Home

くるめ-コラム

新・落語スズメvol.3

「浪曲、玉川奈々福」

文/松田 一成

旅行けば 駿河の国に茶の香り あれは名代の東海道 名所古跡のあるなかで 音に聞こえし次郎長の〜ご存知『清水次郎長伝』、二代目広沢虎造で聞きなじみのある方も多いかと。今回はその浪曲、浪花節に現われた彗星の話。イムズホールであった柳家喬太郎師の会、ゲストでご出演されたのが玉川奈々福さん。浪曲の先生というよりは、学校の先生といった感じの色白細面の美人ちゃん。声より先に、その佇まいに興味が湧いて参加したことをすぐに後悔。落語は「噺す」講談は「読む」浪曲は「語る」芸と言われますが、奈々福さんのその浪曲、あの晩は爆発していました。ハートを射抜かれたといった可愛いものではなく、もろとも吹き飛ばされたといった表現がいいのか。多分ほとんどのお客様が、アタシも含めて、初めてのライブでの浪曲体験だったと思います。そんな会場で、奈々福さんが一節目に仕込んだ、浪花節の信管に触れました。そして見事に吹き飛ばされました。奈々福さん自身は浪曲の復権を目指し、キャッチも『節と啖呵と三味線で織りなす一人ミュージカル』と浪曲未体験の人にも垣根の低さをアピール、エンターテイメント風を装っています。が、おっとどっこい、聞けばその裏、しっかりと義理人情を詰め込んだ爆弾を片手に、日本人であることの逆の踏み絵を要求しているような。死なばもろとも、一緒に吹き飛ばされれば、この世は天国。人生で大事なものは義理と人情(と、お中元)。奈々福さんのうなる全力投球の浪花節に決意を感じたのでした。素敵です奈々福さん。

そんな玉川奈々福さんの会、11/4久留米シティプラザCボックスで公演。是非!※詳細は14Pをご確認下さい

香茶店〝香り不思議発見〟 Vol.97

喪中ハガキがきたら、

喪中見舞いのお線香を贈りませんか!

香star

年末に突然ハガキが・・・、中身は「喪中につき、年始のご挨拶は遠慮させて頂きます」の文面。こんなハガキで戸惑うのはお悔やみしてなかった?ということ。そこで最近では喪中見舞、御仏前などの名目でお線香をお届けされる方が多くなりました。

親しい方の突然の不幸を知らされてなかったということはよくありますね。御礼の気持ちを香りに込めて贈りませんか!

●喪中見舞のお線香に関するお尋ねはお電話か

直接店頭にてお尋ねください。

201811-tennen01.jpg

香りは3種類

・乳香の香り

・清澄な和の香り

・甘い優雅な香り

1セット 15枚入り…600円(税別)

今月のイチ押し ! 「印香」

火をつけずに香りを楽しむ印香(いんこう)は、見た目が可愛くお菓子のようなお香です。小皿に乗せて香りを楽しんだり、アロマポットや電子香炉などで温めてお楽しみください。

気分転換や空間の演出に !

子どもの為のひろしじいちゃんの絵ごころ指南!! Vol.7

子どもの絵 六ツ門教室

主宰 杉山 洋

「動物園のキリン」

幼稚園の恒例の動物園見学の経験絵である。

前々回のK君の「イルカの曲芸見学」絵と同じように、幼児は大地に立っているという経験を画用紙のまわり縁を大地としてとらえている。

このキリンを見ている子らの大地は画用紙下部と左側面である。右下の人物は「A君」自身であるから、無意識に大きく自己主張して描いている。左側面に一見、横たおしの子どもたちは、クラスの友人である。友人たちは大地の存在は経験として知っているが、物理的に間違っているという認識はない。キリンをとりまいて見ているという経験を表現するばかりである。彼らの上には青い空があるのでそれを、まず描き、キリンの上空の空も知っているのでそれを描き、またキリンの足下の大地は画用紙下部がそれである。そこで「キリンのまわりに何があるか」と尋ねてみた。A君にとって、見学した唯一つの動物、首の長いキリンへの驚きのみが経験認識であり、動物の牧舎などは眼中になかったので描けないのである。そこで「キリンや君の回りには何があると思う?」と質問したときA君はやにわにウデを振りまわし「風がある」と答えた。つぎに「その風を描いてみよう」と言うと一瞬、考えてやにわに白を選んで空気として表現したのであった。

