くるめ-コラム
ラーメン今昔物語 131「星になったラーメン店主」
ラーメン屋のHK
僕の友人でもあるラーメン店主がきのう亡くなりました。それは五月のさわやかな雨上がりの夕暮れ時でした。今回、四十九歳という若さで逝ったそのラーメン店主の話を少々させて下さい。
生前の彼は冗談好きな飄々とした男でしたが、ラーメンに対する思いはなかなか熱いものがありました。十年ほど前に宅配ピザの店を人に譲り、一念発起でラーメン屋を始めてから以降、ことあるごとに、ラーメンに関するアドバイスを僕に求めました。たとえば「豚骨の部位はどこが一番スープが出るとね?」と訊かれると、僕は「そりゃ、呼び戻しスープなら、全部の部位がよか。まず、一番もろい脊髄からダシが出て、次にバラ、そしてアタマ。最後にゲンコツ(大腿骨)が自然に壊れてダシが出る。間違ってもゲンコツは割って入れたらでけんばい。一気にいいダシが出てしまうけんね割って入れるのは取りきりスープのやり方ばい」と、まあこんな具合ですか。また、彼はラーメン店の経営のやり方も一風変わったところがありました。突然、三潴や大川を中心に同じ屋号の店を、何店舗か一気に出店し、それらの店が軌道に乗ったかと思うと、次々と屋号ごと弟子に安く売ってしまったのです。そして自分は柳川に別の屋号の店を出し、その一つの店に収まってしまいました。本当に奇抜な男でした。趣味と言えば「酒」。とにかく無類の酒好きで、僕が朝起きて携帯を見ると、深夜二時や三時の彼からの着信記録が幾度となくありました。恐らくどこかの飲み屋あたりでラーメン談義に盛り上がり、その勢いで僕を誘いだそうとしたのでしょう。結局、その酒が祟ってこのようになってしまったのですが、彼にとっては、それも本望なのかも知れません。
しかし彼は、幾ばくもない自分の余命を知りながらも、やはりラーメンへの思いは最後まで衰えず、取引のある僕の麺工房の部長を入院中の病院まで呼んで、新作の麺の打ち合わせをしていました。それも常に冗談交じりで…。僕にはこのようなまねはできないでしょう。恐るべきラーメン魂です。
そんな彼の死は僕の心に悲しみの風穴を空けてしまいました。しかし、彼がラーメン屋として生きた足跡は何かのかたちで記録しておきたいと思い、冥福を祈ると共に今回のコラムで彼の話を書かせていただきました。
先ほど聞いたことですが、去年嫁いだ彼のひとり娘が、先月男の子を産んだということでした。星になった彼は、これからはその孫の成長を空の彼方から見守り続けるでしょう。
(2010年6月)
◆バックナンバー
http://www.taiho.net
- Comments: 0
- Trackbacks: 0
ナイスシニアになろう!vol.84「どこで死ぬか?の問題!」
- 2010-05-31 (月)
- くるすたコラム | ナイスシニアになろう
特別医療法人 理事 吉永 美佐子
久留米市日吉町115
電話:0942-35-2725/FAX:0942-31-1318
戦後、産めよ増やせよの国策で誕生した団塊の世代がいよいよ高齢者になり始めています。どうやって社会保障制度を保ちつつ、老後の安心を継続することが出来るのか?
