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2020-05

くるめ食素材探検 vol.80

kurasi.jpg いろんな名前で出ています 「パクチー/コリアンダー」編

文/靏久 格(産直や 蔵肆)

最近では通年で出回るようにもなりましたが、これから花が咲いて実を収穫する時期となりましたのでご紹介。パクチーはずいぶんと市民権を得たように思います。ああ、あれねー、と顔をしかめるかたもいれば、うっとりとパクチーへの愛を語る方まで反応はさまざま。サラダに、スープに、麺類に、肉魚に、と応用範囲が広いのも人気の秘密かもしれません。いろんな呼び名があり、パクチーはタイ語由来。コリアンダーは英語由来、和名は「コエンドロ」そのものずばりの「カメムシソウ」という呼び名も。生食ですと「パクチー」乾燥させた葉や種は「コリアンダー」と呼び分けることが多いようです。

日本には平安時代に薬草として入ってきていたようですが、調理素材として本格的に使われるようになったのは1990年代。ここ数年で一般のスーパーにも出回るようになり、パクチー料理専門店や「追いパクチー」なんて言葉ができるほど。とはいえ香草なので、タイではあんなにパクチーばかりもりもり食べないヨ、だそうです。まあ、なんでもやりすぎ、本歌取りが日本人の身上かもしれません。

カレー粉には欠かせない素材でもあります。だいたいどのカレー粉もターメリックについで二番目にコリアンダーが出てくるのではないでしょうか。生の葉と違い、乾燥させるとほんのり甘くさわやかなオレンジ系の香りがたまりません。カレー粉のミニマル構成はこの二種に加え唐辛子。もちろん、なくてもカレーはできますが、入れると「おお、これこれ」と抜群の安定感。家庭菜園でも育てやすい部類かと思います。深さのある大き目のプランターでどうぞ。

歯は健康のバロメーター vol.38

〜落合先生のお口のお話し〜

緊急事態宣言解除・・・いかがお過ごしでしょうか?おちあい小児歯科医院 院長 落合 聡

緊急事態宣言解除となり、保育園、幼稚園や学校も様々な制限の中、再開されました。うれしくて興奮状態の子、5月病みたいに調子の出ない子、様々ですが、とりあえずみんなに共通なのは、生活リズムが元の状態に戻るまでちょっと時間がかかる、ということでしょう。そんな今、気を付けておきたいこと、それはケガです。

こどもは僅かな休み時間でも校庭に出て走り回ったり、ボール遊びをしたり、体がよく動きます。通常であれば激しく動き回っても大丈夫でしょうが、Stay Homeによって1か月以上、人と会ったり外出したりできなかった状態から一気に元の環境に戻ったという状況ですから、こども達は今、気持ちと身体のバランスが取れてないとでもいうのでしょうか?こういう時期には転んだりぶつかったり、ケガが多くなるようです。特に歯のケガは大人と比較してこどもには大変多くみられます。

歯のケガには、1.ぶつけたが表面上問題がない、2.ぶつけたショックでぐらぐらあるいは歯が歯肉に潜り込んだ、3.歯が折れた、4.歯が歯肉からはみ出した、そして5.完全に歯が抜けてしまった等、様々な程度があります。

2~5の場合は、おそらくすぐに歯科医院を受診する等の対応を考えると思いますが、1の場合は放置してしまうことがよくあります。確かに何も起らないこともありますが、数日後に歯の色が赤黒くなったり、色が濃くなったり、歯の変色が生じてくることがあります。

これは歯をぶつけたショックで歯の中身である歯髄(歯の神経と呼ばれる部分)に内出血や血液が通わなくなることが原因です。元に戻ることもありますが、元に戻らず歯根の吸収や膿がたまってくる等の問題を生じることがあります。

したがって、歯をぶつけたら、何でもなくても念のため歯科受診をすることをお勧めします。なんでもなければそれでいいのですから、しばらく様子を診てもらうようにしましょう。

むすんで、ひらいて!! vol.73

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「今この時期、

思いっきり抱っこしてあげて‼」

一般財団法人田中教育研究所

幼児心理カウンセラー  野田 鏡子

久しぶりの子ども達の心からの笑顔にほっとします。

この一か月半、学校も行かず友達とも会えず、子ども達の心は不安でいっぱいだったでしょう。

大人の私達でさえ恐怖の時でしたから、子どもにとってはその何十倍も不安だったと思います。

私の教室も連休明けから授業を始めましたが、一人の女の子が帰り際「先生だーいすき」と一言 言って帰りました。久しぶりの他人との楽しい時を過ごしたことが、きっととても嬉しかったのでしょう。

誰も思いもしなかった事態が起こりましたが、どんな時代をも生き抜けるようなしっかりとした心の土台を築いてやることこそ私たち大人の大切な役目です。それにはまず、子どもを支える大人の心が健康で明るく安定し、前向きに考える姿勢を持っていなければなりません。

人生や自分に対する基本的な信頼感や欲求は、幼い時にどれだけ温かく明るい気分に包まれていたか、伸びやかに自分の要求を出しそれを受け止めてもらえるかによって培われていきます。

今、子どもを抱っこして欲しいと思います。子どもは抱かれることによって、不安や悲しみが静まり、安心感と満足感がよみがえるのです。今、この時期、少し大きくなった子どもでも抱っこしてあげることがとても大切なような気がします。

香茶店〝香り不思議発見〟 Vol.116

働くお父さんへ!香りをプレゼント!

