Home > Archives > 2019-12

2019-12

くるめ食素材探検 vol.74

砂糖の原材料に使われる
「甜菜(てんさい)」編
文/靏久 格(産直や 蔵肆)
syokuzai20191201.jpg
分かりやすいよう砂糖大根と説明することもあります。確かに見た目は大根やカブのようですが、分類上はほうれん草と同じ。こんな畑一面にほうれんそうが植わっちょる!と思うとビートだったりします。原産地は地中海沿岸、日本では火焔菜(カエンサイ)と呼ばれ、江戸時代初期頃に持ち込まれたとされています。

砂糖の原料に使われる「甜菜」(てんさい)は同じ仲間にあたり、この根の部分に蓄えられている糖分を取り出して、砂糖を作ります。砂糖といえば、「さとうきび」を思い浮かべますが、ヨーロッパでは甜菜糖のことを指すことが多いようです。温帯のさとうきび、寒冷地のビート、なんですね。なんでも、全世界の砂糖消費量の約三割が甜菜糖、日本でも1/4が甜菜から作られた砂糖なんだとか。とはいえ、砂糖の原料としての利用は意外と最近、今から約270年前、1747年のことです。ドイツの化学者マルグラーフが、甜菜の根から砂糖を分離することに成功しました。サトウキビの栽培、製糖は8世紀ごろから広まっておりますので、ずいぶん最近ですね。日本に入ってきたのは明治11年、パリ博覧会に出展されていた甜菜を北海道に導入します。が、うまくいかず工場は閉鎖、ビール工場に転用されます。これが札幌観光の定番スポット「サッポロビール園」の前身です。
甜菜は糖分をしっかり含んでいるため、少々雪が降ろうが大地が凍ろうが収穫可能です。氷点下の日が珍しくない11月の北海道、農家さんはじゃがいもなど寒さに弱い作物を先に収穫、甜菜はこれから収穫、工場に運ばれます。麦・大豆・じゃがいもなどとともに、北海道の輪作体系に組み込まれている甜菜。糖分を抽出した絞りかす(ビートパルプ)も家畜の飼料として有効に利用されています。

新・落語スズメvol.16

『暮れの話』
文/松田 一成

酔い覚ましに外に出ると、空気がパリッとして、少し寒すぎはしませんかという頃の話。平成15年の暮れ、夕食を済ませた頃電話があり、太地喜和子似の後輩がやっている小料理屋に呼び出された。堅気には見えない、どうも噺家風情の方がいらっしゃって、とっさにアタシの事を思い出したらしい。当時アタシはコミュニティFMで番組をやっていた事もあり、欲目半分、既に酔っぱらってはいたが、ままよと成り行きにまかせることにした。店につくと、カウンターに一人、ベージュ色のタートルネックセーターを着た、キレイに刈り上げた短髪頭の初老の男性が飲んでいた。その時が、人生の岐路だと気が付いたのは、随分後だ。それはそれは楽しい時間が過ぎて、興奮していたように思う。そんなアタシを見て、件の噺家は、「あんちゃん、そんなに落語が好きなら、自分で会をおやりなさい。九州での仕事の時は連絡するから」と悪魔の囁き。酒の場のリップサービスだと自分に言い聞かせながら、暮れにいい夢を見せてもらったと、その晩はなかなか寝付けなかったように覚えている。それから令和になった今まで、続いている会、一回だけの会、なんと、会に来て下さっていたお客様が自分でと始めた会。ネタ帳を繰っていたら、優に200回を越えていた。知り合った頃は『二つ目』(江戸落語の位)だった噺家が『真打』に昇進され、最近はお弟子さんまで出来た。まるで人生。落語が縁で随分と楽しい思いをさせてもらっている。最近は歳をとって横着も覚えたが、開演前には緊張するし、会が終わっての打ち上げは何より楽しみだ。そんなきっかけとなった噺家の新しい会が今日ある。道具を車に積み込もうと外に出たら、空気がパリッとしていて、思わず息を飲呑んだら、そんなことを思い出した。皆さま、今年もありがとうございました。どこかの会で見掛けましたら、気安くお声掛けください。楽しみの多少のお福分けが出来ればと思います。よいお年を!
1月4日シティプラザ久留米座、午後2時30分開演「笑福亭風喬独演会」。ゲストはなんと!上方落語協会会長「笑福亭仁智」。前売り2500円、当日3000円。当日「くるめすたいるで見た」とおしゃっていただければ前売り代金でご入場いただけます!

