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くるめ-コラム

むすんで、ひらいて!! vol.72

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「ご家庭でコラージュ療法を!」

〜親子で出来るこころの癒し〜

一般財団法人田中教育研究所

幼児心理カウンセラー  野田 鏡子

コラージュ療法とは、心理療法の一つで、フランス語で「貼り付ける」という意味を持っています。

雑誌やいらなくなったパンフレット、広告の紙などから自分の気に入った写真・イラストを切り抜き、画用紙の上に好きなように貼っていき一つのイメージ、作品を作り上げていきます。

(小さな子どもには、あらかじめたくさんの絵を切ってあげて、その中から好きなものを自由にのりづけして貼る作業をさせると良いと思います。)

不登校・不登園の子ども達のカウンセリングでも使われ、切って貼るだけの作業なのですが不思議な癒しがあります。また、次回はより以上素敵なものを作りたいという意欲も育ちます。

ご家庭でも簡単に楽しめますので、是非、お子様と一緒にチャレンジしてみて下さい。共に作業し、会話しながら時を過ごしていくと穏やかで楽しい気持ちになれると思います。

なんの不安もなく明るくのびのびと育つ時期であるはずの子ども達。現在の状況で、がまんがまんの日々を過ごしていると思うと心が痛みます。少しでも楽しい時を過ごし、不安感を消してあげたいものです。

くるめ食素材探検 vol.79

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これっくらいの おべんとうばこに♪

筋の通った「ふき」編

文/靏久 格(産直や 蔵肆)

2月には「ふきのとう」をご紹介しましたが、あれがにゅーっとのびましてこの時期の「ふき」となります。愛知が一大産地ですが、福岡でも遠賀や糸島あたりでハウス栽培が盛んなんだとか。

ふきには蕗、苳、款冬、菜蕗などいろいろな字をあてます。語源には諸説ございまして、中にはおしりを拭く紙の代わりにふきの葉を使用したことから「拭き」を転じて、なんてものも。そういえば今年はトイレットペーパーの入手に苦労した時期もございましたなあ。もっとも、今どきのトイレにフキの葉っぱを流そうとしたらどえらい騒ぎになりそうです。野外でどうしても、というときに限りますな。ちなみに英語圏ではバター・バー(butter bur)と呼びます。これはフキの葉でバターを包み保管していたことに由来するんだそうです。ふいたり包んだり。いろいろと使えますな。

フキには昔から痰を切り、咳を鎮める作用があることが知られておりました。呼吸器系の機能を円滑にして、気管支粘膜の炎症を鎮めて、粘液の分泌を促す働きがあるんだそうです。このご時世、ありがたいですね。

フキは鮮度が命。野生のものはアクが多いですし、収穫とともにアクは増していきます。入手後はできるだけ早く処理したいものです。板ずりをしてあく抜きをして、とひと手間かけてやれば、あっさりと翡翠色に仕上げてよし、しっかりと煮込んできゃらぶきでもよし、と煮物、炒め物にと活躍いたします。

竹の子のように、ゆでてから水を変えつつ冷蔵すれば一週間、水気をきって冷凍でしたら一か月近くもちますよ。とはいえ、冷凍は繊維感を感じると思います。おすすめは伽羅蕗に仕立てての冷凍。フキの葉も、細かく刻んで水さらしの後に佃煮でいただけますよ。もし手に入った時はお試しください。

コーヒー産地を訪ねて…一枚の写真 vol.132

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“2008年 ボリビア COE審査会

生産者とのミーティング”

写真と文 安達  和宏

2008年ボリビアCOE審査会、表彰式前に行われた生産者とのミーティングでの一コマ。審査会場だった“コロイコ”という町から断崖絶壁のデスロード(死の道)を通り“カラナヴィ”という町へ移動しての表彰式。その前に行われた生産者とのミーティングで再会したのは、民族衣装を纏ったコロイコ生産者のチョリータ(チョリータとは先住民の血を引く女性のこと)さんでした。農園を訪問した時のお礼を言い記念写真を撮ります。自身にとって最初の審査会だった事もありチョット舞い上がってる様です。

さて、そんなCOEカップオブエクセレンス審査会も、今年は新型コロナウイルスの影響で中止または国内審査のみで順位をつけオークションが行われるなど対応に追われています。私たちの様にエントリーしていた海外の審査員も招聘される事なく終わるようですが、審査員登録料はそのまま今年の運営費に寄付させて頂く事にしました。一日も早い終息を願うと共に、この困難を皆で乗り切らなければと思っております。やりたい事も行きたい所へも暫く我慢して文字通り#ステイホームです。皆様のご健康を願って!

