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くるめ-コラム

新・落語スズメvol.7

「茶番」
文/松田 一成

『歌奴』といえば「山のアナアナ」で聞き馴染みの三遊亭円歌師(今年3月、三遊亭歌之介師が四代円歌となる予定)を思い出される方も多いでしょう。当代(当代は四代、円歌師の歌奴は二代目)は大分県のご出身、品のある語り口に、現代感覚のクスグリで、先日も上野鈴本演芸場で主任(トリ)を取られてます。その三遊亭歌奴師が、太神楽の鏡味仙志郎師とご出身地の大分の興行に合わせて久留米でも一席持って下さいました(久大線落語会!)。そのご報告。それぞれ、落語と太神楽ご披露の後は、スペシャル!アタシも初めて、『茶番』。いわゆる寸劇、コントなのですが、カツラとほっかむり、尻っぱしょりで演じるのは忠臣蔵、五段目二つ玉の段。盗賊「斧定九郎」を仙志郎師、五〇両を持って夜道を急ぐ老人「与市兵衛」を歌奴師。真っ暗な京都山崎街道を舞台に、定九郎が与市兵衛を切り殺し、金を奪うという実に陰惨な話、それが見事にショートコントへ大変身。仙志郎演ずる定九郎、片足を大袈裟に上げて「見得」を切るが、「ツケ」を打つ歌奴師がなかなか終わらない。そうじゃないと手取り足取り始める芝居の段取りがちょっとした歌舞伎教室。見得、ツケ、だんまり(スローモーションのように大袈裟に動く様子)、面白可笑しい符丁の解説となって、古典芸能に漬かってる感(お前は漬物か!)満載でありました。お仲入り後は歌奴師の落語。講談ネタから、人情大岡裁き「さじ加減」。堅物な若医者「現益」と芸者「お浪」のラブストーリー。爽やかに語って下さいました。こんな番組を久留米で見られるなんて。来年も是非「久大線落語会」期待しております。

久留米文学散歩 vol.75

怪火(あやしび)①
文/増原 達也

それは昭和18年初春の夜の出来事です。何故年月を正確に記憶しているのかと云いますと、昭和16年の12月中旬、日本が「太平洋戦争」に突入、その絶頂期で、以後は坂を下るが如く敗退に敗退を続け、昭和20年8月15日には米軍を中心とする連合軍に降伏、日本国がその管轄下(占領)に置かれる事となったのです。その天下分け目の戦いが「ガダルカナルの戦」でした。この当時、日本の同盟国であったドイツもスターリングラードとコーカサスに向けて新しい攻撃を開始したが、ソ連軍の反撃により同地を包囲していた30万にのぼるドイツ兵が犠牲となり、これがドイツの転換点で、急速に敗色(同年月)を強めてゆくのです。こんな時期、父に召集が来たのです。元々海軍の軍人ではあったので、当然と云えば当然なのですが、入隊以来、当時設立されていた「軍需省」の勤務であった為、戦からは離れていた様です。当時どんな方法で父に通知があったかは知りませんが、或る地方で「海軍航空隊」を設る為、そこの軍需部に派遣されて居た様です。今考えると「航空隊」を設る為の資材調達の責任者だったのでしょう。だからその「軍需部」での軍人は父一人で後は全員一般の職員だった様に子供心に残っています。そこに来る前は、何でも「海軍工廠」(播磨)の方に居たとかで、常に後方を歩いた様です。そう云えば軍需部にいた当時の昭和17年夏ですが、「野球大会」で優勝した記念写真が残っています。勿論この時も全員海軍の服ではありません。その試合を観たのか、父がマウンドに立っている姿は記憶しています。そんな軍人であったので艦に乗る等、とても出来なかったのでしょう。戦地に行く事が内定して以後、同期生だか同年兵だかが毎夜尋ねて来て、「お前は艦隊勤務をした事が無いのだから、一度それをやってからと云う事にしては・・・」とか「お前はリウマチ持ちだから、それが治ってからとの診断書を書いて貰ったら」とか、来宅した人達が口々に助言していたのが、子供心に遺っています。

