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2018-02

歯は健康のバロメーター vol.11

〜落合先生のお口のお話し〜

「こどもがとても歯みがきを嫌がるのですが、

どうすればいいですか?2」

おちあい小児歯科医院 院長 落合 聡

2~3歳、歯磨きを力強く嫌がる場合はどうするか、とても力強かったり、大きな声で嫌がったりして、前回ご紹介した方法~順番を決めて磨く~それすら無理な場合があります。この場合は、口の中を上下左右の4か所に分けて、毎日1か所ずつ磨きましょう。今日は左上、明日は左下、明後日は右下、明々後日は右上。1日に磨くのはせいぜい4~5本です。そう思うとかなりきれいに磨けます。こどものきげんが良ければ2か所、3か所と磨いてもいいですね。この方法のいいところは、どこが磨けているかわかること、毎日全部磨いていたつもりだったけど全く歯ブラシが当たっていない部分があった、がなくなることです。

歯磨きは、今この時期だけすればいい、というような期間限定の手入れではなく、毎日繰り返し、大体9歳くらいまで、小学校3年生くらいまでは大人による仕上げ磨きが必要なものです。したがって毎日の暮らしの中で憂鬱な時間になってしまうと親も子もかなりのストレスになってしまいます。できることから無理のないようにしましょう。

それでも、どうしても歯ブラシで歯を磨くことが難しい、という場合はフッ素入りの歯磨きジェルを使ってみましょう。フッ素濃度が950ppm以上の歯磨きジェルを歯ブラシにとって、毎日できるだけ上下の歯全体に塗り広げてあげて下さい。汚れを落とすことはできませんので、良好な虫歯予防とは言い切れませんが、歯の質を強化することはできます。また歯磨きジェルは多くの場合フルーツの味等、こどもが好む味や匂いがつけてありますので、これをきっかけに歯磨きをさせてくれるようになる子もいます。

歯磨きをするうえで大事なことは、順番を決めること、短時間ですること、嫌な気持ちにならずにできるような方法ですること、そうすれば子も親もお互い楽です。歯みがきはいずれ必ずできるようになります。毎日無理なく少しずつ習慣にしていきましょう。

香茶店〝香り不思議発見〟 Vol.89

春風に誘われて、香りの体験

〜草野上野邸「南山荘」にて練香体験しませんか!〜

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草野の春は耳納の山に久留米椿が咲き誇ります。代表的な椿「正義(まさよし)」はシーボルトによりヨーロッパに紹介され、世界に広まりました。

耳納北麓、草野に江戸時代から代々続く上野邸で、天年堂の練香教室が開催されます。講師は天年堂にて半世紀近く薫物業界に携わり、東京日本橋高島屋など有名百貨店での催事、朝日カルチャーセンターでの講師を務めた、天年堂前取締役木下忍氏が様々な香りを紹介しながら調香します。最後に離れの間でのお茶の時間は時を忘れるくらいゆったりした気分になれますよ。

とき/2018年3月17日(土)

12:30〜15:30

ところ/草野上野邸(南山荘)

講師/木下忍

参加費/4000円

(練香教室+お茶代含む)

コーヒー産地を訪ねて…一枚の写真 vol.106

“2015年 グアテマラ サンタ・イサベル農園”

写真と文 安達  和宏

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2015年3月に訪問した、サンタ・イサベル農園での一コマ。雨の多いグアテマラの東部では収穫したコーヒーチャリーの乾燥に天日干しだけではなく、熱風での機械乾燥を使ったり大きなグリーンハウス(ビニールハウス)を利用し、ハウス内で棚に分けて適切な含水率になる様、乾燥を進めます。このグリーンハウスは雨の影響だけでなく強過ぎる日射しを避ける効果も持ち合わせており、空気の入れ替えで温度と上下4段の棚に豆を置く場所を替え、乾燥具合を見ながら微調整します。それは、何回も検証を重ねられ彼らのノウハウとして積み上げられます。産地では農園や樹々の様子に注目しがちですが、現場で生産者とコミュニケーションを重ねる事で、一見地味な作業の一つ一つに何年も掛けてきた彼らの情熱を知る事ができます。