眼に見えない空気に気づき、白で表現したA君は、すべてが描き終えたとして、極めて満足顔だった。

このA君は、学年が進むとともに、物のあり方に注意深くなり、次第に写生力が身につき、六年時には左のような作品を描くようになった。

くりかえす。幼児期は「知っている」つまり「経験」を描く時期であり、「写生」の時期ではないことを私は主張する。活発な児童ほど、経験が豊富でダイナミックな表現ができるのである。

201811-sugiyama01.jpg◀【A君 幼稚園児作品】


201811-sugiyama02.jpg◀【A君 小六年時作品】

ともに「全日本こども美術展」受賞

歯は健康のバロメーター vol.19

〜落合先生のお口のお話し〜

乳歯の生える時期は、一番早い下の前歯が生後8か月前後、一番遅い上の奥歯が2歳半前後、そしてそれらが永久歯に交換するのは下の前歯が6歳前後、上の奥歯が11歳前後ですから、乳歯が役目を果たしている期間は、長い一生の中でもせいぜい5年から9年です。したがって、乳歯のひどいむし歯があっても、その治療を嫌がるこどもをみた大人たちは、どうせあと数年もすれば生え変わるのだから、乳歯はあきらめて、後から生えてくる永久歯を大事にすればいいじゃないか、という人もいます。しかし、生え変わり寸前の乳歯ならともかく、生え変わるまである程度の時期がある乳歯のむし歯を放置したらどうなるか、今回はこれがテーマです。

永久歯はお母さんのおなかの中にいる頃からすでにでき始めていて、その形が明らかになるのは生まれた直後からになります。したがって、むし歯ができるような年齢になった頃には、目には見えなくても乳歯の真下には永久歯がずらりと並んでいることがわかっています。したがって、乳歯に大きな虫歯ができて根の先に膿がたまるほど重症になってしまった場合には、その真下で待っている永久歯は膿の中にどっぷりと浸かってしまって永久歯がダメージを受けたり、真上にある膿の中に浸かってしまうのを避けようとして永久歯が変な方向を向いてしまうことがあります。また、そこまで重症ではなくてもむし歯で歯と歯の境目が欠けてしまっているだけでも、隣の歯が倒れこんでしまい、後から生えてくる永久歯の萌出スペースが足りなくなって歯並びや咬み合わせに異常が起こる原因になります。

たしかに乳歯と永久歯とは別物ですが、このように乳歯にむし歯があると、そのあとに萌出する永久歯そのものに悪い影響を与えたり、あるいは萌出するスペース不足を引き起こしたりする原因となることがありますので、そう考えると乳歯を大切にすることが永久歯を大切にするということにかなり直接的に結びついてくることがわかります。そのために乳歯のむし歯は早いうちから発見して、治療したりあるいは予防の処置をすることが大事になってくるのです。

むすんで、ひらいて!! vol.54

「長年、子どもの指導を

して来て思うこと」

⑦心はちゃんと育っていますか?

一般財団法人田中教育研究所

幼児心理カウンセラー  野田 鏡子

「昔と今の子育ては違っていますか?」という質問をよくされます。思えば、今のお父さん・お母さん方が産まれる頃から知能育成の教室をしているのですが、昔と今とではかなり違うように思います。

私が一番に思うのは、あまりにも幼い頃から知識を教える事に重点を置いた子育てになっているということです。

「文字を教える」「数字を教える」「計算、漢字、アルファベット」と次々に覚えさせることが賢い子どもを育てることと思っていらっしゃる方が多いようです。しかし、それは全く違うと私は思っています。

まず、幼児期に親として子どもにしなければいけないことは、人として生きていく上での人間形成。「これはしていいこと」「してはいけないこと」の判断が出来るように育てていくことです。

小学校に入って、先生の話を聞けない、友達とうまく付き合えない等々、さまざまな事が問題になっています。子どもと向き合って話し、ひとつひとつ教えていくことが大切です。

お友達が車で遊んでいて、突然、横から取ってしまいケンカになる。そういう事は良くあります。「だめよ!」だけでなく、「取られたら悲しいよね、ちょっと貸してと言ってみたら?」と声掛けをするだけで、子どもは素直に受け入れます。

100%完璧な教育はできませんが、親がちょっと心掛けるだけで、随分違いますよ。我が子が大人になった時の事を想像して、人に愛される子に育てることが大切です。

文字や数や知識は、後からでも十分覚えます。心配しなくても良いのです。

201811-wakaba01.jpg

くるめ食素材探検 vol.60

ゆず胡椒でおなじみ、だけでなく風習にも

深く根付いたかんきつ「ゆず」編

文/靏久 格(産直や 蔵肆)

