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まつりバカの系譜(3)

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 福島県郡山市。同市は久留米市の国内唯一の姉妹都市だ。明治11年、久留米藩士約六百人が刀を鍬に持ちかえ、この東北の地へ率先して入植、今日の郡山市の礎を築いたといわれている。
 その姉妹都市締結セレモニーは昭和50年8月3日。水の祭典本番の明治通り、六ツ門のステージ上で行われた。当日、郡山市からは87人が久留米を来訪している。
 時代は高度成長期のまっただ中。翌年にはさわやか小町コンテストも始まり、当時久留米市にあったKBC九州朝日放送の後援も得て、まつりは一気に華やかなフェスティバルへと加速する。リオのカーニバルダンサーが登場、広場では松田聖子やチェッカーズなど、数多くの若手タレントがステージを賑わせ、まつりは多くの市民がTVのように観て楽しむバラエティショーそのものだった。
 実行委員会会長の鶴田松男の元、高松武と米替は、毎年次々とアイデアを捻り出し、文字通り東奔西走してこのまつりを創り上げていった。第6回(昭和52年)にはそろばん踊り大行列(現・そろばん総踊り)も登場、二千人の踊り連が明治通りを練り歩く。
 「ガメ煮のまつり」
いつの頃からか、このまつりはそう呼ばれるようになっていく。神事の祭事のように古い伝統こそないが、明治通りという壮大な舞台を得て、市民が年に一度、活力を爆発させる場へと成長していった。
 東日本大震災。この未曾有の災害に苦しむ彼の地へ、ふるさと久留米から今こそ元気を届けたい。
「がまだせニッポン!」今年は気合い入れてまつります。

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