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くるめ-コラム

コーヒー産地を訪ねて…一枚の写真 vol.112

“2015年 ボリビア カラナヴィ”
写真と文 安達  和宏
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2015年9月に訪問したボリビアでの一コマです。
ボリビアの北ユンガス/カラナヴィの新しく開拓されたコーヒー農園を見渡しながら昼食をとりました。エキスポーターのペドロ・ロドリゲスさんは、生産者にコーヒー作りの指導を続け、ボリビアでの高品質コーヒーの拡大に尽力されています。車で移動中には、彼が何故カラナヴィという注目されて無かったこの地にドライミル(乾燥処理場)をつくり、逆境とも言える中に少しづつ光明を得て来たのかを語ってくれました。そして、コーヒーの樹が植え付けたばかりの目の前の山々を見渡し指差しながら『POTENCIAL!POTENCIAL!!』 『ポテンシアル! ポテンシアル!!』と何度も何度も私たちに紹介してくれます。私自身、この時の高揚感は、コーヒーに限らずヒト・モノ・コトの持つポテンシャル=可能性を感じる出来事となりました。そして…新たなプロジェクトを起こします。さて、この続きは来月号にてご紹介…お楽しみに!

久留米文学散歩 vol.69

夏目漱石と熊本そして久留米⑦
文/増原 達也

別項に記載していますが、現在は彼女が「自殺未遂」した場所は様変わりしています。彼女の心理を紐解く事は難しいのですが、当時の状況を様々の本から読み込んで、死ぬ気は無かったと思われます。
併し漱石には可成りショックだった様で、その頃にも(柳散る…)を残し、また句の様に至るのです。
只この時の気持ちは彼にとっては忘れがたいものだった様で7〜8年後の「草枕」を執筆した際には前段部分に似た様な文章を遺しています。それが「春は眠くなる……」から5行程ですが、この中には外国の詩人(シュレー)の内容と似た処もある様です。
扨問題の「草枕」ですが、明治39年9月号の「新小説」と云う雑誌に一括で載せられています。これが大変好評で売切れが続く有様だった様です。これを読んだ朝日新聞社の社主が、当時は東京と大阪とに分かれており、これを読んだのは大阪側で東京に連絡、小説記者として入社して貰う様、活動せよとなったそうです。その使者に立ったの、池辺三山です。本名は池辺吉太郎でこの人物は熊本県玉名郡横島の出身で先代は西南戦役の際、薩摩に参加、その戦後斬首されています。その吉太郎も参加はしたのでしょうが、まだ未成年だった為に生き残っています。その吉太郎が漱石と同じ明治14年の二松学舎入学者名簿に名前が存るのです。処が両者が書き遺している物には両者共に入社交渉のあった時が初対面と遺しています。漱石に至っては、西郷隆盛を彷彿させる人物であったと遺しており、三山の方が朝日新聞を早く辞めるのですが、亦三山の方が早く死にもし、その際の悼辞は漱石が書いています。漱石と三山は二松学舎の同じ時期に入り、同じ名簿にも名を連ねているのに何故朝日の入社時まで逢う事がなかったのか、その辺の事を一度ゆっくり調べてみたいと思います。只朝日が入社交渉に行く前に読売新聞も入社交渉に行っているのですが、何故か漱石は断っています。
尚、二松学舎の名簿には夏目金之助ではなく塩原金之助で掲載されており、夏目漱石に返るのは可成り後になります。

香茶店〝香り不思議発見〟 Vol.95

「彼岸過迄」とは…  香star

夏目漱石の長編小説のタイトルが上の題名になっている。正月から書き始めて、秋の彼岸の頃に書き終えることを前提にこの小説を漱石は書いていたという。暑さ寒さも彼岸までというように日本人には節目節目に季節の彩が出てくる。この季節はやはり彼岸花(曼珠沙華)、朝顔。それぞれ秋の季語。道端に咲く野生の朝顔も素朴でいい、彼岸花も真っ赤に色づき野に咲く。お彼岸が近づくとこの暑さもきっと和らぐはず。お墓参りの道端に赤と青の花を見つけたら、秋はもうたけなわ。