久留米文学散歩 vol.84

怪火⑩
文/増原 達也

そのトタンは幅三尺、長さ六尺位で、四方の下を支えているのも松で高さ20センチ程に切ってあり四隅にこれを敷き、その中央で、これも松だったと教えられていますが、燃やしていたのです。そして数行前にも書きましたごとく骨片が見分けがつく様になると、その部分の骨と土を一緒に今度は墓穴に入れると云うより撒いた様に記憶しています。記憶しているのはその辺迄で、その時、どの程度の作業中で私が帰ったかも、すでに記憶にはなくなっています。何でも二〜三日の作業だったと思いますが、その間若院家は、その側で、ずーっと佛教の衣姿でお経を唱えておられました。その御寺は母方では先祖からのもので、それ迄は彼の実父が佛事ごとには出掛けておられたとか、耳にした事がありました。そう、彼が復員してからは檀家廻りは、殆ど彼の仕事になっていた様です。忘れる処でしたが、彼は佛教大学から海軍に入った際は、私の祖父の処に挨拶に来たとか、耳にした事がありました。そして祖父が「坊主が刈り出されるようでは、日本も危ないのかもしれぬ・・・」と云っていたとか、祖母から聞いたことがあります。それでも人が少なくなっていたのか、終戦迄の間に一度祖父は村長にも就いていた様です。今から思えば現在のように選挙ではなかった時代なので、中央からの「官選」だった様です。人の運とは解らぬもので、短い期間でも戦時中、「長」に就いていた為、戦後直ぐに「公職追放」になった上、第一次の「農地改革」で小作に出していた田圃は四分の三を失っています。その時の祖父の落ち込みは酷いものであったと後で耳にしました。この時、何故か山林だけは占領軍は手を付けていません。只祖父の家は田圃は多く所有していた様ですが、山は多くは所有していませんでした。それに所有している山は、ほとんどが雑木林だった様です。戦後暫くして「バス」、「タクシー」等に「木炭車」時代が来た時は、この雑木林が役に立ちバス会社やトラック会社に「木炭」を造って出していた様です。併しこれも昭和27年〜29年頃迄だった様です。併しこの時、祖父はすでに亡くなっていました。

コーヒー産地を訪ねて…一枚の写真 vol.127

“2011年 コロンビア サンイシードロ”
写真と文 安達  和宏
adati20191201.jpg
この年は買い付けと審査会で2度コロンビアに行ったのですが、この一コマは買い付けで行ったサンイシードロという地区の農園での昼食風景です。鶏肉にプラタナといってバナナの様だけど甘くない野菜とライスにお決まりのサンコーチョ(スープ)、農園の隣接した建物で産地ならではのバーベキュースタイル。近隣の生産者や家族が集まり、温かい“おもてなし”を受けるのです。そんな食事の合間にも農園の歴史や今後の取り組み、現状の問題点など熱く語ってくれます。時折小さな子供たちの鳴き声に話も中断しますが、ゆったりした時間の中にもコーヒーづくりに掛ける揺るぎない情熱を感じるのでした。

香茶店〝香り不思議発見〟 Vol.110

今年のクリスマスや年末年始は
想いを込めた香りの贈り物はいかが!
香star

初冬に咲く山茶花、これから季節を迎える椿。久留米の市花はつばきってご存知ですか?
一年の締めくくりは想いを込めた香りの贈り物はいかがですか?天年堂ではさまざまな香りのお香を取り揃えています。店内ではサンプルもありますので来店の上お試しください。

tennnenndou20191201.jpg

・凛の香(香り3種)…880円(税込)
・Café time insence…550円(税込)
[さくら&グリーンティ、ロータス&ワイン、カシス&モカ]
・わびすけ(スティック香)…660円(税込)
・セントスケープ(3種)…1,100円(税込)
[コーヒー&チョコレート、ティー&ホットミルク、ユズ&ジンジャー]

