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2010-02

これが自分スタイル-天に昇る龍のように私もとことん昇っていきたい

天に昇る龍のように
私もとことん昇っていきたい

nakamura_02_1.jpg中村 龍広 さん

【PROFILE】なかむら たつひろ(57歳)
1952年生まれ。久留米市荒木町出身。筑後市在住。5年前に脳梗塞で倒れ右手が不自由に。2年程前から火曜、土曜に『いきいき野中デイサービスセンター』にリハビリに通い、昨年6月から左手での絵に挑戦。

 「中村さん、一緒に描きましょうよ。大丈夫、左手で描いたらいいんですよ。絶対描けるから」
 『いきいき野中デイサービスセンター』主任の佐藤さんのその言葉で、再び鉛筆を握った中村さん。
 「時間はかかったけれど、久しぶりに絵を描けて嬉しかったです。出来上がった時にはスタッフの皆さんがすごい!と言ってくれて嬉しかったです。続けて下さいよと励ましてくれました」
 左手で初めて描いた花菖蒲の絵は、とても色鉛筆とは思えないほど色鮮やかで細やかな柔らかさがあった。
「庭に咲く花菖蒲を見て、この花ええなーと思い写真を撮って描いたんです。出来上がった絵をスタッフの方々に褒められ、左手でも描けるんだと自信ができました」
 中村さんは、中学の頃から絵を描くのが大好きだった。とくに似顔絵の水彩画を得意とし、描いて人にプレゼントするのが好きだった。「おまえ、美術学校に行けや」と、先生に言われたほどだったが、家庭の経済的な理由で断念し、それでも趣味で描き続けた。
 五年前、仕事中に脳梗塞になり倒れる。その後、当時住んでいた山口から久留米に戻り、妹さんの家に住んでリハビリに励んだ。「右手が動かないから絵を描くのはだめだ……」。趣味で描くことさえ諦めた。
 昨年から一人暮らしを始め、一人で静かに過ごす時間も増えた。そんな時だった。右手でなくても絵は描けると、佐藤さんをはじめスタッフの方が声を掛けてくれたのは。
 「右手では何でもないことが左手では難しいんです。絵を描き始める前に、まずは左手で線を書く練習を一週間ぐらいしました。左手で絵を描くと、描いた線が手で隠れて見えないんですよ。色を塗る時は消しゴムで消せないので失敗はできない。線からはみ出さないように、息を止めてゆっくり時間をかけて塗っていきます。絵の具と違って色鉛筆は色が薄く、濃く塗るためには力を入れて塗らないといけなくて手が痛くなります。すぐ鉛筆の先が丸くなり頻繁に削がねばなりません」
 一枚の葉っぱを描くにも二~三時間かかるという。少しのはみ出しもブレもないよう心は左手に集中。「絶対に失敗したらいかん、絶対に仕上げんといかん……」。そう思う一方で、なかなか思い通りに描けない。イライラする時は休憩しながら。けれどまたすぐに描きたくなるという。
 「絵は自分にとっては挑戦です。描き上げないと許されない一つの意地です。失敗したらすぐ破り、一つを仕上げるのに二~三十枚破ります。たとえ色まで塗って半分以上出来上がっていても……。何度破ってもそうまでしても描くことを諦めないのは、自分が絵を好きだからでしょう。その気持ちを何年振りかに思い出させてもらったからです。絵を描く時は、他のことを一切考えないでいいので心が楽になります。これまでの辛かったこと、困ったこと、病気になったことも描き始めたら関係ないんです。一つの絵が仕上がった時、自分の一つの挑戦が終わったなと思いますね」
 一つ乗り越え、一つ作品が出来上がる。絵を描き始めた昨年の夏から、作品は五枚に及ぶ。中村さんの自分への挑戦は続く。

挑戦を支える思い

 十二月には、同センターの協力により津福郵便局にて個展を催した。
「自分の絵が飾られるなんて。とても嬉しかったです。訪れた人の感想を読んだら涙が出ます」と、感想が書かれたノートを開きながら、中村さんの目は潤んでいる。「励まされました」「感動しました」と、ノートに綴られた言葉。彼の中での『挑戦』である絵の向こうに、必ずあるのは人への思いだった。
 「病気になって涙が出やすくなったように思います。病気の自分は到底相手にはかなわないという惨めな思いや、小さい頃からの辛かったことが浮かんで涙が出てくるんです。そのため、人と話すのは好きではありません。けれど、今回の個展で自信ができました。再び絵と出会えて本当に嬉しかったです。佐藤さんやスタッフの方々が勧めてくれなかったら、もうずっと絵を描くことはなかったでしょう。皆さんに出会えて感謝しています。私の絵を見て誰かが喜んでくれたらそれでいいんです。同じように障がいを持った方達が、私の絵を見て『よーし、僕達も描こう!』と思ってくれれば嬉しいです」
 そう言って、中村さんは一番好きだという龍の絵を膝に抱える。仕上がるまでに一ヶ月かかったという。
nakamura_02_2.jpg 「この龍の絵が一番気に入っています。雲の中を舞い天に昇る龍の姿が好きです。私もとことん昇っていきたい」
 中村さんの名前も龍。吸い込まれるようなピンクや黄色の明るい色彩の中を二匹の龍が雄雄しく舞っているその絵は、全てを受入れ進もうとする希望に満ち溢れていた。