くるめ食素材探検 vol.65

熊本のお殿様ご推薦の野菜です「ひともじ」編
文/靏久 格(産直や 蔵肆)

hitomoji11.jpg “ひともじ”とはワケギの一種。一見ネギの仲間、に見えますが分類学上は別種。たまねぎとネギの雑種なんだそうです。「くまもとふるさと伝統野菜」に選ばれており、熊本の郷土料理になくてはならない食材の一つです。ねぎは年中出回っておりますが、ひともじは春と秋の二回収穫です。ですが寒にあたって甘みを増したひともじは一味違う!というわけで、ご紹介。

ひともじは分球といいまして、根元がぽってりとふくらみ、いくつかに別れるのがネギとちがうところ。種で増えるのではなく、この球根を植え替えて増やしていきます。にんにくやラッキョウに似ていますな。また小葱のように繊維がやわらかくなく、ゆでてもちぎれにくいのが特徴です。なので「ぐるぐる」できるんですね。また、ぐるぐるだけでなく、ぬたや卵とじ、チヂミにいれたり、上品な香りの薬味としても重宝しますよ。冷凍保存もできますので、お見かけの際はぜひ。

そんなぐるぐる、紀州藩第9代藩主・徳川治貞と「紀州の麒麟、肥後の鳳凰」と並び賞された名君、細川重賢(しげかた)公の時代に、藩財政が非常に厳しいので安くておいしいおつまみを、と考案されたのが始まりといわれています。やはり酒どころ熊本、そもそも酒をやめる、という判断はなかったのですかね・・・。もっともその甲斐あって財政は回復したようです。艱難辛苦汝を玉にす、といいますが厳しい状況だからこそ出る知恵、ということもあるのですねえ。

香茶店〝香り不思議発見〟 Vol.101

さくらを愛した宇野千代「しあわせの香り」
香star

宇野千代は作家であると同時に着物デザイナーでもあった。好んで描かれたのが桜だった。宇野千代のエッセイには「桜は、私の故郷の花であった。私の心の花であったのである。心のひだに刻みこまれた桜の花の美しさが、桜の柄の着物を私に作らせたような気がするのである」と描かれている。「しあわせの香り」と名付けられたこのお香は、宇野千代のさくらのメッセージを託したお香で、ほのか漂う香りにしあわせなひと時を過ごしてみませんか!ちなみに宇野千代の忌日は「薄桜忌」と名付けられている。

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宇野千代しあわせの香り
スティック6本入
(タトウ包香立付)
…500円(税別)
宇野千代しあわせの香り
コーン20個入(香立付)
…1,500円(税別)

コーヒー産地を訪ねて…一枚の写真 vol.118

“2019年 イタリア リミニ”

写真と文 安達  和宏

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2019年1月 イタリア リミニで開催されたWCRC=ワールド コーヒー ロースティング チャンピオンシップでの一コマ。主催はWCEワールドコーヒーイベントと言う組織ですが、そこの運営スタッフは多くのボランティアに支えられています。大会に出場している競技者や地元イタリアのロースターなど、持ち込まれたコーヒー豆をハンドドリップで提供しているのはボランティアのパオラさん、ポーランド出身で今はアイルランドのカフェで働いているそうです。国境を越え頑張っている若者たちを見てると清々しいし思わず応援したくなります。ところで、自身もコーヒー豆の買付に関してやその品質は世界レベルで行い、販売や提供は地域に根付き地元の方々に喜んで貰える珈琲屋を目指しています。自身ずぅーと言い続けている”グローバルな視点でローカルで活動する”『グローカル』を実践なのであります!

