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久留米文学散歩 vol.80

怪火⑥

文/増原 達也

「父さん、何かあったの?」下の叔母が家に入ると、囲炉裏を前に箱膳を横に座っている祖父に盾問を浴びせていました。「何かて、何がだ…」と祖父は不思議な顔で応じていました。すると、弟を寝かせて戻って来た祖母が、「この子達が狐火を遠くから観たと云うとるが……」この辺の会話の順序は良く記憶していませんが、祖母は明かりを観た事を伝えていたのです。それに対して祖父は、「近頃狐が出ると云う話は耳にしとる。それに家も、ここ二〜三日は毎日の様に鶏を一羽ずつやられとるが…」と、そんな会話だったと思います。そんな事が小学校三年生の頭の中に記憶として残り以後、狐は遠くから観ると、「灯」に観えるものと私の頭の中では忘れられぬものになったのです。本当は何であったか80も半ばになった現在でも不明ですが。只、直線で数百メートル先に「かがり火」が10ばかり、右から左へ移動した事だけは、確かなのです。只、科学や化学が、これだけ発達した現在では、他人に話すことではないので、私の胸に納めていました。そんな事が存った為でしょうか、浅井忠の「狐の嫁入り」の絵は早くから気に掛けて観る事になぅた様です。あの絵は、狐の列や持ち物が影として描かれたバックに色を添えてありますが、狐の動きには躍動感が存り狐や持ち物に色を感じさせています。この人は本来油彩画家なのですが、この絵一枚が水彩画として遺されています。そしてプロット(構成)を青木繁が真似て描いたのが、「海の幸」だという説が存ります。もう一つは魚の水切りを観たのは坂本繁二郎の方で、それを一緒に旅行していた青木繁に話し、あの作品が生まれたと云う説も存ります。この二つの画を観比べてみますと「浅井忠」の精緻さがよく理解できます。一方、青木繁の筆の荒さが目に付きます。もう忘れましたが、この二枚を大きくカラー写真にして某新聞が発表した事があったのですが、その際も評には青木繁が浅井忠のプロットを真似た様な事が書いてあったと記憶しています。 -つづく-

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