ゆず、で検索すると音楽のほうばかりでてきてこまっちゃう「ゆず」ですが、それだけ馴染み深いんでしょうね。ちなみに、覚えやすいから、という理由でバンド名を決めたそうで。そのとき食べていたのが「ゆずシャーベット」ほかにもゆべしや柚子胡椒、ゆずポンなど冬のお料理には欠かせない名わき役ですね。

日本に入ってきたのはいつのころかはっきりしませんが、唐の時代に遣唐使が持ち帰ったとする説があります。飛鳥時代・奈良時代には栽培していたという歴史書があるので、そのあたりでしょうか。成長が遅いことでも知られ、「桃栗3年柿8年、ユズの大馬鹿18年」などと成句にもなっています。このため、種子から育てることはせず、「接ぎ木」により数年で栽培することが多いようです。

秋口には完熟して黄色くなってくるゆず。果実は俳句においては秋の季語です。「ゆずの花」は夏の季語になります。また、柚子湯は冬の季語、と四季を通じて楽しませてくれる柑橘なんですね。「ゆず湯に入れば風邪を引かない」といわれ、冬至に柚子を浮かべた湯舟に入浴する習慣があります。ゆず湯には血液の流れを良くする血行促進効果があり、風邪の予防だけではなく、冷え性や神経痛、腰痛などを和らげる効果があるんだそうです。暮れも押し迫った12月下旬、いろいろとせわしい中ゆずの香りにほっとしますよね。

ただ、柚子湯の習慣は銭湯の登場以後のこと。一説に湯治(とうじ)と冬至(とうじ)との語呂合わせで、身体息災であれば融通(ゆうずう)が利くとのこじつけ・・・ダジャレかいっ!

201810-yuzu.jpg

新・落語スズメvol.2

「六角堂広場にて、

幕末太陽傳〜居残り佐平治〜」

文/松田 一成

シャツ一枚ではちょっと寒かった晩「まちなか角打ちバル&まちなかシネマ」に初参戦。シティプラザ六角堂広場(屋根はある!)で月に2度ほど行われているそれぞれのイベントが、今回は敬老の日特集ということで同日開催、日本酒(先日の福岡県酒類鑑評会で最高位をとった蔵元のお酒でした。ラッキー)を飲みながら、落語の登場人物が舞台の映画鑑賞となりました。平日開演18時ということで、遣り繰り算段、ご同輩二人とテーブルを確保、至福の夜の始まり始まり。今回上映された映画は1957年日活『幕末太陽傳』、落語「居残り」の主人公佐平治を演じるフランキー堺の活躍を中心に物語は展開。勤王の獅子高杉晋作に石原裕次郎、久坂玄瑞に小林旭、気弱な若い衆喜助には岡田真澄(美男子です!)。遊郭で働くやりて婆ァは先日亡くなられた菅井きんさんの姿。それはあとからあとから名優、怪優のオンパレード。60年前、リアルタイムで見た方には素直に嫉妬を感じます。圧巻は、オッサンのハートを鷲摑み、フランキーを巡る美女二人、花魁役の左幸子と南田洋子(当時27歳と24歳!)。お客相手の手練手管が居残り稼業(無銭宿泊)のフランキーには通じない。そこには花魁としてのプライドもちらほら。三両惜しさに結婚をちらつかせる(起請文、結婚約束手形)南田の色目は、コメディエンヌとしての才能を見抜いた監督川島雄三のセンスか。実際に吉原にあった遊郭「相模屋」をスタジオに作り上げたそうで、前述美女二人の階段を使っての喧嘩シーンは、見てるこっちが痛くなるような迫力でありました。酔いも回ったところでエンドロール。次行く店を考えながら、思いました。幕末太陽傳とうたいながら主役が裕次郎でなかった壮大なシャレは、当時の太陽族への皮肉なのかなと。それとも製作費獲得のための監督の詭弁か。結局これを最後に川島は日活を退社したそう。映画の結末と相俟って(フランキー堺が泣かせます)、空になった一合枡に吹く秋風は、切ない余韻がお似合いでありました。