文/森 志穂
写真/小原 亮

「楽家事」ってECOかも♪ vol.14 圧力鍋

さと子ママ(日々の生活や育児をシンプルにラク~に楽しむ1児の母)

rakukaji_02.jpg その昔、ナポレオンが遠征に圧力鍋を持参したことで当時一躍注目を浴びたそうですが、現代の皆さんは圧力鍋使っていますか?使っている方は「便利ヨ!」使われない方の中には、怖いという声をよく聞きます。
 調理時間が2分の1になるといわれることや、玄米・根菜・豆の下ゆで・豚の角煮のように固いモノに威力を発揮してガス代の節約になるのはよく知られていることですね。
 私は、玄米ご飯・蒸し物・パスタを茹でる(もちもちします)・フツーにカレー、シチューを作る時などフルに使っていますヨ!
 我が家の圧力鍋は表面がステンレスなので、そのままカレールー(圧力鍋には粘性のあるものは入れちゃダメ)などを入れちゃうと食事が終わってから鍋を洗うのが大変なので、野菜・お肉等に圧力をかけ終わったらテフロン加工の鍋やフライパンに移し変えてからルーを入れます。カレーやシチューの後も簡単に洗えますし、鍋底にこびりつかない分、最後まで食べれます(笑)
 なんといっても圧力鍋を使う事でガス台周辺が汚れないので、来客があっても安心です♪
 何か料理に使おうとして朝、豆を圧力鍋で下ゆでして置いていたら、いつの間にか家族に食べられてしまい、朝食前に無くなることも多々あります…。私の豆の下ゆでの方法は一晩(8時間程)乾燥大豆を水につけ、水切りして分量の水(圧力鍋によって違うみたいです)を圧力鍋に入れます。ここでポイント!ひとつまみの自然塩を入れて圧力をかけます。圧力がかかってからの時間は圧力鍋によって違うみたいですが、我が家の鍋は錘が振れてから弱火で1分、余熱調理します。ひとつまみの自然塩を入れることによって大豆の甘さが際立ってとっても美味しいです♪
 圧力鍋の事故も起きてる事実もあります。必ず取り扱い説明書をよく読んで安全に使って下さい。

旬Cooking今月の料理白菜漬け

米米くらぶ現代食生活塾
鬼塚 ユキ子

今月の料理
白菜漬け

shun-cooking_02.jpg どんなご馳走も三日も食べればなんとなく飽きてきて、さっぱり、シンプルな熱々の炊き立てのご飯と、味噌汁や漬物が欲しくなってきますね。日本人なら、毎朝のご飯と味噌汁・漬物は定番の献立でしたが、長い間の減塩運動で、だんだん食卓から消え去ろうとしているのは残念なことです。今は本物の自然塩が手に入ります。白菜も一番寒い時期の今が甘くておいしい時です。かさばる白菜ですが、一株を洗い桶などを利用して漬けると簡単に美味しい白菜漬けを楽しめます。漬物は長く置けば、酸味が出てきて乳酸菌も増えてくる、究極の生野菜料理です。
 是非、良い塩で白菜漬けにチャレンジして下さい。ご飯が進むこと間違いなしです!

「白菜漬け」の作り方
1.白菜一株は外葉2~3枚をはがし、根元に切り込みを入れながら、手で裂き、4~6等分にする。水洗いし、水気をきる。
2.ザルに切り口を上にして並べ、風通しの良い日当たりで3~4時間干す。
3.白菜の重さの3%の塩を用意し、容器の底に塩を一振りし、株元に塩を良くすり込み、白菜全体にも塩をすり込みながら、葉先と根元が交互になるようにきっちりと詰め、落し蓋をし、白菜の2倍の重しを載せて漬け込む。
4.水気が上がり、白菜がしんなりしたら、卓上漬物器やホウロウ容器に漬けなおす。唐辛子や細く切った昆布を入れ、残った漬け汁をヒタヒタに回しかけ、重しをする。食べる分だけ取り出す。