6月21日は「父の日」です

香star

平安の昔、男も女もお風呂に入る習慣がなかったとか!?ではどうしていたのか?沐浴程度はしていたのかも知れません。日常の匂い対策はというと、お香をお部屋に焚き、着物等に香りを染み込ませていたと言います。現代では、お香の香りは匂いを隠すだけではなく、香りそのものを愉しんだり、気分をリフレッシュしたりなどストレス解消にも役立ちます。

テレワークで家の中で働くことが多くなり、何かとストレスを溜めやすいお父さんのために貴方の心を込めた癒しの香りをプレゼントしてみませんか!

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●スーツ・ジャケットに忍ばせて!

・カードフレグランス…2,750円

●お部屋でゆっくり愉しむために!

・かゆらぎ(檜、白檀、沈香)…1,100円

・松栄堂 元禄…990円

・室町…1,540円

・香立て…550円  ・四方香皿…550円

・インセンスバーナーボックス(檜材)…3,300円

※お香を寝かせて焚く香炉です

コーヒー産地を訪ねて…一枚の写真 vol.133

adachi6.jpg “2013年 ブラジルCOE審査会”

写真と文 安達  和宏

審査会農園ツアーでの一コマです。審査会期間では午前中に審査が終わり時間がある時は、農園や処理施設など訪問するスケジュールが組まれています。この写真は、欧米、アジア、中南米の世界から集まった審査員達がトラクターの荷台に乗り農園内部を移動する様子です。今見ると“蜜”過ぎてソーシャルディスタンスも何も有ったもんじゃないですね。この様な当たり前だったことが、今では違和感のある光景にさえ映ります。『昔はマスクもせずに、こんな狭いスペースに乗り合いしてたんだ』将来そんな言葉を交わすのかもしれません。一日も早いコロナの終息と、私もまたあの荷台に乗って農園まわりをしたいと願っています。

久留米文学散歩 vol.90

田中吉政公 お慕い申しあげそうろうゆえ 第四回

久留米北野町西方寺縁起 文/江崎久美子

慶長十五(一六一〇)年六月二十九日は、筑後国主田中吉政次男、田中主膳正吉信のご命日です。

吉信公は、久留米城主となり病気で亡くなられた後、柳川城下の宗安寺に葬られました。多くの家臣が、あとを追って殉死したと聞きます。また、吉信公の乳母が尼となり、その命が尽きるまで境内に建てたお堂で菩提を弔い続けました。

そして筑後国終焉から十年後、吉信の家臣で、北野天満宮脇寺林松院前住持貞俊と大庄屋秋山藤右衛門が話し合い、その遺骨を柳川から北野に移して、荒廃に帰していた林松院に一宇の堂を再建し西方寺と称し、浄土宗に属し善導寺の末寺となり、顕誉良波上人を以て開山としました。

法名は、「陽壽院殿龍岳道雲大居士」です。

江戸時代中期に書かれた「筑後将士軍談」(矢野一貞)には、墓石を図入りで書き記し、道雪と道雲を間違えて書いた誤記がありました。それを最近まで郷土史研究に使い、久留米市史にまで及んでしまったことが原因で、西方寺の墓石の前に道雪の説明板が立っていました。しかし、近年、その久留米市文化財課の調査で、墓石に刻まれた文字から、吉信公の墓石だと確定し、西方寺様も、胸をなでおろされたのでした。何故なら、この西方寺様こそが、田中吉信公の菩提寺という歴史があるのですから。

ご命日は、長い間、慶長十一(一六〇六)年と寛政重修家譜等に書かれてきましたが、墓石にはっきりと慶長十五(一六一〇)年と刻まれていました。

「山鹿語類」や、「田中興廃記」は、吉信公が乱暴者で狂気の人物で十六歳位で亡くなったように書いていますが、それでは計算が合いません。関ヶ原の戦で勇敢に戦った逸話があり、単純に勇敢を面白く、狂気の人物として物語を書いたのでしょう。石に刻まれた歴史こそが、真実だったわけです。一昨年、この西方寺縁起のお芝居が、本堂で公演されました。 ーつづくー

新・落語スズメvol.22

『野暮を承知で』

文/松田 一成

遅まきながらスマートフォンを手に入れ、LINEに始まって、YouTubeだの、Twitter、はてはインスタグラムと、一通り、この一月ばかり、モニターの中の悦楽(にっかつオマージュ)に浸っている。素直に、早く持てばよかったと思う。生活を、ダイタイの記憶で送っているせいか、すぐに知りたい、すぐに正解が分かるというのは、まことに気分がいい。正義を貫いている感がある。どうでもいい曖昧な記憶を糾弾され(ゾウリムシをワラジムシというような)、『嘘つき』と罵られる前に、ネットを利用することで、キチンと確かめ、正確に伝えることができる今、以前よりいささか間違いのない人生、もっというなら正々堂々と生活を送っている。という錯覚に気づいた。モニターの中に、『自分こそが正義でござい』と主張する人があまりに多いのだ。複雑なものをシンプルに見せる仕掛けで、考えることを奪い、白黒の判断を要求する輩の狡猾さ。ついその口車に乗ってしまうアタシ。昔の名人の落語を立て続けに見ていたら、移るサイト、移るサイトに、その噺家関連の音源や本、はてはその噺家の住んでいた地域のマンション物件案内までついてくる。今まで知らなかった情報が大量に、短時間に投入され、マニアなアタシは、もうちょっとでその噺家原理主義に嵌められるところであった(嵌められてもいいのだけれど)。おっと危ない、その原理主義にはお金がいるのよ。間違いない人生だとささやいているのは、アタシの正義のためでなく、お金を出す人の正義。ああ、スマートフォンは露骨すぎる。すっかりはまった悦楽の代償はいつ払うのでしょうか(いや、もう払ってる(笑))

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