中をきれいにする、食事に気をつける、歯の質を強くする、の3つになります。これらは隣接面う蝕に限らず、どの部分にできるむし歯についても同様の方法ですが、特に隣接面う蝕の予防に有効なのは、直接歯ブラシが届かないことから、口の中をきれいにする、についてはフロス(糸ようじ)を使うこと、食事に気をつける、についてはジュース等、歯と歯の間に浸透していきやすいものの多飲に気をつけること、そして歯の質を強くする、についてはフッ素を用いること、具体的にはフッ素入りの歯磨き剤を使う、ご家庭や学校などでフッ素洗口をする、かかりつけの歯科医院でフッ素塗布を受ける、等、になります。
目に見えない部分に気をつける、ということはけっこうしんどいことですが、これらに気をつけてみて下さい。

むすんで、ひらいて!! vol.52

「長年、子どもの指導を
して来て思うこと」
wakaba2018_09.jpg⑤叱れば叱るほど、育てにくい子どもに
なるような気がします。
一般財団法人田中教育研究所
幼児心理カウンセラー  野田 鏡子

先日もスーパーで、思いっきり大声で子どもを叱っているお母さんを見かけました。
叱っている当の本人のお母さんは、もう全く周りが見えていません。客観的に自分の姿が見れなくなっていました。とても大きな怒鳴り声でした。「何度言ったらわかるの!」「いいかげんにしなさい」「ダメ!」しばらくするとまた怒鳴っていました。
子育ては大変です。思い通りになりません。疲れます、イライラします、その気持ちはよくわかります。自分の感情を抑えることはなかなか難しいです。しかし、それが子どもを育てる試練なのかもしれません。
小さい子どもほど、動作も行動も全てがゆっくりですし、手先の神経の発達もまだ十分ではないので、お茶をこぼすことも、物を落として壊すこともあります。して良い事と悪い事の判断も出来ません。スーパーでむやみに物を触ってはいけないということも知らないのです。
少しずつ教えられ、経験して覚えていくしかないのです。
ひとりの人間を育てる基盤は幼児期に作られると言われています。「……しなさい」と命令的な言い方をちょっと変えて、「……してみようか」「……できるかな?」と言い換えてみて下さい。子どもはとても素直にお母さんの言うことを聞くようになります。
子どもは、優しくいつも自分を守ってくれるお母さんが大好きです。思う存分甘えられるお母さんでいいのです。甘えが満ち足りると心は安定し、悪い事はあまりしません。
自分は、家族から守られ、信頼され、愛されているという実感を持つことによって、外に向かって成長していくものです。ちょっと心掛けてみて下さい。

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