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2013-11

コーヒー産地を訪ねて…一枚の写真 vol.54

“2013ブラジルCOE審査会 カルモ デ ミナス”

写真と文  安達 和宏

coffee201311.jpg2013年10月6日 ブラジル カルモデミナス地区 Sitio da Torres農園にて

ブラジルCOE審査会の合間に毎年買付けている、カルモデミナスのシティオ・ダ・トレ農園を訪問しました。ブラジルのイメージは、コパカカーナではありませんが暑いと思われがちですよね。でも、コーヒー産地は標高も1000m以上で結構涼しかったりするんです。地球の反対で季節の関係もありますが、この日は想定外の寒さでした。それに反して、生産者やエキスポーターの皆さんのココロはとても熱いですよ。表彰式の夜、COEに長く関わられている審査員の方が10年位前の表彰式の様子を感慨深く語られてました。当時、まだ産地としては無名だったカルモデミナス地区の生産者は同じ装いで会場の後方に陣取り、仲間の生産者が入賞すると大騒ぎしていたそうです。その頃は、まだ下位の入賞ばっかりだったそうですが、ここ数年は品質向上の努力が実りその半分以上をカルモデミナス地区で占め、しかも上位に入賞しています。そして今年の審査会は、初めてカルモデミナスで開催されたのです。『人に歴史あり』と云う言葉がありますが、この場合、『産地に歴史あり』とでも申しましょうか!写真は、カルモコーヒーの品質を向上させ世界に拡げている一人Jaquesさん。カゼにもマケズ記念写真撮りました。今年のブラジルもヨカですよ〜ご期待下さい!!

香茶店“香り不思議発見” Vol.37

「煙は、クンセイ(臭い)か?」

天年堂  稲生宗司

tennen201311.jpg 私が好きな60年代のポップス、「マンチェスターとリバプール」はスモッグだらけの故郷を感傷的に歌っている。米国では「煙が目にしみる」。

我日本では、「日本書紀」で仁徳天皇が「民のかまどは賑わいにけり」と税を免除したことで功を奏したことを記述されている。

古代の人々は、神々を崇めて煙と共に立ち上る香りに神秘を感じた。仏教だけでなくキリスト教でも、提香炉というものに、香木を入れて燃やし振りながら煙を拡散させ信者を祝福する。

日本には「香道」という世界最古の儀式がある。これは、香木を儀式に合わせ焚くものだが、その働きは、気持ちを落ち着かせ、また、薬として滋養強壮・媚薬である。

久留米文学散歩 夏目漱石編(11) 其の壱

文/増原 達也

bungaku201311.jpg 漱石は結婚後、直ぐに鏡子との隔りを感じとっていた様です。それが、

「俺は学者で勉強しなければならないのだから、お前なんかに構っていられない。それは承知して貰いたい。」(漱石の思い出)

と宣言しています。

鏡子は深い意味には感じ取っていないようですが、漱石がこの事を口にするのは、相当の覚悟があったようです。離婚になろうともやむをうぬ、位の気持ちはあったと云う事です。鏡子自身も書き遺していますが、朝の早起きが出来ない。だから漱石は最初(新婚早々)弁当を持たずに学校(五高)に行っています。次は話し相手に全然ならない。之は漱石の勘違いもあったようです。何故なら現在で云えば高級官僚の子女だから、それ相応の話し相手にも、と思っていたようですが、これが全然駄目だったのです。それに鏡子自身は漱石が死ぬまで、自分を磨いた形跡が全然ありません。鏡子自身も言い遺していますが、結婚する迄は買い物も自分でした事が余りなかった程です。実父が貴族院の書記官長と云う重職にあった為、結 婚する迄は10人ほどの女中さんに囲まれていた位ですから。

次は夜の営みの方ですが、この事は誰も書き遺していませんが、彼自身は可成りの兵であったようです。予備門からの友人で中村是公という人が居ますが、彼とは死ぬ迄交際があり、この人物とは金銭も同じにした事があります。亦狩野亨吉にしても大の友人ですが、この人物の女性遍歴は語り草になる程です。

そんな友人と5年も10年も交際があり、金銭も共有する間柄でもあったのですから、その道を知らぬはずがありません。だから是公は明治35年3月にロンドン迄漱石に逢いに行っています。漱石は是公にロンドンの街中で偶然に邂ったと「変化」には書き遺していますが、信憑性は相当低いでしょう。

くるめ食素材探検 第1回前編

「幻・・・になりつつある食材、そして幻になった食材」

文/靏久 格(産直や 蔵肆)

tanken201311.jpg 「まぼろしの」と仰々しいタイトルですが。最近ですと、イベントやチラシの惹句で多用されて手垢のついた感のある言葉ですが。

「朝倉スイゼンジノリ激減 地元老舗、廃業の危機」という報道が先日ありました※1

え?スイゼンジノリって熊本やろーもん、ちゅうそこのあなた。半分正解。熊本の水前寺公園の池で発見されたのでその名前となっておりますが朝倉にもあるんですよ。で、実は久留米市国分町、そう、うちのお店から歩いて5分のところでも栽培してあったんですよ、スイゼンジノリ。私が幼稚園のころまではふかーい井戸みたいな栽培地が広がっていて、近づくのもえすかった覚えがあります。まあ、その話はおいおいと。

伝わるところによると、筑前国下座郡(現在の福岡県朝倉市屋永)に沸き出でる清泉『黄金川』

宝暦十三年三月(1763年)、祖先である遠藤幸左衛門共易はその流れの中に青紫色の苔を発見しました。

その苔を口に入れたときの感想をこう述べています。

『香味雅淡なるを以て必ず用うる処あるべし』

古処山系、秋月の山々からの湧き水を源流とする長さ約2kmの清流「黄金川」、ここで発見されたスイゼンジノリはほかの川に移植しても育たないほど環境に敏感なものです。もちろん清流ですので、ほかの藻や川草にとっても最高の環境です。スイゼンジノリを採集したあと、再度手作業にて丁寧にえり分けていきます。作業を拝見しましたが、そりゃー根気のいるもんです。これを板海苔状に加工したものが「壽泉苔(じゅせんたい)」という商品名。ハートや桜にかたぬき、水で一時間ほど戻してお吸い物などに使われるそうです。この加工も一部工程では動力がはいったり、竹がプラスチックにはなっていたりしますけど、昔と変わらない風景のまま作業をされています。

さて、前段で「スイゼンジノリはほかの川に移植しても育たないほど環境に敏感」と書きましたが、半分嘘です。実は、うちの近所、国分町でも栽培されていました。地元の方の書き残しによると、天保年間といいますから約180年ほど前でしょうか。仏事の献立表に記録が残っているそうです。※2 「清水苔」を朝倉の金川から持ってきて、近藤のばあ様が一生懸命世話しとらした、今では(昭和40年代半ば)取れんごつなってきたけん、一部埋め立ててしもうとる、そのうち無くなってしまうだろう、とありました。やはり周辺の宅地化にともない、水質の悪化を招いたのでしょうか、「苔田(のりだ)と呼んでいた一角は昭和50年代半ばには埋め立てられ住宅地となりました。この国分一帯は高良川の伏流水でしょうか、水資源が豊かです。自衛隊南西の角「北島」信号付近には石碑があったり、近所の白川公園の下には巨大な貯水槽があったりもします。

いずれにせよ、久留米市国分町で栽培されていたスイゼンジノリは環境悪化により消滅しました。そしていま、その源流である朝倉のスイゼンジノリも、消滅の危機にさらされています。(つづく)

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