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2009-10

 JIBUN-STYLE 10好きな言葉は『温故知新』

img_9702.jpgこれが自分スタイル
好きな言葉は『温故知新』
先人達がつくり上げてきた
長い歴史を見直すことも大事です

創作料理コンテスト
カメリアプレート入賞者
今村亜沙美

(PROFILE)いまむら  あさみ(24歳)
出張専門『笑顔整体』副院長。1985年生まれ。大刀洗町出身。
福岡市在住。趣味、特技は料理、絵を描くこと。

 久留米の市木である久留米つばき。『正義』に代表され、のちにヨーロッパ、アメリカに伝播し、カメリア(英語でつばきの意味)の代表花となった。その原種となる『正義』は久留米市草野に現存し、約三百年間今日まで華麗な花を咲かせている。
 今回、『スローフード協会筑後平野』では、二〇一〇年に久留米で開催される国際つばき会議に合わせて、久留米産の農産物を使っての久留米つばきをテーマにした『創作料理コンテスト カメリアプレート』を実施。たくさんの応募作品の中から、今村亜沙美さんの料理が入賞しました。
1.jpg 紅白がまだら模様に混じった『正義』の花びらを、梅干を使って紅白まだらのおにぎりで表し、タクアンで黄色いめしべをあしらい、見事に『正義』のつばきを表した。紅いつばきはトマトのマリネで。つぼみはピンクの白玉で。葉はキュウリを使い、その間にキンピラゴボウを散らして枝を表している。
 「できるだけいろんな味付けをせずに、地元久留米で収穫された米や野菜そのものの美味しさを出したかった。また、家庭でつくれるもの、家庭の味を出したかったんです。手の込んだ料理よりシンプルなものをと思ってつくりました」
 そう話す今村さんは、屈託のない二十四歳の若妻の笑顔を見せる。
 五年前に実家を離れ福岡に。
 「土地を離れて初めてわかったんです。こっちの野菜や米は新鮮で美味しかったなって」
 その感動をシンプルにつばきの花として表したことが受賞につながったようだ。
 「料理好きなのでおもしろそうだなと思って応募したんですが、皆さんの料理はとてもレベルが高かったです。試食会場で見ているだけで楽しくなりました。人が見ている前で料理をつくったことがないのでとても緊張しましたが、楽しんで参加できました。まさか自分が賞を取るとは思っていなかったです」
 普段から料理が大好き。チャレンジ精神も旺盛だという。
 「人を料理でおもてなしする時に、素材そのものの味を可愛く出せたらおもしろいだろうなっていつも思っています。日頃の家庭料理をつばきの花に変えて見せたら……と、いろいろと考えるのが楽しかったです」
 インターネットでつばきの花について調べ、イメージをつくる。食材を使ってそのイメージを形にしていく。それも楽しい時間だったという。

あらためて感じた
つばきの魅力、久留米の魅力

 「今回、応募するにあたって感じたことがあります。つばきの花は、子どもの頃から家や道端に必ず咲いている花で昔から何気なく見ていたけれど、こんなにいろんな種類や色があるんだなって初めて知りました。あらためて、きれいな花だなと感じました。バラやカーネーションにはない、和の美しさがありますよね」
 そして、つばきの花の再発見は、久留米の街の再発見でもあるようだ。
 「久留米もそう。昔から馴染みのある街だったので何気なく過ごしていたけれど、伝統があって、緑があって、美味しいものがたくさん収穫できて、人が温かい街。離れてみて、あらためてその魅力がわかりました」
 それらの再発見は、彼女の好きな言葉に象徴される。『温故知新』。
 「新しいものばかりにとらわれるのではなくて、先人達がつくり上げてきた長い歴史を見直すことも大事だと思います。スローフードの地産地消の考え方もそうですよね。それは、東洋医学にも通じるところがあるんです。マクロビオティックなどをこれから学んでいきたいと思っています」
 福岡の自宅では、四年前から夫婦で出張専門の整体院を営む。
 これからの夢をこう話す。
 「人の健康を応援する仕事をしているので、健康をつくる元である食についてはとても大事に考えています。料理はつくる人の考えや気持ちを反映するもの。見た目だけでなく中身が大事だと思っています。食べる人が美味しいと感じるもの、食べる人の体のことを考えてつくりたいです。新鮮で栄養たっぷりの食材で……。
 今後もいろんな料理をつくっていきながら、整体とともに食の大事さを勉強し、伝えていきたいと思っています。食や体のアドバイスをしながら、元気な人を増やしていきたいなと思っています」
 創作料理コンテストをきっかけに広がった温故知新の喜びと夢を語る彼女は、これから紅葉し深まっていく秋に、どこか似ているようだ。

