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2014-02

くるめ食素材探検 vol.5

大豆編  「バレンタインデー ? いえいえ節分です。」

文/靏久 格(産直や 蔵肆)

syokuzai-201402.jpg お正月が過ぎ、はて今年は平成何年だっけと毎日カレンダーを確認しております。

二月の食材は節分、ということで大豆です。バレンタインデーだしチョコじゃなくて?いや、そのあまりご縁がなかったもので。

節分には大豆をまいて「福は内、鬼は外」と邪気をはらうわけですが、これいつくらいから?なんと宇多天皇の時代からといいますから1100年超の歴史を持つ伝統行事でございます。ちなみに「厄」などの区切りも節分でございます。お正月すぎて安心しているそこのあなた、ご注意を。

国産大豆の生産量は23万トン。一方輸入大豆の量は434万トン(平成17年)輸入量の7割は大豆油に、残りは味噌、醤油、豆腐などの食材に。日本は貿易国でございます。ちょっと前までは車の輸出をして、帰りに大豆を積んでくる、と。NZあたりだとカボチャだったりもします。これがほんとの豆知識。

大豆は身持ちの固い穀物でございまして、いわゆる「交雑」が起きづらく、隣に別品種を植えていても問題ありません。だもんで「誰そればーちゃんちの大豆」というような、ばーちゃんが自分とこの畑から種を取って残しているような固定種が地域ごとに残っていたりします。また、味噌、しょうゆ、豆腐、湯葉をはじめとする食材に変身、日本食とは切っても切れない関係ですね。女性に嬉しい「イソフラボン」というポリフェノールも多く含んでいます。ぜひ毎日の食事からとりたいものです。ただ、輸入大豆の多さから日本食なんだけど産地の大半は外国産、というちょっと悲しい現実も。ぜひ、国産の大豆を使った食材を選んでください。朝倉産の大豆と耳納山麓の湧水をつかった「お豆腐や 凛」さんのお豆腐、オススメですよ。

コーヒー産地を訪ねて…一枚の写真 vol.57

“2011コロンビア ウイラ ピタリート Los Nogales農園”

写真と文  安達  和宏

coffee-201402.jpgRecaurte Hernandezさんと

コーヒー豆の在庫表にRicaurte=リカウルテさんの名前の付いたロットをみつけました。2005年のコロンビアCOEで見事第1位を受賞したロス・ノガレス農園の農園主であり、地元ピタリート地区の生産者共同組合カフェアンディーノでは主要メンバーとして活躍し、このコラムのVol.8でもご紹介した事のあるリカウルテさん。彼の突然の訃報に接したのは去年の3月でした。自分の農園へ行く途中何者かに襲撃され殺されたというのです。あまりにもショッキングな事件に只々絶句してしまうばかり...治安の悪い生産地では時折り耳にする惨事ではありあすが、その当事者の存在を知る場合の衝撃は言葉になりません。その後、残された家族で農園を守られているとのこと、その買付けたロットにRicaurte Herunandezの名が入っていたのです。その柔和な表情に家族を想う優しさと刻み込まれたシワにコーヒー栽培の厳しさ情熱を感じます。あなたの魂は永遠にLosNogalesに受け継がれることでしょう。

香茶店“香り不思議発見” Vol.40

「筑後平野に吟醸・香が漂う!」

香star 天年堂  稲生宗司

この季節、新酒の便りが届きます。久留米も日本で有数の酒処。米、麹、酵母と水、そのシンプルな素材からあの馥郁たる味と香りが生まれるのですから不思議です。なかでも吟醸酒の香りは「発酵」という営みの中で誕生します。お米のデンプンが糖化され、その糖を酵母が食べるときに出す香りで早く言えば酵母の「オナラ」なんです!香りの成分は主にカプロン酸エチル(リンゴ様の香り)、酢酸イソアミル(バナナ様の香り)などフルーティな香りの主成分です。吟醸酒を女性の化粧に例えば、香りが強すぎると「厚化粧の酒」、ほのかな香りがするものを「薄化粧の酒」と表現するとか。私の知り合いの酒屋で大変フルーティ(リンゴ酸を生み出す酵母)なお酒を造っていて、女性にはオススメです(もちろん薄化粧タイプです)。心地よい香りはお酒もお香も同じです。

なぜならいい香りは人を「酔わせる」からです!酒好きの稲生の呟きでした。

久留米文学散歩vol.14 夏目漱石編(13)

文・絵/増原 達也

※次号からは、檀一雄編に入ります。

bungaku-201402-1.jpg 是公がロンドンで漱石の処に何日居たかは遺っていませんが、多分9月だったとおもいますが、

「漱石発狂説」

が流布され、直ぐに帰国命令が出ています。彼は永日小品には、明治35年12月5日英国を出の如く書き遺していますが、実際は同年11月7日に英国を出発しています。

bungaku-201402-2.jpg 処が彼は帰国命令が出た後に「スコットランド」に約10日の旅行をしています。一説では英国の知人に招待された事になっていますが、残念だが当時英国にそんな友人は居ませんでした。そこで推察出来るのが、是公の資金提供です。同35年3月に是公が漱石に逢った際、余りにも、また精神状態も不安定になっていた為、台湾に帰国後、文部省に「漱石発狂」の電報を入れると共に、亦このままでは本当に彼は発狂しかねないと思ったのでしょう。是公も東大出身の高級官僚でもあった為、文部省にも「ツテ」は多く存ったと思われます。だから文部省は即座に対応、漱石に帰国命令を出しています。勿論、帰国にあたっての費用は国が負担するようですが、英国最後の旅行費用までは含みません。それでは何処から出たかと云えば是公しかありません。これと同様な事が「満韓ところどころ」です。

スコットランドの「ピトロクリ」と云う渓谷に行っています。この時の事を彼は「永日小品」で「昔」と云う題で文章にしています。何でもこれは朝日新聞に一回分のエッセイとして当時掲載されたようです。余談ですが彼が英国滞在中、領事館(日本)の仕事をした事があります。それが4ポンド4シリングだったそうで、当時の邦貨では50円相当だったようですから、彼が日本から支給されるのが月にすると壱百五拾円程です。当時としては彼は助かったようです。そして帰国するのですがその時の身形は英国一流の物だったそうです。これも是公のおかげだったのでしょう。今回はこれで筆を置きます。

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