銀のすぷーんの 筑後平野 旬だよりvol.30

石橋文化センター楽水亭オリジナル「白梅」(はくばい)

hakubai_02.jpg 石橋文化センターさんにて1月23日から開催されている「第1回石橋文化センター梅まつり」にはもうお出かけになりましたか?楽水亭さんでは梅をイメージしたケーキが登場しています。文化センターさんの発案で銀のすぷーんが開発した限定のオリジナルケーキです。
 八女郡立花町で収穫された青梅と、米焼酎に漬け込んだ完熟梅が出会ったコンフィチュール(ジャム)を、ホワイトチョコレートのムースでふんわり梅の形に包みました。まろやかな甘さの中に、梅の香りとさわやかな酸味が広がり、春を感じさせる新作ケーキです。今しか味わえないプルプルさわやかな食感の「白梅」をぜひお見逃しなく!

取材協力/銀のすぷーん

スパイスな食育vol.39 「2010年の幕開け」

supaisu11.jpgスパイスハウス吉山  吉山 武子
TEL.0942-34-4327

 2010年元旦。夫と二人だけの静かなお正月を迎えました。
 リーン♪大阪の孫から『あけましておめでとうございます』の挨拶の電話でした。お陰様で孫は1月で5歳となり、5月にはお姉ちゃんになります。益々おしゃまになり、私も顔負けするくらい会話の内容をしっかり理解し、流暢な大阪弁で元気一杯に色々楽しくお話が出来ます。スゴイなあと感心するばかりです。最後に『おじいちゃんは?』とラブコールをして終了となります。おじいちゃんが大好きのようです。
spice_image.jpg 1月15日、スローフード協会筑後平野主宰による『吉山武子の~インフルエンザなんか吹っ飛ばせ~スパイス&ハーブで免疫力up』と題して講演させて頂きました。寒い中16名の参加者をお迎えして、楽しく笑いの渦の中あっという間の2時間でした。講演のなかで、久留米の街の活性化のために1人でも多くの皆様にウォーキングかたがた出掛けていただき買い物をして下さいますようお声かけも致しました。終了後は生徒さん達と休憩をかねて『茶望 光富久』で心配りの効いた美味しいランチを食べながらおしゃべりに花が咲きました。『参加して良かったー』『楽しかったー』『ためになったー』と労いの言葉も頂き疲れもふっとんでいきました。
 帰路、色々な店をウインドーショッピングしながら、街中道の駅美郷(地元の農産物直売所)で思い思いの食材を買い求め、『風邪に気をつけて。又会いましょう。』と声を掛け合いながら我が家へ到着しました。
 御参加下さいました皆々様、本当にありがとうございました。感謝。

ハーブの薬理効果を使って『ハーブオムレツ』
1.卵を3~4個割ほぐす。
2.ハーブミックスソルト(又は海塩+ドライのバジル、オレガノ、ローズマリー少々) をぱぱっと卵に入れる。
3.緑黄野菜を粗みじんに切りオリーブオイルと自然塩少々で炒め、冷まして卵に加える。
 ※あればチーズも入れる(カルシウム源)
4.ボールに1~3を入れフライパン(テフロン)に流し込み、周りが固まってきたら お皿に返し、片面も滑り込ませて焼く。あつあつを召し上がれ!!

ラーメン今昔物語 127 「嗚呼、見タクナキコト」 ラーメン屋のHK

  五十年も生きると、見たくないものばかり見せられます。先日、あるファミリーレストランでのこと。僕が隣のテーブルを何気なく見ると、若い女性が片膝を立て、その膝に右手の肘を乗せて食事をしていました。ずり下がったジーンズからはパンツのゴムまで見えて(見せて?)います。その正面の母親らしき年配の女性は、くわえタバコでぼんやり外を眺めていました。この光景を見て、僕は思いました。「この国の行く末を憂う」というより「この国の病気はすでに末期だ」と。この親子の姿は、戦後日本の象徴です。
 アメリカ製の自由と個人主義がこの国に押しつけられて、わずか六十年でかつての世界に誇れる日本人の品格は、完全に地に落ちてしまいました。身に美しいと書いて躾「しつけ」という、この美しい言葉も、その観念も、この母親には無いのでしょう。ああ、見たくなかった。「厚化粧をしてレオタードで踊る小沢一郎」と同じくらい見たくない光景でした。
 もうひとつ、「毛の生えた肉だんご」と同じくらい見たくも聞きたくもないことが僕の身近で起きました。それは書きたくもないことなので書きません。
(2010年2月)