このことが、今や大問題になりつつあります。2025年がピークといわれているこの問題…解決するために、国が打ち出した方針は?…
施設や病院ではなく、在宅で死ぬ人の数を現在の10%前後から50%程度に引き上げて行きたい、と言う事のようです。「家で死ぬ」昔は当たり前だったこのことが今ではとてもむずかしい。私の祖父も在宅で、往診に来た医師に看取られながら亡くなったのを覚えています。介護は祖母が、近所の方々に支えられながらやっていたように記憶しています。祖父が寝ている和室の縁側にお見舞いの方が来て、お茶を飲みながら話していたり…今やなかなか見ることの出来ない光景ですね。国が打ち出した方針のように家でなくなるためには何が足りないでしょうか?皆さんはどこで死にたいですか?私は自分のベッドで死ねたらな、と思ってしまいますね。
- Comments: 0
- Trackbacks: 0
落語スズメ 第五十三回 「東京かわら版」
松田 一成
6月第1週の月曜日(今年は7日)は『寄席の日』。寄席発祥の地とされる台東区下谷神社内で、初代三笑亭可楽が1798(寛政19)年6月、「風流浮世おとし噺」と看板をあげたのがもとだそうだ。当日は東京都内の4つの定席と国立演芸場の入場料がほぼ半額、おまけに竹製の団扇まで配ろうというのですから、なかなかのお楽しみ。団扇の図柄は毎年違うのですが、今年は笑点おなじみ春風亭昇太師デザインだそうで、自称落語マニアとしては是非押さえておきたい逸品(笑)。普段上がることのまず無い『上野鈴本演芸場(落語協会の興行だけで、昇太師の所属している落語芸術協会の興行はありません)』でも配られるというのですから落語界の懐の広さを感じます。そんな情報をひっくるめた、毎月楽しみにしている雑誌があるのです。その名も『東京かわら版』420円。手帳を一回り大きくしたサイズ、100ページ程ではありますが、副題には『日本で唯一の演芸専門誌 落語 講談浪曲』。巻頭エッセーから始まって(今月はクラリネットの北村英治さん)、好評連載、読み物充実、執筆者の中には、ゆとりの父ことあの寺脇研氏のお名前も。圧巻はその情報量。寄席の番組を中心に、東京近郊で行われる会を網羅。出演者別、開演日時別に検索機能つき!(ちなみに6月は約630会場!)。テレビ、ラジオの演芸番組情報。おまけに広告の殆どが落語会の告知やCD発売だったりで、一分の隙もない編集体制。今月号で通巻438号、実に37年目、まさに演芸界の総合情報誌。ご家庭に常備されますと、すみやかに現実逃避が可能。自分がこの日東京に居たらと想像するだけで夢の世界に浸れます。ちなみに6月7日だったら新宿末広の昼席で種平師のトリを楽しみに、寄席の日団扇をゲット、午後はよみうりホールで『談志一門会』かな(笑)。
追伸
第46回オトナ寄席!6月18日『立川生志』!午後7時より。
琥珀亭0942・38・0570
是非!
ホームページチェック!
http://www.kumin.ne.jp/cofacoo/
- Comments: 0
- Trackbacks: 0
B級グルメの聖地くるめ 「ニセモノ注意」 豆津橋 渡
website http://b-g-q.net/ e-mail info@b-g-q.net
昨日、「地方のグルメ」の出展を売りにしている某イベントに行ってきました。そこにB 1グランプリで有名になったシロコロホルモンが出ていたので近くで見てみると…ん?鉄板で焼いている?タマネギもいっしょに…?「厚木シロコロ・ホルモン」とは、新鮮な豚のやわらかい大腸のみを、割かずに管状のままで遠火の炭火でじっくり焼き、その脂身が膨張して膨らむことからシロコロと名づけられたもので、このイベントのものとはまったく別モノでした。また、隣りにこれまた有名な富士宮やきそばの店も出ていたのですが、ここも「富士宮やきそば」独特の「肉かす(ラードを絞ったのこり)」が入っていないし、味の決め手の魚粉もかかっていない。
B 1グランプリに出場する「B級ご当地グルメ」とは、その町だけで知られていて、すぐ隣の町でさえ聞いたことがないようなものが多く、ましてや県外のメニューなんかは全くどんなものか想像もできないものもあります。最近は「B級ご当地グルメ」がTVや雑誌などで話題となっていることもあり、名前だけを語った「ニセモノ」がいろんなイベントに出てきているようです。