久留米文学散歩 vol.63

夏目漱石と熊本そして久留米①

文/増原 達也

漱石が池田駅(現上熊本駅)に着いたのは、明治29年4月13日の午後と云われています。迎えに来ていたのは菅虎雄一人だった様です。現在駅舎を出ると前に一米程の漱石立像が建立されています。これが何時建立されたかは知りませんが、多くの人が駅舎に出入りすると、直ぐに見えなくなります。漱石がこの第5高等学校(現熊本大学)に招聘されたのは前任の英語教授ラフカデオハーンが退任した事に依るものです。以後漱石は英国に留学する迄、ここの英語教授を務めています。勿論、中根鏡子ともこの熊本で結婚するのですが、鏡子が父と東京を出たのは明治29年6月4日と云われ、その際彼等に同伴したのは女中一人と伝えられています。そして彼等は6月8日に熊本に着いている様です。両者が結婚式を挙げたのは6月の中旬ですが、漱石と鏡子の記憶には2〜3日のずれがある様です。その時も駅に迎えに出たのは漱石一人であった様です。扨、漱石が着いた際は一人一台の人力車で池田駅から前の坂を登るのですが、その頂上に着くと、熊本市内が半分、一望出来るのです。ここで漱石は虎雄に「森の都だね」と云ったと伝えられていますが、本当だろうかと思われます。何故かというと彼は後日「ネコ」や「坊ちゃん」を書く力量の持ち主です。それに全然遠慮の要らない虎雄です。その上漱石自身も「都会好み」と云って云いタイプの人間です。「何と田舎だ。森や林ばかりじゃないか」だったのではないでしょうか。それに対して、虎雄は「住めば都と云うのだろう。」位の事を云ったと思われます。私も上熊本駅から徒歩でその坂を、現在は「夏目坂」と名が付けられ、相当両側も整備され観光用になってますが、遂最近までは整備されていなく、過去の面影が感じられたと云われています。

くるめ食素材探検 vol.53

見かけるとおおー!ってなるけど

どうやって食べたらいいの部門第一位。

「ロマネスコ」編

文/靏久 格(産直や 蔵肆)

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ロマネスコ、といいますけどカリブロのほうが通じがいいでしょうか。実は、イタリア野菜で「ロマネスコ」って言うのはいくつかあります。ブロッコリーの仲間やアーティーチョーク、ズッキーニにも「ロマネスコ」があるんですよ。ローマの品種って意味でしょうかね。

なんだか大仏様の頭のうずうず(螺髪)のようなつぼみが特徴的ですね。まずはブロッコリーを品種改良しまして、カリフラワーを生み出しました。人間が食べる場所が大きく発達するように、しかも若くてみっしりした部分がたっぷりできるようにしたんですね。これをさらに品種改良をしてカリブロをうみだしました。これは通常の進化ではなく、人間の都合による品種改良ですので、植物側のメリットは何もありません。逆にフラクタル構造でつぼみをつけるという突然変異を抱えているせいで、なかなか成熟できず種をのこせないのです。そのため、あの蕾の固まりができた後、育てていても、花はちらほらとしか咲きません。植物にとってはひどい話です。自然界では生き残れないんじゃないかなあ。ただし、普通は農家さんが丁寧に育てて種を取ってくれるので、次世代を生み出すことができるということです。

調理方法は、カリフラワーやブロッコリーとおんなじ。小房に切り分けるか、手でポキポキ茎を折って分けます。太い茎の部分も厚めに皮をむいて拍子切りなどでどうぞ。ゆがいてもいいですが、水溶性のビタミン群のことを考えると蒸すほうがおすすめかな。シチューやサラダ、天ぷら、ピザのトッピング、パスタの具などでどうぞ。