文/森 志穂
写真/小原 亮

B級グルメの聖地くるめ「B級グルメの聖地久留米研究所」

labo.gif久留米やきとり学会 会長
豆津橋 渡
E-mail gakkai@kurume-yakitori.com  HP www.kurume-yakitori.com

 今年の「久留米焼きとり日本一フェスタ」も大盛況でしたね。なんと2日間で4万人(!)が串を求めに六角堂に訪れたそうです。この焼きとりフェスタも平成15年から数えてもう7回目となりました。・・・ということは、「久留米やきとり学会」が立ち上がり、このコラムを始めて、早いものでもう7年にもなるんですね。これまで私たちは「久留米やきとり日本一宣言!」や「サインはB! 美級久留米でまちづくりシンポジウム」の開催など、焼き鳥から始まって、地元のご当地グルメにずっとこだわり続けてきました。今では久留米のやきとりフェスタをきっかけに、「やきとリンピック」という全国規模のイベント(今年は10月24・25日の2日間、山口県長門市で開催)にまで発展しているものもあります。そして、なんといってもその集大成が昨年の「B―1グランプリin久留米」でした。また、このB―1グランプリを機に、久留米は「B級グルメの聖地(まち)久留米」として新たなスタートを切りました。
 私たちはこれまで7年間「久留米やきとり学会」としてヤキトリ食文化のPR活動を主にやってきたのですが、当時は「なんで焼き鳥なの?」という声ばかりでした。でも、今では「久留米はやきとりの街だ」と言っていただける方が着実に増えて来ています。ありがたいことに、最近では講演や取材を受けることが増え、外部からもヤキトリをはじめとする久留米のB級ご当地グルメの魅力は注目されているんだ、と改めて感じています。
 そこで、突然ではありますが「久留米やきとり学会」はこの9月をもって発展的に解散し、新しく「B級グルメの聖地久留米研究所」を創立することにしました。今後はやきとりのみならず、「コナモン」と呼ばれる麺料理やその他のB級ご当地グルメで街を元気にしたいとの思いを新たに、ますます精力的に活動していきます。
 まずは、11月に開催予定の「第1回九州B―1グランプリ」。これに出場する「久留米ラーメン」と「久留米やきとり」を1位2位のワン・ツーフィニッシュゴールを目指します。みなさんも応援してください。

銀のすぷーんの筑後平野 旬だより vol.26 久留米のいちじく「とよみつひめ」

toyomitsuhime.jpg久留米だからこそ味わえる特別スウィーツ

 福岡県は、いちじくの生産がさかんで、全国でも2番目に栽培されています。その福岡で生まれた、新しいいちじく「とよみつひめ」。誕生してまだ3年という、生まれたばかりの新しい品種で、福岡県でしか栽培が許されていないというプレミア感たっぷりのフルーツ。何よりの特徴は、甘みが強いこと。名前の「とよみつひめ」は「蜜」が由来です。その味わい、食感はマスクメロンにも例えられるほど。従来の品種が、赤い部分が多くガジガジした食感なのに比べ、肉厚の白い部分が多く、やわらかな食感を楽しめます。
 わが街久留米でも、「とよみつひめ」の生産が盛んになっていて、県内の出荷量の4分の1が久留米で栽培されたもの。特別ないちじくを使った、焼きたてのパイが季節限定で銀のすぷーんに登場しました。10月半ば頃までが、収穫期ということなので、短い旬をお見逃しなく!

