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久留米文学散歩 vol.79

怪火⑤
文/増原 達也

どれ程の時間を要したかは忘れましたが、山の中を歩けど歩けど人家が無かった事は子供心に憶えています。元々が中国山脈で標高が高くなっている地区ですから、山の尾根に近い処を歩く様なものです。女三人にどの様な会話であったかは、知る由もないのですが、最後の峠を越えて実家の集落が展望できる処に来た時、「姉さん、あれ葬式の灯りじゃないの」と、下の叔母が母に告げました。私は母姉妹に手を引かれて歩き通していましたので、その方向に直ぐ目が行きました。そうですローソクの火の部分だけが10ばかり母の実家のある処の上から下へと「ふらふら」と進んでいくのです。決して輝くと云った光ではなく「橙」色の色紙を切り取って並べて下へ進めているようでした。それが母の実家の角迄来ると、まるで角を曲がって物陰に隠れる如く、次々に消えて仕舞ったのです。記憶には全く存りませんが、姉妹三人で「あれは葬儀よ」とか、「誰かの結婚式なのかしら」「いや葬式じゃないの、誰か病気の人、居たかね」と三人姉妹は姦しい事でしたが。「あら、家の角で消えていくわ」灯りが消えて仕舞ったのは、どれ程の時間だったか、二分だったのか10秒か、20秒位だったのか、長くてもそんなものだったでしょう。この光は不通の光と違い光子の作用が余りありませんでした。則ち輝きがないのです。橙色の折り紙でローソクの行燈を造り、それを並べて進めている様にも観えました。そんな、こんなで母方の実家に着いたのですが、この寒いのに祖母はある程度の処まで迎えに来ており、母が背負っていた弟を取り上げていました。今考えるとどの様にして祖母と連絡を取ったのか不思議です。「寒かったろう・・・」と云いながら、自分が肩に掛けていたボロ切れを継ぎ足して造った防寒着の様な物で弟を包み受け取っていました。「母さん、葬儀か結婚式か何かあったの」と、下の叔母が早速尋ねていました。「いや、何もないが」と応えたまま、そそくさと家の方へ歩いて行きました。 -つづく-

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