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久留米文学散歩 vol.92

田中吉政公 お慕い申しあげそうろうゆえ 第六回
戦国武将としての雄姿 文/江﨑久美子

田中吉政は、土木の功績で知られていますが、実は、戦国武将としての戦を勝ち抜く実力もありました。
一五八〇年水屋の合戦では、「吉政、白紙子羽織にて、長刀を持て黒馬に乗り、一陣に進む。垣屋が兵大阪新右衛門と言うもの、但馬・丹後にかくれなき射手也。此の者の射る矢に吉政胸板を脇へ射抜かるる。二の矢にて、又、左の脇を射抜く。吉政長刀を以って、度々矢を切り払い、相互に戦いて相引き分けになりたる」と、「武家事紀」を読むと、敵将大阪新右衛門が放った二本の矢を体に受けながら奮戦した話があります。
また、秀次家臣として摂津池田に入った際、城下に潜む不心得者を成敗した際に、顔を負傷しました。左目の少し上から鼻、そして唇迄、痛々しい傷があります。東京大学史料編纂所の田中吉政肖像画からも見て取れます。
豊臣秀吉がその傷を見て、「汝面ぬるかりしに、疵を蒙って勇猛の姿あらわる」とのたまうとあり、「やさ男だった吉政の顔が、傷ができて男っぷりがあがったじゃないか」のような解釈で、吉政は、意外とイケメンだったかもしれませんね。
一五八五年には、秀吉による根来寺攻めの後、太田城水攻めの最中、大きな体格の尼法師の朝比奈摩仙名が、一人で朱色の槍を持って小舟で漕ぎ出し、乗り移り縦横無尽に暴れまわりました。その時、吉政が長刀で立ち向かい取り押さえ、傷付けずに生け捕り秀吉の前に連れて行くと、秀吉は女性には優しかったのでしょうか、「女ながらに天晴れじゃ」と、解放し城に戻してやりました。
それらの勇ましい武将姿を描いて、初代筑後国終焉四百年事業として、田中吉政史談会主宰、八女福島文平座制作の初映画作品「田兵」VOL1が、七月十五日クランクアップしました。
DVDの完成は、九月上旬の予定です。詳しくは田中吉政史談会(〇九四三―二二ー二六三四)にお問い合わせ下さい。

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