全国で話題となっている「B 1グランプリ」とは、食の方言ともいえる地元固有の食文化を観光資源として見直し、それをPRすることで「食のまちおこし」を応援する大会です。地元の味を忠実に再現しているならまだしも、地元と違う味のものを、知名度だけを利用している商売には憤りを感じます。みなさん、食のイベントにお出かけになる際はお気をつけください。
つづく
- Comments: 0
- Trackbacks: 0
住まいば考えよっ隊 Vol.42 木は生きようとがんばっている
http://blog.kurumenokenchikusi.com/
先日、建主さんと、外部廻りの木部分の塗装を塗り直していた時の話です。外部には、杉材による1階・2階のウッド・バルコニー、ヒノキの壁材などふんだんに木材を使っていたのですが、塗装は無色・透明のもので2回塗りをしており、2年が経過していました。
すると、ヒノキの壁材はあまり汚れておらず、材もあまりやせていなかったのに対して、杉材の方は真っ黒になっていましたので、日焼かなと思いつつタオルで水拭きしてみたら、白木色がほぼ当時の美しさのままよみがえってきました。「日焼け」ではなく単なる「汚れ」だったのです。杉材は年輪と年輪の間が、太陽の紫外線の影響でやせてくぼんでおり、その部分に汚れがかたまっていました。昔の木の看板でも、白木部分のみやせて、黒い墨の部分はやせないため、文字の部分が浮き上がったものをよく見かけます。
「ひょっとしたら、杉材は、紫外線から身を守るために、あえて最初のうちに汚れを身にまとうことで、それ以上やせるのをガードしているのでは?」と、掃除をしながら次第に考えるようになりました。そういえば火災に対しても、太い柱や梁材は表面をまず炭化させることで、内側が燃焼することを防いでいるという事です。やはり「木は生きている」だけではなく、「生きようと頑張っている」のではないでしょうか。私たちもいろいろと厳しい世の中ではありますが、今回は「木の神様」に励まされたような気がしました。
青年委員会
小林 利武
- Comments: 0
- Trackbacks: 0
「楽家事」ってECOかも♪ vol.18 ご飯の温め方
- 2010-05-31 (月)
- 『楽家事』ってECOかも | くるすたコラム
さと子ママ(日々の生活や育児をシンプルにラク~に楽しむ1児の母)
我が家はパンも麺も好きです。ご飯は大大好き!!美味しく、ご飯が炊けて食べている時は幸せを感じちゃいます♪♪ご飯に合うおかずがあるだけで何杯もご飯がいけちゃうことありませんか?我が家はご飯が美味しく炊けて、さらに以前紹介しました米糠ふりかけがあれば食が進むようで、ご飯の減りが早いです。
私がなぜ、ご飯に力を注ぐかと申しますと!!!主食であるご飯が美味しいと、シンプルなおかずでも満足できるからなのです♪おかず作りがカンタンで楽出来るのです!だけど、食事のたびにご飯は炊けない…ので冷めたご飯でも美味しくと思いお櫃を使っています。
![]()
ご飯の温め方や保存方法は色々ありますよね。炊き立てご飯をラップに包んで急冷凍してレンジでチン、炊飯器の保温・蒸し器・せいろでの温め、等など。私も以前はラップに包んで冷凍して、食べる時にレンジでチン♪していましたが、ラップがもったいないというよりラップで包むのが面倒になり、お櫃に入りきれなかった日は、ガラス保存容器に入れて冷蔵しています。
私流ですが、ご飯を温めるときはテフロン加工された多重層のフライパンにご飯を入れて水を入れます。(120~150CC位かなぁ~ご飯の量によって水の量を加減してください)このときの水でご飯の入っていた容器を洗う様にフライパンに水ごと入れると、一粒残らずフライパンに入れることができますヨ!全体的にヘラなどでほぐし蓋で密閉します。強火にし蒸気が上がってきたら弱火 (この間蓋を開けると中の温度が下がるので開けない)温まったら火を止め蓋を開けてここで大きくひと混ぜ!この時ギャ!!ご飯がこびり付いちゃったと思っても、あわてない!こびりつきを剥がそうとせず蓋をして数分蒸らすと!あ~ら不思議!薄皮の美味しそうなお焦げつきご飯の出来上がりフライパンもキレイ♪もし水分の入れ過ぎでベチャベチャになったら火を付け大きく混ぜながら水分を飛ばします。食事中蓋さえしていれば温かさが続きますよ♪
量にもよりますが、我が家の量だとレンジでチン♪より早いかも!
