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久留米文学散歩 夏目漱石編(8)

文/増原 達也

近頃よく尋ねられるのが、

「貴方は何故、漱石なのですか」

「何時頃から漱石の本を読み始めたのか」

等々。元来私は不勉強な方で、出来る事なら勉強はしたくないのです。併し、それでは世間を渡ってゆくには、何かと不便だろうし、格好も良くないので、何か一ツ位、他人の前で話せるものを、と思って選んだのが、夏目漱石だったのです。これが「縁」と云うものですか。と云うことは昭和27年に「昭和文学全集」(角川文庫)伍拾巻くらいが出る事になり、その四巻目が夏目漱石だったのです。今でも諳んじています。一巻目が横山利一、二巻目が山本有三、三巻目が永井荷風で四巻目が漱石だったのです。それを購入して以後、一般の勉強にも追われる様になり、暫く彼の本を開く事は存りませんでした。それにもう一ツは、親に内緒の購入だっだので続く訳がありません。何時も月謝未納の部でした。敗戦直後から、この頃は、現在の学習塾以上に「英会話教室」が林立、多くの子供や大人が、その教室に通っていました。勿論私も英会話教室に通ったのですが、本代に塾費用では長く続きません。それならと「発音記号」が読める程度にはなっていましたので、今度は一生懸命独学で英語と漢詩をやったのを覚えています。両方共に物にはなりませんでしたが。そんな時だったと思います。日記を英語で書き始めたのは。こんな話は他人には面白くないので止めます。先日私の作品の前で中年男性が

「漱石の則天去私はどう云う意味か」

と問われました。その時の私の表情やスタイルは、「ヒゲ」を4~5日剃ってなく、服装は上下共に「ヨレヨレ」で近頃不眠もあって目は赤く濁っており、それこそ「猫」や「坊ちゃん」さえ読んだ事のない有様でした。この四文字熟語は漱石の作ではなく、相当昔から存在、だから一寸した漢和辞典には存ります。と云う積りが、彼は早々に答えを聴く前に外に出てゆかれました。

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