香茶店〝香り不思議発見〟 Vol.115

「優しさに包まれて・・・」

母の日に香りの贈り物!

香star

薫風という言葉がありますが、5月はまさにその季節。百花繚乱咲き乱れる頃ですね。

鯉のぼりが風に泳ぎ、様々な草花の香りも漂います。香りには気持ちをリラックスさせる効果があり、自律神経を整え、免疫力も上がります。

天年堂には今、香りで抗菌対策をとってみませんか!ということで様々な香りのエッセンシャルオイルを用意しています。

代表的な香りでは「ティーツリー」「ペパーミント」「ユーカリ」のオイルは癒し効果とともに抗菌作用もあり、リビングや寝室でも利用できます。大切な方へのプレゼントや自分使いにいかがですか!

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・ティーツリー…1,980円

シャープで清潔感のある香り

・ペパーミント…1,980円

スーっとしたしみとおる爽快感のある香り

・ユーカリ…1,650円

シャープでクリアなスッキリした香り

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〈母の日のプレゼントに〉

・花風(短寸)…1,650円

・花風(ミニ寸)…770円

・香立て『華かんざし』(有田焼)…1,430円

久留米文学散歩 vol.89

田中吉政公 お慕い申しあげそうろうゆえ 第三回

近江八幡の久兵衛町 文/江崎久美子

吉政は、豊臣秀吉の甥で養子となった豊臣秀次の筆頭家老でした。吉政は、近江八幡城主だった秀次に代わって城下の采配をしました。秀次は、京都の聚楽第に居るか、出陣しているか、記録では二度ほどしか近江八幡城には在城していません。

近江八幡城下は、柳川とよく似た佇まいで、どちらも吉政が造った清々しい町並みです。田中家屋敷跡辺りの大杉町は、吉政が、よく町民と気さくに話したことから、吉政と名乗る前の名前を親しみを込めて久兵衛町と呼んでいたそうです。

秀次は秀吉との確執で高野山で切腹して、近江八幡城と聚楽第は一気に破却されます。 最近では「御湯殿の上の日記」(宮廷の女官達で綴られた日記)から、秀次の切腹は秀吉からの指図ではなかったとの見解がなされて、大河ドラマでも今までのあらすじとは変わっていたようです。

吉政の、大外記中原師廉に嫁いだ娘が書いた日記にも、おなじような言葉で秀次をあわれに思う心情が綴られています。

それにしても、吉政は事件後に逆に領地が増えたことで、吉政が陰謀に関わっていたとか、なぜ殉死しなかったか、キャリアハイだの、物語の多くは悪人として扱う結果を招いてしまっています。大御所のライターさんでさえも、歴史の時系列を詳しく追っていないため、安易な答えを導き出したのだと思います。

重要なのは、近江八幡での筆頭家老は、秀次の直属の家老ではなく、秀吉からの付けられた家老。高野山での事件の時の吉政は、岡崎城主に移動していたので秀次宿老から外れていた。それでも、時々秀次に諫言(厳しく言い聞かせていた)していたのですから、吉政の辛い心情は計り知れません。秀吉の命令で動いていたので、秀吉が吉政の責任を問うことはなかったし、秀次亡き後の領地の采配をしてもらわなければ困る存在でした。その結果、領地が増えることになったのです。