取材協力/銀のすぷーん

「楽家事」ってECOかも♪ vol.10 コンポートの巻

さと子ママ(日々の生活や育児をシンプルにラク~に楽しむ1児の母)

ecokaji.jpgジャムは、お好きですか?私は市販のジャムも好きなのですが、昨年からコンポート(果物を丸ごと、もしくはカットしてから、水や薄い砂糖水等で煮て作られるヨーロッパの伝統的な果物の保存法の意味)にハマッテましてジャムの代用にしてます♪
 私の作り方は、果物が手に入ると、洗ってカットしながら鍋の中へ♪そして、果物の甘味を引き出す為に自然塩をひとつまみ程度振りかける(お好みでレモン汁を少々)、蓋をして(蓋に蒸気が出る穴があれば箸などで塞ぐ)数分放置してから弱火でコトコト蒸し煮。甘~い甘~い香りがしてきたら「砂糖が入ってないコンポート」の出来上がり。
☆この作り方は、保存料の代わりになる砂糖を使ってないので早めに食べちゃいます。
 冷やすと美味しいですよ♪火を止めるまで混ぜたりしなくてよいので食事の支度時に空いたコンロで簡単に出来ます!!
 お砂糖無しなので気にせずパンやホットケーキに、たっぷり乗せて食べれます。ヨーグルトのトッピングや離乳食にも美味しいです♪お菓子を作るときに使ってもOK!
 おつきあいや外出時に甘いものを食べることが多いので、せめて家では砂糖無しにしています。 柿のコンポートはオレンジ色が鮮やかで綺麗です。柿の皮も剥いてから一緒に煮ると香りが良いです。リンゴは皮付きだとうっすらピンク色でカワイイですヨ。そうそう!タイマーを使ったほうが良いですよ♪忘れちゃいそうになっちゃいます(苦笑)

※鍋いっぱいの果物で作る場合や水分の少ない果物の場合は(柿など)鍋底に塩ひとつまみ入れ、そこに材料とうっすら水を入れ再び上からひとつまみ程度の塩を入れて下さい。

ラーメン今昔物語 123「消えゆく”新世界”」 ラーメン屋のHK

 久留米育ちで、ある程度ご年配の方ならご存じと思いますが、六ツ門の一角に「新世界」という、かつての歓楽街があります。間口わずか一間ほどの古い飲み屋がひしめく狭い路地に入ると、いきなり昭和三十年代にタイムスリップした感覚にとらわれます。
 この新世界という界隈の成り立ちは、終戦直後に遡ります。昭和二十年代初頭のこのあたりは「新興市場」と呼ばれ、引き揚げ者たちに生活物資を供給する、いわゆるバラック市場でした。終日、人で賑わうこの市場には、やがて食堂ができ、飲み屋ができ、昭和三十年代になると、近くには映画館が建ち並ぶようになり、三十年代後期には久留米随一の歓楽街となりました。ところが四十年代後半あたりから、近くに「文化街」という新興歓楽街が台頭し始めると、次第に新世界の賑わいは文化街へとシフトしていきました。さらに飲み屋までが、四~五坪という狭い店と、すれ違うと肩が触れ合う狭い路地の新世界から、明るく広々とした近代的な歓楽街「文化街」へと移転を始めました。
 そして平成の時代に入ると、新世界はますますゴーストタウン化しました。最盛期には、飲み屋に限らず様々な店およそ百五十を擁していたこの歓楽街も、現在では約二十店舗にまで落ち込んでいますが、実は僕はこのゴーストタウン化した新世界に、なぜか魅力を感じていました。それは、十五年前にオープンした「新横浜ラーメン博物館」が巻き起こした「昭和レトロ」現象が根底にあります。僕が始めてラーメン博物館の昭和三十年代の町並みをそのまま再現した館内を見たときは、強く感動しました。それまで「レトロ」といえば、大方「明治」か「大正」の時代を指すものでした。しかしラーメン博物館は、「そんなに昔ではない、大勢の人々が記憶に残る懐かしい『昭和』をレトロと定義」したのです。僕はその着眼点に感動しました。その後、ラーメン博物館が提唱した「昭和レトロ」は、ある種のムーブメントとなり、やがて全国の様々な商業施設で応用され、現在では「レトロといえば昭和」というイメージが広く定着したように思えます。
 そこで僕はふと思いました。「ちょっと待ってんや、ラーメン博物館のように、何十億円もかけてダミーの昭和の町並みなど作らんでも、久留米には『新世界』ちゅう本物の、生のレトロがあるやんか」と。一筋や二筋くらいの昔の町並みなら、全国どこにでもあります。しかしこの新世界は幾筋もの路地が、碁盤の目のように入り組んだ「面」のエリアです。こんなところは日本中どこにもありません。そこで僕が勝手に計画したのが、九州中のラーメンの名店を新世界に集めようという「九州ラーメン新世界計画」です。詳細は割愛しますが、要は新世界のいまの雰囲気を残したまま、ラーメン屋を中心として、駄菓子屋や古本屋・焼鳥屋・レトロな理髪店などを配してひとつの小さな昭和のまちをつくろうという計画です。そんなことをここ数年、一人でニヤニヤと想像していたら、その新世界も、先日イキナリ東半分が更地になっていました。マンションが建つそうです。久留米の片隅に奇跡的に残された町並みなんぞ残したところで、まちの経済は潤わないといったところでしょう。淋しいことです。そんな考え方が、日本中のまちを同じ景観にしてしまうのかも知れません。
(2009年10月)

