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久留米文学散歩 vol.52

筑後川と久留米②
文/増原 達也

疎開先で雨の日には良く縁側で疎開させてあった本を読んだものです。その中に「河童」が存ったのです。正直な処父の本を疎開させたのですから、小学六年生の私には難しい本ばかりでしたが、何故かその時、吉川英治の「大閣記」や、これも同氏だったと思いますが「宮本武蔵」そして「西遊記」等も一〜二年の間に読んでしまったのを記憶しています。その中に芥川龍之介全集も存ったのです。正直な処、小学六年生位で彼の本は読めたものではないのですが、昔の本や新聞は漢字にカナが付けてありました。どの様にして読破したのか「河童」、「手巾(ハンカチ)」そして「トロッコ」等が記憶に残っています。
この「河童」は昭和二年の「改造」三月号に発表されたのですが、彼はその年の七月二十四日に自ら命を絶っています。
この物語は、河ではなく上高地の「梓川」の茂みの中で「穴」に落ち、それが「河童」の國の入り口だったと云う処から物語は出発しています。詳細は良く記憶していませんが、河童の國が「獺」の國と「戦争をして、その河童の戦死者を國へ後送、それの肉を缶詰にして再び戦地に送り、それを河童の戦士達は食して戦争をする」と云う場面が存りました。
戦争中でも存り、日本は大変な「食糧難」でもあった為か、日本でもそんな事をしていただろうか、と思い、「吐き気を」もようしたのを覚えています。これで資本家は「金を儲けている」と彼は説いていました。
芥川の小説の中に「トロッコ」と云うのも存り疎開児童の「淋しさ」と孤独感を表現したのも存ります。
もう一つは、「手巾」と云う小説で解説は色々存りましたが、私には彼が云う「演技術」とは夏目漱石の「無意識の偽善」とは「根」の部分は同じだと、本を読んだ相当後に思った事が存ります。筑後川から話が変な方向に向いましたが、そろそろ本道に戻したいと思います。 ー つづく ー

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