◆バックナンバー  http://www.taiho.net

B級グルメの聖地くるめ 「久留米豚骨カルビっ隊!」

B級グルメの聖地久留米
研究所所長
豆津橋 渡

website http://b-g-q.net/    
e-mail info@b-kurume.com

前回、久留米の骨付きカルビの応援団を作ろう!と有志を募集しましたところ、応募者を集めて、1月某日に結成会を開きました。このときのメンバーはわずか4名でしたが、みんな大の久留米好き。まるでジュージューと焼けるカルビ肉のように、熱い議論が炸裂したのでした。そして結成、その名を「久留米豚骨カルビっ隊!」。若き隊長=長崎県出身バリバリの営業マンで3児のパパ「GO」。Laboratory Chief(通称:ラボ長)=現役のドクター「陽博士」。広報部隊長=カフェオーナーの「Masa」。そして事務局として私。某六ツ門町の有名店で豚骨カルビをかじりながら、各自のミッションを遂行することを誓ったのでありました。
 「久留米豚骨カルビっ隊!」は、隊員を募集しています。
 入隊資格は、
1 、久留米及び筑後地方が好き。
2 、食べることが何よりも好き。
3、話すことが好き。飲むのが好き(未成年者・下戸の人は飲まなくてよし)。
4、楽しいことが好き。面白そうなことが好き。
5、目標に向かってアクティブに行動でき、ボランティア精神もある。
 以上。
 日々の活動は、豚骨カルビはもちろんのこと、地元の美味いモノを探求すること。あとはそれぞれの所員が好きなことをやって楽しみましょう、というユルイ集まりです。当面の課題は、「久留米豚骨カルビMAP」を作ることですかね。
 入隊希望・お問い合わせ等は随時Eメール(galbi@b-g-q.net)で受付中です。

※「久留米豚骨カルビ」…一般に骨付きカルビというと牛のアバラ骨の間の肉のことだが、久留米では「豚の骨付きカルビを甘辛いタレを絡めて焼いたもの」を指すことが多い。久留米特有の「食の方言」の一つ。

問い  FAX 0942・30・9917
Eメール info@b-g-q.net

ナイスシニアになろう!vol.80生活習慣病の予防〈その4〉

「40歳が厄年?…身体の点検をしよう」
特別医療法人 理事 吉永 美佐子

久留米市日吉町115
電話:0942-35-2725/FAX:0942-31-1318

40歳と言う年齢は、人生で初めて「もう若くないかも…」と意識する年頃と言えます。昔から数え年の42歳は男の大厄といわれ、何かと災難にあうことが多いとされています。平均寿命が伸びて、栄養状態が良くなり、歳の取り方もずいぶん昔と変わったとはいえ、40歳は年齢的には健康面でも節目の歳と言えるでしょう。この年代は社会的にも重責を担うことが多く、多忙で、仕事や家庭でも経済的負担も一番大きい時期です。しかし一方で、高血圧や心臓病などがひそかに身体をむしばみ始める時期でもあります。「もう若くない」と実感したら、検診を受け、自分の状態を知り、健康生活を見直す必要があります。男女に係わらず、一度自分の生活を客観的に見ましょう。運動不足ではないか?休みはちゃんととれているか?ストレス解消はできているか?本人のみならず、周囲から指摘してあげることも大切です。どうせ長生きをするなら、いつまでも健康で、若々しく人生を楽しみたいものですね。

住まいば考えよっ隊 Vol.38 住宅ローン支払いの話

http://blog.kurumenokenchikusi.com/

  住宅ローンの支払いが困難になり、自宅を競売、任意売却で手放す人「急増」と暗~い、怖~い話を新聞、テレビでよく目にするようになりました。これは、それを回避したある堅実な30歳代の青年の話です。
 数年前のある日、お金が無いので破産しないといけないのでどうしたら良いでしょうかと肩をうなだれて相談に来られました。話を伺うと相談者は、お父さんの会社で働いているのですが以前は従業員さんが20人ほどいた会社も今は、家族親族4人になり事業の負債、住宅ローンなど払えずどうにもならないとの事でした。しかし、会社の決算書を見てみると支出を抑える事ができる事がわかり事業はなんとか青年が引き継ぎ持ち直しました。残るは、父名義の自宅と住宅ローン。一度は自宅を手放さねばなりませんでしたが、その間は購入した方に家賃を払いそのまま住ませてもらい、3年で青年は自分名義で住宅ローンを組み買い戻す事ができました。普通なら、破産、競売のレールを進み競売の数字のプラスになっていたのでしょうが、青年は回避することができ自分名義の自宅を守るため住宅ローン返済と自分の事業をバリバリやっておられます。
 早い段階では、借り換え、また返済の繰り延べなどの選択肢が他にありますので「他の銀行に鞍替えします」や、「返済が苦しいので少し待ってください」など金融機関に言いましょう。ただし、私の様に実績のある人間に相談して、作戦を練ってから行動を起こした方が良さそうですヨ。

「住まいば考えよっ隊」
一級建築士 上野 正成

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