むすんで、ひらいて!! vol.67

言葉の遅れ「発達性言語遅滞」
一般財団法人田中教育研究所
幼児心理カウンセラー  野田 鏡子
wakaba20191201.jpg
3歳くらいになっても言葉が出ない、呼んでも振り向かない、このような状態にあると何か障害があるのでは?と、当然、思ってしまいます。1歳前後で歩き始め、人見知りや後追いといった愛着関係もしっかり育っているにも関わらず意味ある言葉を発しない。おもちゃでは一人で遊ぶ、手先も器用。「おててはどれ?」「あしはどれ?」と聞くと、手を出したり、足をだしたりする。しかし、言葉でのコミュニケーションが出来ない。

東京大学医学部付属病院・榊原洋一先生は、こうした発達性言語遅滞についてこう言われています。
「言葉はコミュニケーションの手段だ。発達性言語遅滞の子どもは、自分から相手に自分の意思を伝えるもっとも有効な手段を使わないということになる。ところが、こうした子どもは、人とコミュニケーションを取りたいという気持ちが少ないのではないのだ。自分からは言葉を発しないものの、自分に向けて質問されているという状況をよく理解し、できるだけ答えようという気持ちはあるのだ。しばらく言葉をしゃべらない状態が続く(2~3歳くらいまで)が、ある時、急にしゃべりはじめる、というのが発達性言語遅滞の特徴である。」

自閉症スペクトラムと診断されることが多いのですが、自閉症は生得的な、つまり、生まれつきの脳の疾患です。発達性言語遅滞は障害ではなく、言葉の発達だけがゆっくりしている状態ということです。
私もそういった状態にある子どもの教育・指導をする事がよくあるのですが、本当にこちらが驚くほど急に話し出します。「あ~聞いてたんだ」「わかってたんだ」と感動します。子どもがしゃべらない状態であっても出来るだけ話しかけ、コミュニケーションを取るように心掛けられると良いと思います。

歯は健康のバロメーター vol.32

〜落合先生のお口のお話し〜
むし歯について考えてみましょう2
おちあい小児歯科医院 院長 落合 聡

前回、むし歯には5つの段階があることをお話ししました。今回は、それぞれの段階でどんな治療になるのかをお話ししましょう(病院によって多少違いがありますので、詳しくはかかりつけの歯科医院で確認してください)。
C0はまだ虫歯になっているわけではないので、回復可能な状態と考えてください。したがって、治療ではなく、歯磨きの方法を学習したり、食生活を見直したり、フッ素を用いて改善(再石灰化といいます)をはかる、ことが大事です。
C1からはエナメル質に穴が開いている状態のむし歯ですが、C1の場合は痛みや違和感などはなく、この状態でむし歯の進行が止まってくれれば大きな問題にはなりません。したがって、C0と同様の対応でようすをみることもありますし、C0の場合も含めC1のみられる部分が奥歯のかみ合わせ等、溝の部分である場合には虫歯予防のシーラントという処置を行います。しかし、虫歯が進行しそうな場合には早めに治療となることもあります。その際にはむし歯の部分を削って白いプラスティック素材の材料でつめる治療をします。これをレジン充填といいます。
C2の場合はむし歯がエナメル質を越えて象牙質まで進行している状態ですので、治療が必要になります。この場合もレジン充填で対応することが多くなります。
C3からは歯髄(歯の神経と呼ばれる歯の中身の部分)に達するむし歯になりますので、歯髄を除去して薬を詰めるのですが、この場合には歯質が弱くなってしまい、破折しやすくなるので、奥歯の場合は金属冠で、前歯の場合はレジンでできた冠を装着して治療することになります。
そしてC4は歯が崩壊してしまっているので保存的な治療はできず、抜歯になります。このようにむし歯は程度が進むほど元の状態に戻りにくくなり、また治療の内容も大掛かりになってきます。
できるだけむし歯にならないよう予防を心掛け、できてしまったら早めに治療しましょう、といわれるのはこれが大きな理由の一つです。それでは乳歯の虫歯を放置した場合はどうなるか、次回はこのお話をしましょう。

Home > Archives > 2019-12

Search
Feeds
Meta

Return to page top