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2012-12

久留米文学散歩 夏目漱石編(1)

文/増原達也
souseki_201301.jpg 夏目漱石が久留米に来たのは二度で、他に通過、若しくは立ち寄ったのは数度あるようです。
この二度の一度が明治三十年三月二十七日で翌日二十八日には高良山に登り発心公園まで行き、俳句を詠んでいます。その数十一句程になっているのですが、久留米若しくは筑後地区の固有名詞の入っているのは三句だけです。

高良山「一句」
石燈や 曇る肥前の 春の山
菜の花の 遥かに黄なり 筑後川
筑後路や 丸い山吹く 春の風

「石燈や・・・」の分に「高良山一句」と前句が入っているのと「・・肥前の春の山」は、高良大社前の広場から展望がきく佐賀の九千部と背振山系です。そして発心公園にいくのですが、この事は明治三十年四月に書簡(手紙)で正岡子規に知らせています。その文が、
「・・今春期休に久留米に至り高良山に登り夫より山越を致し発心と申す処の桜を見物致し候・・」と書かれています。
これが後に漱石が耳納連山を縦走したという「伝説」になったようです。この手法は魏志倭人伝時代から現在も続いています。事実が曽遊になった際には困難が楽しい思い出になるのです。只漱石は嘘を書いたのではありません。大社第二鳥居から徒歩で登り「大社に詣で・・」、追分の方に下ると、「・・山越えを致し発心・・」と云う事にはなります。
魏志倭人伝もそうですが、報告する相手が日本に行く事等は皆無です。それなら大変苦労した事が「オーバーな表現」になっても不思議ではありません。彼の場合、相手が子規で、この頃はすでに子規は「床」から離れる事に苦労する時期だったのですから、子規が彼の道程を検証するなど、考え知れないことです。手紙とか報告書等と謂う物は、そのような物のようです。

コーヒー産地を訪ねて・・・一枚の写真 vol.44

“アメリカ ポートランド coava coffee”
写真と文  安達和宏

coffee_201301.jpg 2012年11月にSCAJ(日本スペシャルティコーヒー協会)のロースター視察ツアーで訪問したアメリカ オレゴン州ポートランドのコーヒーショップcoava coffeeです。元は家具工場という店舗には、作業台や作業機械などをテーブルに再利用しユニークな空間を醸し出しています。実は4月にも個人的に来ていて・・・『俺はここ来た事あるぞ〜』と、ちょっと知ったかぶりしておりましたら・・・その時は写真にもある焙煎機でローストしていたのが、今回は隣接した場所にこれよりも大きいマシンを導入し焙煎作業していました。肝心のコーヒーもその時より美味しく頂けます〜ほんの半年で進化したその姿を実感させられました。 お客さんの笑顔を見ながら、思わずわたくしも・・・『現状に満足せず日々前進せねばイカンバイ!』と、刺激を受けたポートランドでの一コマでありました!

香茶店“香り不思議発見” Vol.27

「お香初め」
天年堂  稲生宗司

tennendou_201301.jpg
「正月一日、四方拝と云うことは、元旦寅の刻に天皇、蜀星を唱へさせられ、天地四方山陵を拝し給ふて、年災をも拂ひ、實祚をも祈り申さるる儀にて侍るにや。清涼殿の東階の前、砌の外に御屏風を建てめぐらし、その中に穏座三所を設け、その前に白木の机を置て、香・華・燈など供へ、此所にして御拝の儀式あり、」(公事根源・四方拝より)
任明天皇承和年間、宮中に始めて御香所を置かれ、八條宮本康親王を御香所預りに任ぜられた。又、醍醐天皇の延喜年間には、滋井右大辧公中卿が御香所預に任ぜられ、その後文亀年間に三条西実隆卿が御香所預を拝命された。
香木が我朝に渡来して、凡そ八百年、供え香・空香を基礎として焚香の式は滋に一大躍進を示し、遂に日本独特の芸道となった。(香書:一色梨卿)※この三条西実隆が香道の祖であり22代目が私の先生であり、今上天皇陛下の従兄弟。※

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