《9月の催しもの》
朝倉市上秋月にある
「水の音 土の音」さんの器を
展示即売いたします。
一点物の作品に秋を感じながら
ご覧ください。

歯は健康のバロメーター vol.17

〜落合先生のお口のお話し〜
「歯と歯の間にできるむし歯、
隣接面う蝕に注意!」
おちあい小児歯科医院 院長 落合 聡

前回は、むし歯は目に見える部分にできるばかりではなく、歯と歯の間、いわゆる隣接面と呼ばれる部分にもできやすい、というお話をしました。この隣接面にできるむし歯は通常行われる学校や幼稚園等の歯科健診で見つけることは困難で、確実に確認するためにはレントゲン撮影が必要であることは前回ご説明した通りです。それではこの隣接面う蝕を予防する方法があるのか、というのが今回のお話です。
隣接面う蝕に限らず、むし歯を確実に予防する方法は残念ながら確立していません。むし歯はミュータンス連鎖球菌という口の中に住み着いている細菌によってつくられることはわかっていますが、まだワクチン等を用いた対策が確立していないため、現状ではとにかく口の中でミュータンス連鎖球菌が活発に活動しないようにするしか方法がないからです。
その方法は、口の中をきれいにする、食事に気をつける、歯の質を強くする、の3つになります。これらは隣接面う蝕に限らず、どの部分にできるむし歯についても同様の方法ですが、特に隣接面う蝕の予防に有効なのは、直接歯ブラシが届かないことから、口の中をきれいにする、についてはフロス(糸ようじ)を使うこと、食事に気をつける、についてはジュース等、歯と歯の間に浸透していきやすいものの多飲に気をつけること、そして歯の質を強くする、についてはフッ素を用いること、具体的にはフッ素入りの歯磨き剤を使う、ご家庭や学校などでフッ素洗口をする、かかりつけの歯科医院でフッ素塗布を受ける、等、になります。
目に見えない部分に気をつける、ということはけっこうしんどいことですが、これらに気をつけてみて下さい。

むすんで、ひらいて!! vol.52

「長年、子どもの指導を
して来て思うこと」
wakaba2018_09.jpg⑤叱れば叱るほど、育てにくい子どもに
なるような気がします。
一般財団法人田中教育研究所
幼児心理カウンセラー  野田 鏡子

先日もスーパーで、思いっきり大声で子どもを叱っているお母さんを見かけました。
叱っている当の本人のお母さんは、もう全く周りが見えていません。客観的に自分の姿が見れなくなっていました。とても大きな怒鳴り声でした。「何度言ったらわかるの!」「いいかげんにしなさい」「ダメ!」しばらくするとまた怒鳴っていました。
子育ては大変です。思い通りになりません。疲れます、イライラします、その気持ちはよくわかります。自分の感情を抑えることはなかなか難しいです。しかし、それが子どもを育てる試練なのかもしれません。
小さい子どもほど、動作も行動も全てがゆっくりですし、手先の神経の発達もまだ十分ではないので、お茶をこぼすことも、物を落として壊すこともあります。して良い事と悪い事の判断も出来ません。スーパーでむやみに物を触ってはいけないということも知らないのです。
少しずつ教えられ、経験して覚えていくしかないのです。
ひとりの人間を育てる基盤は幼児期に作られると言われています。「……しなさい」と命令的な言い方をちょっと変えて、「……してみようか」「……できるかな?」と言い換えてみて下さい。子どもはとても素直にお母さんの言うことを聞くようになります。
子どもは、優しくいつも自分を守ってくれるお母さんが大好きです。思う存分甘えられるお母さんでいいのです。甘えが満ち足りると心は安定し、悪い事はあまりしません。
自分は、家族から守られ、信頼され、愛されているという実感を持つことによって、外に向かって成長していくものです。ちょっと心掛けてみて下さい。