久留米文学散歩 vol.70

夏目漱石と熊本そして久留米⑧

文/増原 達也

扨、この「草枕」を小説として出版する切掛けを作ったのは「本多嘯月」と云う春陽堂の社員であった様です。と云うのは彼が会社に通う道筋に漱石宅が存り、その前を通って電停に行くのが通勤の道筋だった様で、その時分は、既に漱石は有名人となっており、雑誌「新小説」もある程度軌道に乗った頃だった様です。そんな事で本多氏は日露戦争(明治37年〜同38年)も終りこれが、これからの日本文壇にどの様な影響を及ぼすかとか、雑誌「新小説」にはどの様な影響が存るかを漱石に伺いに行ったと云うか通勤途中の道筋でもあるので彼は立ち寄ったと云うのです。丁度その日は漱石宅は畳替えをしており、家の中をうろうろしながら、それでも漱石は心良く応じてくれた、と本多氏は書き遺しています。漱石の機嫌も良かったのでしょうが、この本多と云う人もその日が初めてではなく、それ迄に通勤途中、何度も漱石には逢っており彼が漱石から好感をもたれていた事は察せられます。それにこれ迄も、1〜2の作品を春陽で出版してもいます。そして「草枕」執筆の承諾を得るのですが、1週間で上梓するから、その間は来るな、と漱石から云われており、彼は七日目の朝に漱石宅に出掛けたと云うのです。すると10行20字詰め原稿ニ百枚が出来上がっていたのです。本多氏は一日の遅れもなく上梓した健筆には敬服したと書き遺しています。それが、「草枕」です。この頃の事を漱石の妻女鏡子も彼が机に向かうと印刷でもする様に次々に原稿用紙が上がっていたと「漱石の思い出」の中に遺しています。それに訂正もなかったと伝えられています。これには小天への思いが強かった事、即ち「那美」さんの思い出の強さを表現しているとも云え、亦経済的な余裕が裏付けされているからでしょう。この頃の作品を列記してみると「吾輩は猫である」(ホトトギス)に連載。「倫敦塔」(帝国文学)、「カーライル博物館」(学塔)、「幻影の盾」(ホトトギス)、「琴のそら音」(七人)、「一夜」(中央公園)に、そして明治39年になって「趣味の遺伝」(帝国文学)と云った具合で経済的にも可成り余裕が出来ていた事を物語っています。

香茶店〝香り不思議発見〟 Vol.96

秋の夜長はろうそくの灯りで!

香star

その昔、電気がなかった時代の生活はそもそもどうだったのか?昼ならまだしも。夜は暗闇というものが存在していたはずだ。

能楽、狂言、歌舞伎と伝統芸能の世界では灯りは闇を照らす演出のひとつでもあり、人を引き寄せる道具でもあったはず。能面・衣装、歌舞伎の隈取りや化粧は電気のない時代の表情を作る道具でもあったのだ。作家の谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」には、光と陰の微妙な移ろい、障子に映るろうそくの光を日本の美と讃えた。

やがて日本は全国津々浦々省エネタイプのLED照明の光になってしまう。せめて秋の夜長には電気の灯りではなく名月の下、自然の灯りを燈し、ゆっくり音楽聞く時間つくってみませんか?但し、くれぐれも火元にはご用心を!

天年堂のおすすめ!

ろうそく等伯3号(7本入)

…2,268円(税込)

米のめぐみろうそく1号(20本入)

…1,080円(税込)

キャンドル・あんみつ

どらやき・コーヒー

…各734円(税込)

201810-tennen1.jpg

水の音土の音

香皿シリーズ

500円〜

好評開催中!

201810-tennen2.jpg

コーヒー産地を訪ねて…一枚の写真 vol.113

“2015年 ボリビア カラナヴィ”

写真と文 安達  和宏

先月に続き、2015年9月に訪問したボリビアでの一コマです。

荒れた山の斜面にコーヒーの樹を植え、収穫が出来るようになるまで根気の要る仕事。ペドロさんのこれらの土地が持つポテンシアル=潜在力と可能性を信じ取り組む情熱には凄みすら感じます。そしてそして、私も身の回りにある潜在力に可能性に唆られるのです。まずは本店のある大川の街、店舗が入る商業施設ヴィラヴェルディです。『南欧の香りする街』がコンセプトのこのイタリア風の建物には中庭(パティオ)があり、イタリアから職人が来て敷き詰められたと言うモザイクが雰囲気を引き立てています。このパティオの心地良さを多くの人にも感じて頂きたい…この場所を活性化したいという一心で、パティオに面した空き店舗にカフェを作ることにしました。ポテンシアル…そんなペドロさんの想いを胸に10月下旬にはオープン予定ですので、お近くにお寄りの際は是非お立ち寄りください!

201810-coffee.jpg

Home

Search
Feeds
Meta

Return to page top