- Comments: 0
- Trackbacks: 0
スパイスな食育vol.43 「はじめまちて」
スパイスハウス吉山 吉山 武子
TEL.0942-34-4327
新緑のみずみずしい5月。わが家に待望の第2子(男児)誕生のビッグニュースが入りました。親子共々に元気との事。息子からの電話を受けながらホッと安堵し嬉しさがこみあげ、涙声になりながら嫁に『よくがんばったねー。ありがとう。』と伝言を頼みました。そして夫と御先祖様へ、お守りいただいたお礼と男児誕生を報告し、よかったよかったと喜び合いました。
2日目。メールが入りました。『はじめまちて。上の子の赤ちゃんの時とそっくりです。』ドキドキしながらメールで初めての対面となりました。目鼻立ちのしっかりした、髪も黒々と指の長ーい、凛々しい孫でした。本当に感激しました。
3日目のメール。お姉ちゃんが毎日抱っこして、『かわいい・かわいい・』を連発して、会いに来て下さる方に抱っこの順番と方法を仕切っているそうです。お姉ちゃんになった喜びに浸りながらうれしくてうれしくて仕方がない微笑ましい姿が伺え、メールを見ながら温かい気持ちで一杯になりました。弟が産まれてよかったねー。おじいちゃんおばあちゃんも近いうちに会いに行くからね。待っててね。
庭のフレッシュハーブでモーニングティー
材料 効能
・アップルミント 胃腸の不快感
・レモングラス 鉄分補給
・タイム喉の炎症、 頭痛
・ローズマリー 血流スムーズ、脳の活性化
+お手持ちの紅茶をプラスして
分量はお好みで。
あればドライのローズヒップ、ハイビスカスを足し、ビタミンC補給を兼ねて朝のスタート!
- Comments: 0
- Trackbacks: 0
銀のすぷーんの 筑後平野 旬だよりvol.33旬を味わう野菜スイーツが誕生!
たけのこごはん
久留米市明星地区産たけのこのパウンドケーキ
お菓子なのに「たけのこごはん」?!それは米粉とたけのこが素材だから!米粉の生地は、しっとりと口どけがよく、蜜付けしたたけのこがころっと入っていて食感も楽しい。ほんのり醤油の風味で、意外な組合せの素材の味を引き立てています。久留米産特別栽培米の米粉に、たけのこは明星(みょうじょう)地区で旬に収穫された食材。醤油も久留米で造られたものにこだわったという、Made in KURUMEなスイーツです。(左)
葉付にんじん
久留米市大橋町産葉付きにんじんのパウンドケーキ
朝倉産の小麦粉と地元の“葉付きにんじん”が素材。しっとりとした生地に、にんじんグラッセが彩りも豊かに焼きこまれています。甘すぎず、にんじんの香りがやさしくて、青臭さはまったくありません。野菜ぎらいのお子様にもぜひ一度ご賞味いただきたい!美味しいうえに、栄養もたっぷりで心にも体にも優しいお菓子がまた誕生しました。(右)
- Comments: 0
- Trackbacks: 0
住まいば考えよっ隊 Vol.41 住宅版エコポイント制度 Part2
http://blog.kurumenokenchikusi.com/
エコポイントの貰えるリフォームの種類は、①窓の断熱改修②外壁、屋根・天井または床の断熱改修③バリアフリーリフォーム(A・手すりの設置、B・屋内の段差解消、C・通路または出入り口の巾の拡張)があります。これらのリフォームを行えば商品券やプリペイドカードに交換できるエコポイントを貰えます。
今回はエコポイントの貰える窓の断熱改修について説明します。
窓の断熱改修とは、内窓の設置、窓の交換、ガラス交換を行うことです。内窓の設置とは、単純に既設窓の内側にサッシを取り付け「二重窓」にすることをいいます(各メーカーでいろんな商品があるので建築士や工務店又はリフォーム会社に訪ねると良いでしょう)。