むすんで、ひらいて!! vol.47

むすんで、ひらいて!! vol.47

「長年、子ども達の指導をして来て思うこと」

①3歳前後の診断はまだ曖昧です。

一般財団法人田中教育研究所

幼児心理カウンセラー  野田 鏡子

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健常児、問題を抱える子ども、先天的な障がいを持つ子ども、さまざまな子ども達と日々接しています。1対1の場合も3~4人でのグループの場合もありますが、1時間座ってじっくり向き合います。向き合うことによってその子の成長が深く見えてきます。導き方もわかってきます。

ある時テレビで、長年大工をしている方が「木を見れば、その木で家を建てると何年位もつ家が出来るか、だいたいわかる。」とおっしゃっていました。どの職業でも経験によって見えてくるものがあると思います。私も最近フトそういう感覚を感じる時があります。

2歳、3歳で「自閉症スぺクトラムではないかと言われました。」「ADHD(注意欠如多動性障害)ではないかと言われました。」と相談に来られる方が最近とても多いようです。

2~3歳の子どもは大人が理解できないような行動をとることがよくあります。

「目が合いにくい」「名前を呼んでも振り向かない」「人と交わろうとしない」「言葉が出ない」「独り言ばかりで会話にならない」等、このような時期に診断を受けると、当然、診断基準からはずれている部分がどの子にも出てきます。では、そんな時、どうすればいいのか。

●目が合いにくければ、顔を近づけて目を見て話しかける。

●遊びにこだわりがあれば少しずつそれを壊し、他の遊びの楽しさを教える。

●言葉が出なければ、話しかけを多くしたり、声が出るような遊びをしたりする。

●パニックを起こす子であれば、穏やかな心で優しさを教えるように接する。

子どもは必ず吸収していきます。成長していきます。

久留米文学散歩 vol.62

筑後川と久留米⑫

文/増原 達也

人の世は移ろい易いのに筑後川の流れは百年一日の如くな表情をしています。天候に左右されて人間が名付けた「災害」を起こす事は何年に一度位はあるにしてもです。それにしても堤防工事やダムの設置等でその数も百年単位で観れば減っているでしょう。早い話が百年を一日の如くに流れていると云う事です。その流れを利用した木材の運搬や米の輸送等も姿を消して久しい。百年も前になるだろうが、筑後川の側に存る久留米市等は「自転車」、「芸者」そして「医者」の町と云われていましたが、昭和30年代後半に「芸者」は消え昭和40年代半ばには「自転車」製造会社とその下請けも姿を消す羽目になっています。そして久留米市の中央に設けた「旭屋」が昭和40年代半ばには「井筒屋」に変わり、平成に入ってその位置に「プラザ」が出来ています。その費用たるやおよそ百六十億円に近いと伝えられ。それでも筑後川の流れの表面は変わっていません。そう云えば「久留米」は「軍都」であり、「太平洋戦争」時には相当多くの兵隊さんが、ここから出征して行ったと伝えられ、多くの戦死者も出しています。その後地へ今度は「自衛隊」と云う「軍隊」と同様の団体が入ってるのです。それが「国際情勢」も存って大きくなる可能性も出ているとか。この川の流れの「水」を利用して「酒」や「米」「農産物」「タイヤ」「靴」等の産業が起こったのは筑後川の流れの歴史から観ると短いものです。

こうして観ると、人間のなす事は気が付かないだけで「人生五十年」が長くして「八十年」単位でものを考えている様です。その単位で人間は「川の流れ」も考えているのかも知れません。併し「川の流れ」は何百年単位か、どうかすると千年に及ぶものなので、筑後川から見れば護岸工事やダム工事等は、流れそのものは「擦り傷」程度の手当にしか過ぎないものの様です。だから筑後川はもっと「利用」してくれ、そして一緒に「遊んで」くれと思って居ると思います。彼が一番喜んだのは「宮入貝」の撲滅だったのではないでしょうか、自分では撲滅出来ませんから。ー終ー

香茶店〝香り不思議発見〟 Vol.88

「春の蔵出し香炉 展示販売会」

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新しい年が始まり、気持ちも引き締まる毎日ですね。そんな気持ちを持続させるためにも、心の安定が大事です。お気に入りのお香を焚き、心地よい空間作りをしませんか?