久留米文学散歩 vol.74

夏目漱石と熊本そして久留米⑫

文/増原 達也

耶馬渓に漱石が行った事は鏡子さんが奥太一郎氏と一緒だった事まで「漱石に思い出」の中に書き遺しています。明治30年には久留米に来て菅虎雄に会っています。そして3月28日には高良山に登り発心公園まで歩いた事は30年4月16日に手紙で正岡子規に知らせます。その文面は、・‥・‥今春期休に久留米に至り高良山に登り夫れより山越えを致し発心と申す処の桜を見物致候帰途久留米の古道具屋にて士朗と淡々の軸を手に入候につき・‥・‥と漱石は書いています。夫れが同年3月27日から28日に掛けての事だった様ですが、この時漱石が虎雄に会いに行ったのは、この両氏の友人である狩野亨吉が虎雄に連絡が取り難くなっていた事を漱石に溢し、それならと、漱石が直接虎雄に会って亨吉との連絡の橋渡しをした格好になっているのです。この時漱石は虎雄に会って亨吉からの用件を伝えたものと思われますが、用件の内容は不明です。丁度その日は久留米地区は雨だったのですが、夕方頃天気が持ち直し明日は晴天になりそうになり、漱石は急遽高良山に行き発心にまで足を伸ばして桜を見物する事を3月27日の夕方に思い立っているようです。この辺の天候については平成6年に気象庁が発表した「百年の気象記録」に依るものです。その道を小生も同時期に2〜3度歩いて、飯田春畦や老松宮を知る事となったのです。そして、この老松宮は祭神が菅原道真であり、この宮の側まで「筑後川」の川幅が存った事まで知りました。現在の川幅になるまでには二度の大きな工事が存り、大正初期の工事後には「堰神社」も造られています。この神社と堤防は元久留米藩主の末裔の方の寄進に依って建立されたと記されています。そして、同所は既に観光地化され、この堰神社が余りにも立派なので、その堤防の下になっている老松宮は判り難くなっています。私が最初その宮を見いだした際は本当に小さく、この老松宮の字も崩して存りましたので、それと知る迄には20〜30年の時が経過して居たと思います。処が現在の神社は立派になり、お宮らしくもなっています。その宮の前から飯田春畦さんの家は観えるのです。現在は同氏から二〜三代目の方が生活されていますが、昭和27年頃迄は同所は医院であったと、その20〜30年前にお伺いした時お話しされ当人はその時、私は養子です、と付け加えておられました。先代は一(はじめ)さんでその前が春畦さんですと家系図で説明されて下さいました。家系図では春畦は十二代目で、一さんは当時の千葉医専の第1期卒業生である事も付け加えられておられました。まだ書き遺したことは多くあるのですが、今回もこれで筆をおきます。

拝殿に花咲き込むや鈴の音(漱石) ー終ー

コーヒー産地を訪ねて…一枚の写真 vol.117

“2019年 イタリア リミニ”

写真と文 安達  和宏

2019年1月 イタリア リミニで開催されたWCRC=ワールド コーヒー ロースティング チャンピオンシップでの一コマ。日本大会を勝ち抜き世界大会に出場する競技者のサポートと世界大会視察という名目で、日本スペシャルティコーヒー協会ローストマスターズ委員として参加しました。世界大会と言うこともあり顔馴染みの人に会ったり数年振りの再会など、これまた楽しいものです。会場へ着いてすぐトークショーで登壇していたのがノルウェーのオウドゥンさん、彼とは2010年のホンジュラスCOE審査会でご一緒し本コラムにも一度登場しています。その後、独立した彼は焙煎人としてこの大会に参加し見事2015年の世界チャンピオンとなりました。今もAUDUN COFFEEとして頑張っているそうです。産地での出会いが違う場所で時が過ぎても続く有難い友情です。

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新・落語スズメvol.6

「変身(カフカではない)」

文/松田 一成

先日『久留米座』での笑福亭風喬独演会、ご来場ありがとうございました。三味線の師匠もお呼びしての、正月らしい華やいだ雰囲気だったのではと。風喬師、来年もやる気満々ですので、又のご来場、お待ちしております。で、その、三味線の師匠、以前写真集を出したとのお噂もある美貌で、場内のオッサン心を一掴み。お客様との掛け合いも楽しく、出囃子のリクエストを受け付けた。出囃子というのは、噺家が、高座に上がるときに後ろで流れているあれです。プロレスで言えば覆面レスラー、ミル・マスカラスのスカイハイあたりでご理解いただければ。ご婦人からお声がかかりました。「老松!」。太鼓で助っ人に入っていた風喬師と件の師匠、ひと呼吸入ると、すぐに聞き馴染んだあのメロディが流れた。老松。ミスター落語、古今亭志ん朝師の出囃子です。最近の落語ブームで、喋っている姿はネットで何十万回と再生されていますが、残念、そのほとんどが舞台下手から高座に上がるまでをカットしてあり、出囃子はほんのちょっぴり、モニターの向こうは、扇子を置いてお辞儀をするシーンから始まるものがほとんど。予定調和というか、様式美というか、「老松」にのって、志ん朝師の高座に上がるまでのあの佇まいは、是非一度ご覧頂きたい。例えれば、本郷直人が仮面ライダーに変身するような瞬間(ちょっと大袈裟)。思いがけず、生で聞いた志ん朝師の出囃子は、上方の落語会なのにと、半可通ぶりを発揮するよりまえに、三味線の師匠の美貌とともに、嬉しいオッサンへのお年玉となりました。