窓の交換にはいくつか種類があります。まずはサッシ交換。この場合は窓ごとそっくり交換します(内外装の工事が必要)。カバー工法とは現在取付けてあるサッシの枠だけを残し複層ガラス入りの新しいサッシを被せます(内外装工事不要)。障子交換とは現在取付けてあるサッシはそのままに、障子のみを複層ガラス障子に交換します。ガラス交換とは現在取付けてあるサッシはそのまで、ガラスを複層ガラスに交換ます。
申請を受けてからポイントを発行するまでには、時間がかかります。詳しくは、工事店等に確認すると良いでしょう。
「住まいば考えよっ隊」
太田 圭一
- Comments: 0
- Trackbacks: 0
ラーメン今昔物語 130「九死に一生」
- 2010-05-06 (木)
- インフォメーション
ラーメン屋のHK
テレビの特番で、よく「衝撃の映像」なるものをやってますが、そのほとんどが事故や災害に巻き込まれた人間が奇跡的に助かるという、いわゆる「九死に一生モノ」の映像で、「それでよく助かったな」と見ていて驚かせられます。かく言う僕も、その奇跡的に助かったという「九死に一生体験」の持ち主であります。それはン十年前の、僕が二十歳ちょっと過ぎの頃のことです。その頃僕は渓流釣りを始めたばかりで、その面白さにハマり込み、寝ても覚めても、渓流の女王「ヤマメ」のことで頭が一杯でした。そんなある日、僕は弟と二人で、熊本の緑川上流のある支流に釣行しました。山中の未舗装の狭い林道を四駆を揺らせながら走っていると、突然大きな崖崩れの跡が林道を遮っていました。前日の大雨で山の斜面が崩れたのでしょう。それは眼下遙かに谷の底まで達しています。当然車はそこでストップを余儀なくされ、徒歩でこのガレ場(崖崩れ跡)を越えるしかありません。目指す絶好の釣り場はこのすぐ先の谷です。僕たちは
「早くヤマメを釣りたい」という一念で、登山界ではタブーとされている「ガレ場のトラバース(斜面の横断)」を決行しました。まず僕が先頭に立ち、グラグラと動く不安定な岩々に注意しながら進みました。時々足下の岩が音をたてて深い谷底に転がり落ちていきます。そんなガレ場を冷や汗かきながら慎重に進んでいるとき、ふと、頭上を見るとワイヤーロープが土の中から垂れ下がっていました。恐らく、なぎ倒された崖崩れ防止フェンスのワイヤーロープでしょう、僕は何気なくそのロープを掴んでしまいました。すると、何とそのロープがスポッと土から抜け出たのです。その瞬間、僕はバランスを崩して転落しました。よく、人が目前に不可避の死を感じたとき、一瞬のうちにその人の今までの人生が、頭の中に走馬燈のように駆けめぐると言いますが、僕もその時、確実な死を感じましたが、なぜか恐怖心は全くなく、斜面を転がり落ちながら頭に浮かんだのは、「弟も僕を見下ろしながら兄の死を覚悟しとるやろうな。うちのラーメン屋は弟が継いでくれるやろうか?僕の死体をこんな山奥から担ぎ出すには、里の人たちの手を煩わすだろうな。・・・それにしてもまだ死なんな。そろそろやろうばってん・・・。」こんなことでした。やがて僕の体は五十メートルほど滑落して、斜面の土くれにぶつかって止まりました。僕はすぐに立ち上がり、弟に手を振って生存を知らせました。そして自分の体を確かめると、骨折どころか、かすり傷もないのです。岩だらけのガレ場を五十メートルも滑落して、全く無傷というのは奇跡でした。まさに九死に一生です。上から見ていた弟が言うには、僕の体は回転し、岩と岩の間の土の部分だけを選ぶように落ちていたそうです。
それ以来僕は思っています。人は自分で生きているのではなく、天に生かされているんだなと。僕が死ぬのは、その滑落事故のときではなかったわけです。久留米でラーメン屋をしなければならないという役目があったのですね。きっと人には色々な役目があって、それを果たし終えたときに、天は、その人を召し上げるのでしょう。
僕はまだまだ死にましぇん。
(2010年5月)
◆バックナンバー http://www.taiho.net
- Comments: 0
- Trackbacks: 0
- Search
- Feeds
- Meta