◆バックナンバー http:/www.taiho.net

住まいば考えよっ隊 Vol.34家は買うもの?建てるもの?

http://blog.kurumenokenchikusi.com/

昭和の時代、小坂明子は「もしも~わたしが家を建てたなら~小さな家を建てたでしょう~」と歌い大ヒットした。当時はまだ、家は〝建てる〟ものだったのであろう。
 バブル全盛時には土地も家も値が高騰し、投資の対象となった。〝家を買う〟という表現をよく聞くようになったのはこの頃からではなかろうか。
 昔から家づくりは一家にとっての一大事である。人相、手相、家相と、家は身体と同じ重みで語られているし、おみくじにも病気、縁談、出産、建築…と、家づくりは人生を左右する出来事と位置づけられてきた。
 最近、良く耳にする〝買う〟の意味はなんだろう。商品が現に存在し、気に入れば代金を支払い、商品を手に入れることである。見た目重視になり、それが造られるに至るやり取りや関わった人たちの苦労は分かりにくい。それでは〝建てる〟とは一体どういうことだろう。家族への思いを膨らませ、ああしたい、こうしたい、でもお金が足りないと思案を繰り返す。こうして設計図が出来ると今度は工事に移り、大工さんらとのやり取りが待っている。まさに家族やその他の多くの人々と接し、様々な場面に出くわす事で世渡りの術を体得する絶好の機会でもあったろう。〝家を建てる〟行為は一人前にいたる試練の一つだったのかも知れない。しかし、昨今の競争社会による仕事や家事の多忙さが、家や家族について考える機会を遠ざけ、また、人と接することを面倒くさいと思う風潮が〝家を買う〟と言わせているのであろうか。
 ぜひ、住まいづくりのチャンスがあれば〝家を建てる〟醍醐味を味わってほしい。みんなに堂々と〝家を建てた〟と言えるように。

「住まいば考えよっ隊」
建築士会 青年委員会
小林一也

スパイスな食卓vol.35「女性会 研修旅行」

yosiyama12.jpgスパイスハウス吉山 吉山武子
TEL 0942-34-4327

我が家の萩の花があっというまに一枝、二枝とピンク色に染まりながら秋深くなってました。
 私は、9月4日から6日の三日間、久留米商工会議所〈女性会〉全国大会(長野市)に、会長はじめ会員の皆様と共に出席して参りました。
 一日目は、エムウエーブ(長野冬期オリンピックの開催場)を会場に、全国から3500名余りの女性会の熱気とパワーのなかで始まりました。講演は、『がんばらない』等の著書で有名な医師でもあり作家の鎌田實先生。優しい語り口で、印象に残ったのは『物、金、健康がある程度あれば幸せには近づけるが、もっと大切なことは〔誰かのために生きること〕〔優しくする〕〔あったかい心を持つ〕』この三つの大切なことを御自分の生い立ちに織り交ぜながら切々と諭され、涙が自然に溺れ落ちました。
 当然わかりきっていることなのに、日常生活のなかでは時として自分本位になりわがままだったり、イライラしたり、クヨクヨ悩んだりと実行がなされていないことに反省しました。
 二日目は、国宝の善光寺参拝を済ませ、戒壇めぐりで有名な瑠璃壇真下廻りをまっ暗な中で手探りしながら少しずつこわごわと前に進み、極楽の錠前にも触れることができました(これは、如来様と佛縁を結ぶことだそうです)。その後、暗闇から抜け出し外気の澄みきった空気の中、社務所でご先祖様へのお線香(沈香)、家族へのお守り、教室の皆様には大勧進のお守り落雁を買い求め、次の予定地、草津温泉へとバス移動となりました。
 今わたしは、毎朝沈香の落ちついた香りで幸せな朝が始まり、夫の理解で三日間も家を空けて研修旅行に行けたことを感謝しております。
 この続きは次号へと続きます。〈草津~軽井沢〉

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