Home > 久留米文学散歩 > 久留米文学散歩 vol.68

久留米文学散歩 vol.68

夏目漱石と熊本そして久留米⑥
文/増原 達也

菜花黄 明治31年3月作

菜花黄朝暾 (菜の花は朝日の中に黄色く浮かび)
菜花黄夕陽 (菜の花は夕日を浴びて黄色く輝く)
菜花黄裏人 (菜の花畑いちめんの黄色の中に立つ私は)
晨昏喜欲狂 (朝に夕べにもうれしくて ものぐるおしいほど)
曠懐随雲雀 (ふくらむ私の心は雲雀と共に舞い上がり)
沖融入彼蒼 (みなぎる喜びは天上界に入ってゆく)
縹渺近天都 (遠く高く天帝のみやこに近く)
迢逓凌塵郷 (はるかな高みまで、俗世間から遠ざかる)
斯心不可道 (この心地よさは云いようもなく)
厥楽自黄洋 (この楽しみは深く広い)
恨未化為鳥 (嘆かわしいのは小鳥になって)
啼尽菜花黄 (菜の花の中で鳴き暮らすのが叶わぬ事)

〜漢詩に見る日本人の心から〜

この詩明治30年暮れから31年初頭に掛けて小天温泉に旅行した後に詠まれたもので同温泉の卓子さんとの思い出が残っている時のものです。それは悲劇に繋がるのですが、その事はまだ表面化していません。併し、この詩を書いたときの漱石の行動や言葉は相当浮き浮きしていたものと思われ、それが妻女の鏡子に伝わらぬ訳はないのです。だからこの詩「菜花」は卓子(小説草枕では那美)ではないかと思われます。菜花黄の詩中3ツ目の「人」は卓子の幻想を彼は「菜畑」に見たのではないでしょうか。参考書等に依りますと、この詩の件から妻女鏡子は先手を打って「自殺未遂」に迄及ぶのですが、それが漱石にも伝染してか、この時期彼も強度のノイローゼに陥っていた様です。それに彼の漢詩には必ずと云って良い程、彼自身の内面の争いが出るのですが、これにはそれが無いのです。

Comments:0

Comment Form
Remember personal info

Trackbacks:0

Trackback URL for this entry
http://kurumestyle.com/wp/wp-trackback.php?p=1696
Listed below are links to weblogs that reference
久留米文学散歩 vol.68 from くるめ-コラム

Home > 久留米文学散歩 > 久留米文学散歩 vol.68

Search
Feeds
Meta

Return to page top