そこで、天年堂では、長年、有田、九谷など有名産地から直接買い付けた香炉約100点を現品限りで即売致します。価格は1個2,700円から10,800円〜54,000円など。中には人間国宝井上萬二氏の白磁香炉もあります。椿や梅といった季節の花をあしらった香炉で春を感じて見ませんか。

「春の蔵出し香炉 展示販売会」

とき/前期 2018年2月1日〜14日

後期 2018年2月15日〜28日

※前期・後期で展示作品が入れ替わります。

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香炉お買い上げの

tennendo2018002.jpgお客様へ

オリジナル「香炉灰」を

プレゼント。

くるめ食素材探検 vol.52

節分の豆まきに!雑学いろいろ「大豆」編

文/靏久 格(産直や 蔵肆)

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さて、昨年夏にお届けしました「えだまめ」の話題、おぼえてらっしゃいます?もちろん、覚えてないですよねー。私も、自分の書いた原稿を見返しながら書いております。今月の話題はやっと収穫して調整、新しいものが出回ってまいりました「大豆」

大豆は葉っぱが枯れて、鞘も茶色になってから収穫します。このあたりだと十二月初旬、ということは枝豆のときにも書きましたが、そこから乾燥させてA品、B品、C品と仕分けてまいります。大きな穀物業者さんですと「色彩選別機」という大型の機械を使って豆を撮影、色がおかしいものだけ吹き飛ばして選別します。ただ、たまに村内で減反の順番がまわってきて、数年に一度コメの代わりに大豆をつくるんだ、という程度ですと数百〜数千万もする機械を購入するわけにもいきません。簡単な選別機をつかってみたり、手で選別したり。仕事の合間合間にやるんですが、まあ結構な時間がかかります。

さて、豆といえば節分。最近では豆じゃなくて殻付き落花生を撒いたりするそうですが、やはり古式ゆかしく大豆でまいりたいものです。歴史をしらべてみると、平安時代に「季節の変わり目には鬼がやってくる」という信仰があり、それを追い払うために「追儺(ついな)」という宮中行事があったそうです。それが庶民におりてきて今の形になったそう。

そもそも鬼や妖怪などは数を数えるのが大好き。豆をぶつけて追い払う、のではなく豆をばらまいてそれに気を取られているスキに逃げる、ということなんです。もったいないから後で拾って食べるんだ、落花生が衛生的でいいよね、なんて狭い了見で伝統行事をしちゃあいけません。そんな値段もしないんですから、ぱーっといきましょう。ちんまりやってますと、すぐに数えられちゃって鬼がきちゃいますよお。狐に眉毛を数えられると化かされる、だから眉に唾をつけて数えられないようにする、なんて伝承が「眉唾」の語源です。この数えなきゃ、という性分、どうも洋の東西を問わないようで、吸血鬼なんかもそうらしい。東欧では今でも棺の上に箒を置いて埋葬する地方もあるとか。ほうきの刷毛目を数えちゃってるあいだに、夜が明けるといった算段でございます。以上、昨年夏からの伏線をやっとこさ回収できました。いやあ、つるちゃんもマメだねえ、と落ちをつけて来月にまいりたいと思います。

コーヒー産地を訪ねて…一枚の写真 vol.105

“2006年 エルサルバドル モンテシオン農園”

写真と文 安達  和宏

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2006年3月に訪問した、モンテシオン農園での一コマ。今月は、随分以前の写真を引っ張り出しました。

このコラムの初回「コーヒー産地を訪ねて…一枚の写真vol.1」(2009年4月号)での写真も、同じモンテシオン出張で写したものでした。2005年に我々買付けグループが、”クリスマスプレゼントで贈った資金”を奨学金として使い学校へ通った子供達です。。。10年以上前の事ですから、もう立派な大人になっているでしょうね。

この1月に「TEDxFukuoka」というイベントで登壇し『コーヒー豆買い付け話』するにあたり…コーヒー買付けと自分の歩みを振り返ると、様々の場所で沢山の想い出もありましたが、その原点はここに在った様に思います。

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