新・落語スズメvol.21

『談志の遺言』

文/松田 一成

『〜来たことを後悔するようになればいい』と県境に関所を設けた県知事さんの発言を聞いた。『けしからん』というのは簡単だが、『もっともだ』という意見は口には出しにくい。子分を守る親分としては理解できなくもないところ。まあ、それを口に出すところが、追い詰められているのだなとアタシは同情的であります。そんな発言の真逆のセリフを思い出した。20年前くらいだろうか。志ん朝、笑点クラスの噺家でさえ、ホールを満杯にすることが難しかった落語低迷期。九州のこんな田舎にその噺家が来るというので小躍りしてチケットを求めた。待ちに待った当日、会場が変更されていた。1000人超の大ホールから500人弱の小ホールに。その客席の半分も埋まっていない。高座に上がった噺家は会場をぐるっと見渡し、今にして思えば、その時覚悟を決めていたように思う。有名人であるその噺家への大袈裟な拍手で始まった独演会。一所懸命、笑いを探す客。始終不機嫌な噺家。会場は期待と違う雰囲気に明らかに戸惑っていて、奇妙な時間が流れていた。見切ったのか、その噺家『今日、ここに来なかった奴を後悔させてやる』。『芝浜』を唐突に始めた。内容は割愛するが、追い出しが鳴っても、会場嗚咽の嵐。誰もしばらく席から立ちあがれない。アタシにとっては落語に対する人生の転機となった会でした。『ここに来なかった奴を後悔させてやる』ということは、そこに居合わせたアタシたちは、『落語のすばらしさ、言葉の凄みを、周りに伝えなさい』という使命をその時受けたのだと思う。あれから随分時間がたった。時代や価値が変わりつつある。落語、ひいては芸術を取り巻く環境はどこまで厳しくなっていくのか想像できない。でもあのガラガラのホール落語の時とは全く違う。客が来ないのではない、行かれないのだ。希望はいくらでもある。もう少しがんばりましょう。

歯は健康のバロメーター vol.36〜落合先生のお口のお話し〜

歯が生える時期3 生まれた赤ちゃんに歯が生えているとき

おちあい小児歯科医院 院長 落合 聡

生まれたとき、あるいは生まれてすぐに萌出してくる歯、先天性歯についてお話をして今回で3回目になります。生まれた時すでに生えている出産歯と生まれて1か月以内に萌出してくる新生歯、前回、出産歯の場合は抜歯した方がいい、という判断になることが多くなる、というお話をしました。それでは生まれてから1か月以内に萌出してくる新生歯はどうでしょうか? 今回はこの点についてお話ししましょう。

新生歯でもぐらぐらが大きければ出産歯のように抜歯になりますが、出産歯と比較して新生歯は、歯の土台となる歯根ができる機能をもった状態で生えてくる傾向があります。つまり、歯は早く生えてきたが、土台もそれなりにできあがっていく、という状況です。ですから、赤ちゃんが舌で押したりしても、あまりぐらぐらにならず、何とか持ちこたえることができることが多くなります。その状況がしばらく続いて、周囲の歯が萌出してくる頃には、歯根もしっかりとしてきて、歯としての役割を果たすことができるようになっていきます。

しかしながら、十分でき上がる前に生えてきているので、上の前歯としっかりとかみ合うようになると、硬い上の前歯によってどんどんすり減って小さくなっていくことが多く、通常よりもかなり早く抜けてしまうこともありますが、小さいながらもなんとか持ちこたえて歯としての役割を果たしてくれることもあります。

ですから、新生歯の場合は抜歯ではなく、何とか保存していくようにすることが多くなりますが、授乳の際にお母さんの乳首に歯が当たり、乳首に傷がついてかなりの痛みを伴う炎症を起こしてしまう原因となることがあります。したがって、歯の萌出の程度をみながら、またお母さんの乳首の状態を確認しながら、必要に応じて歯の切端の部分を削って丸めたり、プラスティックで歯のキャップを作ってかぶせたり、何とか授乳に支障をきたさないようにすることが多くなり、その状況を見て抜歯するかどうかを決めることになります。

このように出産歯と新生歯、同じ先天性歯でも生えてくる時期の違いによって、その後の状況が大きく変わってきます。もし生まれたばかりの赤ちゃんの口の中に歯が生えてきたら、できるだけ早めに歯科受診をすることをお勧めします。

むすんで、ひらいて!! vol.71

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「お母さんの不安な心は

子どもに伝わります」

一般財団法人田中教育研究所

幼児心理カウンセラー  野田 鏡子

新型コロナウイルスにより子ども達もたくさんの制限が重なっています。

私の所は、一度に大勢の子どもが来るということがないので、今のところ通常通りの教育を行っています。しかし、子ども達の様子の変化を感じます。

お母さんが不安に思っていることに対して、子どもは詳しい意味は分からなくても、お母さんが不安な気持ちでいるということは感じ取っています。そして、お母さん以上に不安なのです。