追伸 3月3日六角堂広場に太神楽(だいかぐら)の鏡味仙志郎師匠がいらっしゃいます。観覧自由、一回だけの公演ですが、こちらではなかなか見られない芸能です。是非!

くるめ食素材探検 vol.64

春のお彼岸までが旬です。「せり」編

文/靏久 格(産直や 蔵肆)

シャキシャキした食感が爽やかなセリ。数少ない日本原産の野菜のひとつで、春の七草の一つでもあります。あの独特の香りには、健胃、解熱、解毒の作用があるとされており、カロテン、葉酸、ビタミンC、カリウム、鉄などが豊富に含まれています。また、ポリフェノールの一種であるケルセチンには抗酸化作用があり、カロテンやビタミンCとの相乗効果でがん予防が期待されています。

セリの名前の由来は、その生態から1箇所から競(せ)り合って生えている、ということから、セリと名がついたとされています。奈良時代にはすでに食用とされていたようで古事記、万葉集に登場します。水気が多いところが好みで、沢や河川の水際などに繁殖しています。すこし郊外に出かけるだけで見つけやすいのではないでしょうか。栽培も昔から行われ、稲を刈った後やアゼなどにも沢山生えていたりします。野生のセリは数種類ありまして、田ぜり、ドクゼリなど。田ぜりは地面を這うように成長し、香りがいいんだとか。反対にドクゼリは食べられません。見分けるポイントはセリにくらべて大きいこと、根の部分を割ってみるとたけのこのようになっていること。また、生え方も違いますしそもそも香りがまったく違うので、迷ったときは根元をおって香りをかいでみましょう。

和え物、混ぜごはん、炒め物などでどうぞ。たくさんとれたときは、湿らせたキッチンペーパーで根元を包みます。さらにビニール袋に入れて、野菜室に立てて保存しましょう。

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むすんで、ひらいて!! vol.57

「抱きしめてあげて」

‐育てなおしの心育て‐ という本を読んで

一般財団法人田中教育研究所

幼児心理カウンセラー  野田 鏡子

今回は子育てをするお父さん、お母さん、また、幼児の教育に関わる方々に是非読んでいただきたい本をご紹介したいと思います。

さまざまな育児雑誌の情報、育児法、教育法が氾濫する中、何を信じて育てれば良いのか、皆悩み試行錯誤しながら育てています。

全て子どもが将来幸せな生活が出来るように願っての親心なのです。

絶対に正しいというものがあれば皆そう育てるのでしょうが、それが20年、30年経って大人になり、社会に出ていろいろなかたちで結果が出てきます。どう育てればいいか悩むのは当然です。

今回、ご紹介する渡辺久子先生は、児童・乳幼児精神医学専門の医師で、私は講座を受け、本を読ませていただき感銘を受けました。

先生は「幼いとき どれだけ温かく明るい気分に包まれ、伸びやかに自分の要求を出し、それを受けとめてもらえたかによって人生や自分に対する基本的な信頼感や意欲が培われていくのです。」という事を書いておられました。

時代の変化により子育てのあり方が変化し、一番大切にしなければいけない「心を育てる」ことが欠けているように私も感じておりました。

「抱きしめてあげて」の他に「しあわせ脳を育てる(6歳までの子育て)」「思春期の子のこころがわからなくなったときに読む本」などがあります。

子育ての参考に一度読まれてみるのも良いかもしれません。

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