ひろしじいちゃんの子どもの為の 絵ごころ指南!! Vol.5

子どもの絵 六ツ門教室
主宰 杉山 洋

「想像と写生」

右の絵は、N君の一年生のときの作品。初めての「イルカの曲芸見学」の楽しい感動がこの絵には満ちている。鉛筆使用を禁じてクレパスの黒のみの描線にのち着色させた。鉛筆での下書きではないので訂正は不可能。この年齢時の特有の、描いては消すの繰り返しがおのずから出来ない。そのために黒の描線が顔や衣類に適当に混色してダイナミックな絵になった。混色は失敗の結果という誤りから解放するための指導である。やがてそこに絵を描く自信も生まれる。
画面の左や上からの見学する友人の描写を写生の誤りと指摘してはいけない。足下の大地の存在はこの年齢にとっては無意識の安全経験。だから「イルカの曲芸」を見て楽しんでいる自分・友人の立ち姿の想像主張には、大地の存在が必要。左の友人の大地は画用紙左側面。向こうの友人の大地は画用紙の上の側面である。この表現は絶対に誤りではない。これらの友人の存在を思い出して描いたものだから。人物描写が写生的ではない。彼らの存在表現があるからこそ、「イルカの曲芸見学」が学校行事であったことの主張が表現出来ている。画面右下の人物はN君自身の無意識の自己主張である。他の人物より大きいのはそのため。
左の作品はN君が六年生のときの「自分の靴」を描かせたもの。靴の置かれた環境が巧みに正確に描写されている。「なじみ深い靴」に対する愛情さえ見る者に感じさせるのは作者が良き思春期になりつつあるからだ。靴の置かれている周囲の写生力の迫力は、低学年の「イルカの曲芸見学」に写生を求めなかったからである。
くりかえす。幼児・低学年期は自分の経験を思い出して描くもの。写生は出来ない。出来ないことを無理強いしたら嫌いになる。進学し知力体力が整ってきたとき、おのずから写生力が身につき、やがて芸術的表現意欲が生まれる。

《ともに全日本こども美術展受賞》

▶【N君 小六年作品】
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▶【N君 小一年作品】
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ひろしじいちゃんの 子どもの為の絵ごころ指南!! Vol.4

子どもの絵 六ツ門教室
主宰 杉山 洋
「子どもの絵に芸術を求めてはいけない その2」

幼児期は主観的に絵を描き、客観的には描かない。いや描けないことをこの欄でしばしば述べた。上の右のS君の絵は小一年のとき。動物園で見た「フクロウ」の絵である。初めて見た「フクロウ」の眼の大きさに驚いた経験が主観的に表現されている。右に立つ人物が自分で、左の人物は友人。驚いた自分の経験を描いたのだから、おのずから自分を大きく描いている。左右の子どもの大小を客観的に比較してはならない。左の作品は同じS君の小四年の「クジャク」の絵。体力、知力ともに充分に発達して、この時期の適当な客観性が身につき始めている。「クジャク」という不気味は鳥がその翼の色彩に表現されてはいるが、写生力は未熟だ。しかし防御柵の向こうの友人たちの存在により、動物園見学時という社会性を無意識に表現している。「何時・どこで・誰が・何をした」という客観的ものの見方が始まりつつある良い絵である。繰り返します。幼児期の「塗り絵」はその将来の客観的知性を失わせると思ってください。

▶【S君 小四年作品】
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▶【S君 小一年作品】
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歯は健康のバロメーター vol.16

〜落合先生のお口のお話し〜

「きれいだと思っていたのに、予想外に虫歯がたくさんあった、という経験をしたことはありませんか?」
おちあい小児歯科医院 院長 落合 聡

虫歯が1本もなくきれい、この状態を守っていきたいと思って虫歯予防処置を受けるつもりで歯科医院を受診したところ、「虫歯8本ありますね」などと予想もしていなかったたくさんの虫歯を指摘されて驚いたことはありませんか?
なぜこのようなことが起こるのかというと、歯科医院では明るいライト、曇り止めのきいたミラー、水分を飛ばすエアー、歯科衛生士のアシスタント等、様々な角度から歯を診て虫歯がないかを診ることができるためです。つまり、ご家庭あるいは日常生活の中では気がつかない虫歯が見つかることがある、これが虫歯の有無に違いが生じる大きな理由です。
しかし、歯科医院においてもどんなに時間をかけて診ても直接目でみているだけではむし歯があるかどうか判断がつかない場所があります。それは歯と歯の間、いわゆる隣接面といわれる部分で、ここに虫歯があるかどうかで、虫歯の本数が格段に変わってくるのです。
歯と歯の間にはむし歯はとてもできやすく、どこにでもできる可能性がありますが、1~2歳くらいの低年齢のこどもに多いのは上の前歯の歯と歯の間、そして3歳を過ぎると上下にかかわらず奥歯の歯と歯の間に虫歯がみられることが多くなります。
歯と歯の間は通常、直接は見えないので、目で見て虫歯とわかる場合はすでに相当大きな虫歯になっていることが多くなります。どうしたら歯と歯の間の虫歯を早い段階でみつけることができるかというと、エックス線検査によって確認するのが現在では最も確実な方法になります。
ですから、年に1度の内科健康診断の時には胸のエックス線撮影をすることは一般的ですが、それと同様に歯の定期診査においても、3歳を過ぎたら1年に1回くらいは歯と歯の間に虫歯ができていないかどうか、エックス線写真撮影をして確認することが虫歯予防、虫歯の早期発見にとても有効です。