深く子どもを見ているといろいろなサインが出てきます。精神的な不安からくるものでは、お腹が痛い、頭が痛い、気持ちが悪いというような身体的症状の訴え。

目をパチパチとまばたきをする、喉をならす、咳ばらいを何度もする、鼻をくんくんならすなどの心因性チック。おねしょ、反抗、赤ちゃん返り。不登園・不登校にもなりかねません。

本人は、ほとんど気づかず無意識に出てくるようです。子どもは思う以上に敏感ですので、不安を与えるようなことは極力避けた方が良いと思います。

子ども達が明るく元気に育つよう周りの大人の心掛けが、今、特に、大切な時です。身も心も守ってあげたいものです。

久留米文学散歩 vol.88

田中吉政公 お慕い申しあげそうろうゆえ 第二回

豊臣秀吉は公家になりたかった 文/江崎久美子

田中吉政が寄進した梵鐘や鳥居には、公家としての姓、橘朝臣と記されています。また、吉政の娘が、大外記中原師廉に嫁いでいることでも本姓は公家であったと考えます。

娘の嫁ぎ先の中原家は、太政官外記局の首席大外記を歴代務めます。太政官の実務を担当し、中世には、文書の確認、作成……簡単に言えば書記官、日記を家業とした家だったのです。

その中原氏は、豊臣秀吉や、秀次の関白宣下(天皇から位を頂く)の際には、書状を書き示し式典を取り仕切りました。娘が嫁いだ頃の吉政は、今までの資料では何の官職も持たなかったとされてきましたが、娘の位を上げるために公家に養女に出した形跡もないのです。婚姻で、それぞれの家の位を揃えることは普通に決められていました。ちなみに、師廉の前正室が亡くなったので、再婚相手に娘が選ばれたようです。それも、結構な年の差婚のようですよ。

そしてその中原氏が亡くなり、嫡男が職を告げるまでの約二年間、歴史的には珍しく、娘が代行して日記を書いています。その日記の一説に、秀吉の居る城に呼び出され、寧々のお傍に付いてくれないかと言われたとあり、吉政の娘は、息子の教育に忙しいので無理ですと断ったと書いてあります。私はとても驚きました。秀吉に無理って言ったの?

こんなことは、父の吉政と秀吉が親しくなければ言えないことですよね。

秀吉は、公家としての位を持たなかったので、まずは元関白近衛前久の養子になって、やっと官位を得ることができました。これは朝廷の事情に明るかった吉政と中原氏を介して行われたのかもしれないと考えると、彼の今までの出生の謎が紐解かれて行く気がしますね。

吉政のプロフィールは、今まで言われてきたような、百姓から身を起こしたり、名も知れぬ武将ではなかったということがわかります。そろそろ、このような俗説は、打ち消してもよい頃だと思います。

新・落語スズメvol.20

『コロナってる話』

文/松田 一成

〜コロナ猛威の最中皆様如何お過ごしでしょうか?遂に寄席も臨時休業と相成りました。こんな時こそお笑いが良いのですが…致し方無いですね。オリンピックさえも一年延期です。『コロナ感染』が『オリンピック観戦』を吹き飛ばした訳ですが『感染に完全に立ち向かい勧善懲悪の結末』を待ちましょう!〜知り合いの噺家さんから3月28日に送られてきたメール。東日本大震災の時でさえ閉めなかった東京のすべての寄席が、その28日、29日休演を決めた。ホール落語や、独演会等は早々に中止延期が決定していましたが、今回のこの話は金銭面以上に、精神的に相当こたえているようで。とくに上野鈴本演芸場三月下席夜の部では、新真打の門出を祝うべく「真打昇進襲名披露興行」の真っ最中、28日春風亭一左さん、29日はこのコラムでもお馴染み三遊亭歌武蔵師匠の一番弟子、三遊亭志う歌さんのお披露目が予定されていました。「しばらくして収まったらシャレになる」と粋がるところは、アタシの尊敬してやまない噺家さんのスタンスだが、ホントつらい。オリンピック延期が決まる前までは、なんとなく大丈夫そうだとの気配まであったのに、完全に油断しておりました。とりあえずゴールデンウイーク終了まで厳戒体制とは。今回ばかりはパーパー吹く相手の質が悪かったようで。勧善懲悪の結末は果たしていつ頃見られるのやら。『噺家は世情のアラで飯を食い』コロナをどう料理して下さるか、普通に寄席で落語が聞ける日常が来るまでお待ち申し上げております。

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