4歳の女の子、きれいにみえますが、実は虫歯が12本あります!どこにあるかわかりますか?
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エックス線写真 矢印で示す歯と歯の間の黒く抜けているところが虫歯です

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むすんで、ひらいて!! vol.51

「こんな教育もあります」
シュタイナー教育について

一般財団法人田中教育研究所
幼児心理カウンセラー  野田 鏡子
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先日、あるお母さんからこのような悩みを聞きました。「私は子どもを賢く育てる為に、小さな頃から、お金や時間をかけてきました。しかし、小学校に入ると何でも出来る子がたくさんいました…」我が子が一番だと思う気持ちは誰にでもあるのではないでしょうか。
小学校に入ると、テストの点数が出されたり評価があったりで、つい親もそこで判断してしまいがちです。

モンテッソーリ教育と並んで世界で実施されているものにシュタイナー教育というものがあります。今回はその教育について少しお話します。
シュタイナー教育では、子どもが生まれてから大人になるまでの約20年間を、三つの「7年期」に分けて、それぞれの教育課題を定めています。
まず、第1・7年期は、生まれてから7歳までの期間で、主な課題を、身体の健全な発育と、五感による環境模倣としています。
第2・7年期は、ほぼ7歳から14歳までの期間で、豊かな感情を育てる時期です。
最後の第3・7年期は14歳から21歳までの期間で、自我を育てる時期、ここではじめて、思考力・判断力・知力というものに重点を置いた教育をします。

シュタイナー教育では最終的な目標を、自分で考え、自己の感情を持って、それを実行できる人間「自由を獲得した人間」になる事としています。

小学校入学前の乳幼児期は、シュタイナー教育でいう第1・7年期、五感を使いひたすら模倣し、生きること、働くさま、話すこと、親や周囲の人の行動を知覚し世の中を学んでいく時期です。ですから、この時期に知識を早期教育すれば、子どもは急速に覚えこんでいくように見えます。しかし、それは機械的な反射でしかなく、逆に、子どもの思考を強制し、意志力・行動力というものが十分に育ちません。

意志力・行動力があるということは生きていく上でとても重要なことです。そういった面にも目を向けて養育されたら良いと思います。

くるめ食素材探検 vol.58

インドジンもビックリ!「からい唐辛子」編
文/靏久 格(産直や 蔵肆)
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昔から「暑いときには辛い料理」と言われますが、なぜなんでしょう。ひとつは汗をかいて体温を下げること。それから夏バテで弱った胃腸の血流を良くして食欲を増進すること。連日「辛い」猛暑が続きますが、「辛い」話題をお届けいたします。

唐辛子は 十六世紀にコロンブスによってヨーロッパに伝えられ、それがキリスト教の宣教師らによってアジアに広まりました。日本にはポルトガルから大分県地方に伝わった唐辛子が、秀吉出兵のさいに朝鮮に持ち込まれひろまり、そこから日本へと持ち帰ったのではないか、という説があります。ただ、韓国からきたんじゃないかと思わせる「高麗胡椒」「コーレーグス」という言葉が残っていたり、逆に韓国では「倭芥子」とよぶという記録が残っているなど、伝来の経緯に関しては諸説あるようです。

伝来当初は、トウガラシは食用ではなく観賞用でした。ほかには足袋の先端に入れて霜焼け止め、戦場で燃やして化学兵器などとして使われたりしたんだとか。さぞかし煙かったろうなあ・・・。

辛味の成分はいろいろありますが、主にカプサイシン類と呼ばれるものです。カプサイシン類は、体温上昇、発汗して脂肪を燃焼させます。また胃を刺激し、食欲を増進させてくれます。意外なことに辛みを感じることによって、塩分が少なくても薄味と感じないんだそうです。

先日、中国の唐辛子の産地である湖南省で「唐辛子祭り」が開催されたそうです。そのなかで、1分間で何個たべれるかという「唐辛子大食い大会」が開催、なんと優勝した人は50個食べたとか。いろんな品種がまざっていたそうですが、想像するだけで悶絶しそうですね。本鷹、島とうがらしなど国内の品種や、ハバネロ、ジョロキアなど海外の品種が有名ですが、インドジンウソツカナイという品種もあるんですよ。ほんとですってば。

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