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新・落語スズメ Archive

新・落語スズメvol.25

『第十四回博多・天神落語まつり』

文/松田 一成

『「お客様が半分なのでギャラも半分でお願いします。」だって』と伝えて下さった師匠の声はうれしそうでした。「第十四回博多・天神落語まつり」。今年は福岡のほかに足を延ばして、熊本、鹿児島、沖縄と全22番組を開催。東西の人気者がほとんど出演といっても大袈裟でない落語会。関係者のご苦労のおかげで、今年も開催が決定しました。圓楽、文枝(三枝)、小朝、文珍、南光、鶴瓶、志の輔、昇太、権太楼に喬太郎、談春、鶴光、雀々、笑点メンバー勢ぞろい他、書ききれない出演者の数。金時の五代金馬襲名と四代金馬(ポリグリップのおじいちゃん)が金翁という隠居名のW襲名のほか、落語を聴くのはこの時だけだという貴兄も、この会をきっかけに落語にはまったというご婦人にも、楽しみなプログラムが目白押しの模様。個人的おすすめは、上方から笑福亭仁智。上方落語協会会長であります。久留米では今年の正月(あー、あの頃は普通に落語が聞けたのに)、久留米座『正月風喬』のゲストでご出演、弟弟子の会にもかかわらず、独特の間とリズムで最後はお客様全員さらっていったあの御仁。今から楽しみです。単純に席数は半分なので、早めの入手をこころがけましょう。先の師匠、続きがあって、『やあ、俺、初めて呼ばれるんで、いくら貰ってっか知らないんだよね。』。うれしそうに悪態をつく声の向こうには、博多の夜の算段があったようで(もちろん、皆様の前で落語をやれる喜びも)。

新・落語スズメvol.23

『ソーシャルディスタンスに
最大限に配慮した落語会、開催決定!』
文/松田 一成

コロナ禍で中止、延期を強いられていた落語会が、ボツボツ復活、東京の寄席も定席が再開された。もちろん、様々な感染拡大防止の策をとっての開催だが、その最大の効果をもたらすと考えられているのはソーシャルディスタンス、お客様を入れないことだ。一人でも多くのお客様に見て頂くというのが噺家の性であるのに、来ちゃダメというのは、仕方のないこととわかっていても、あまりに喜劇。等間隔で空いている席を見て「コロナ前と全然かわりません、アタシどもは普段からソーシャルディスタンス」と噺家が逆手にとっているのには笑ったが。そんななかソーシャルディスタンスを最大限に配慮した、飛び切り贅沢な落語会のお知らせ。久留米シティプラザ『久留米座』さんの再開に合わせて、8月25日火曜日、午後7時開演、『落語教育委員会inくるめ』今年も開催決定!出演、お馴染み『三遊亭歌武蔵』、昨年より参加『三遊亭兼好、』今、一番売れっ子といっていいでしょう『柳家喬太郎』。久留米近辺では前後、博多、湯布院で開催される予定ですが、3人の落語に加え、例のコントを見られるのはここ久留米だけ!今年はもっと沢山の方にご覧いただこうと一年前から久留米座を押さえておりました。しかし残念、ソーシャルディスタンス(笑)。ほんとに贅沢な会になりそうです。ご案内は Twitter #まつだ で検索を。チケットは、ぴあさんで7月中旬頃から発売予定(ぞろっぺいですみません)。そろそろ始動せねば。

新・落語スズメvol.22

『野暮を承知で』

文/松田 一成

遅まきながらスマートフォンを手に入れ、LINEに始まって、YouTubeだの、Twitter、はてはインスタグラムと、一通り、この一月ばかり、モニターの中の悦楽(にっかつオマージュ)に浸っている。素直に、早く持てばよかったと思う。生活を、ダイタイの記憶で送っているせいか、すぐに知りたい、すぐに正解が分かるというのは、まことに気分がいい。正義を貫いている感がある。どうでもいい曖昧な記憶を糾弾され(ゾウリムシをワラジムシというような)、『嘘つき』と罵られる前に、ネットを利用することで、キチンと確かめ、正確に伝えることができる今、以前よりいささか間違いのない人生、もっというなら正々堂々と生活を送っている。という錯覚に気づいた。モニターの中に、『自分こそが正義でござい』と主張する人があまりに多いのだ。複雑なものをシンプルに見せる仕掛けで、考えることを奪い、白黒の判断を要求する輩の狡猾さ。ついその口車に乗ってしまうアタシ。昔の名人の落語を立て続けに見ていたら、移るサイト、移るサイトに、その噺家関連の音源や本、はてはその噺家の住んでいた地域のマンション物件案内までついてくる。今まで知らなかった情報が大量に、短時間に投入され、マニアなアタシは、もうちょっとでその噺家原理主義に嵌められるところであった(嵌められてもいいのだけれど)。おっと危ない、その原理主義にはお金がいるのよ。間違いない人生だとささやいているのは、アタシの正義のためでなく、お金を出す人の正義。ああ、スマートフォンは露骨すぎる。すっかりはまった悦楽の代償はいつ払うのでしょうか(いや、もう払ってる(笑))

新・落語スズメvol.13

ご報告『落語教育委員会インくるめ』
文/松田 一成

先月23日、えーるピア久留米にて開催しました『落語教育委員会インくるめ』足元の悪い中、ご来場いただきありがとうございました。開演前まさかの土砂降り、町中大渋滞、ギリギリ滑り込みセーフのお客様もちらほら。かと思えば、運営が到着する前に、すでにお待ち頂いていたお客様も。どれだけ楽しみになさっていたのかと反省しきり。楽屋入りの師匠方を見られてよかったと助け舟を頂きました。流石落語ファン、ありがとうございました。午後7時、久留米絣をあしらった素敵な緞帳が上がると、三遊亭歌武蔵、柳家喬太郎、三遊亭兼好、出演3人による『人の高座(口座)を聞くときは、携帯電話を切りましょう!』キャンペーンコント。待ってました!スーツ姿の喬太郎師を見られる落語会は『落語教育委員会』だけ(あと、緑のジャージ姿の兼好師も。兼好師、普段は完全和服、熊本城に行ったときは、アトラクションの人と間違われて、女子高生と記念写真を撮らされたそう)。15分ほどの小芝居ですが、最近役者づいてる喬太郎師の裏表を演じ分ける姿、そりゃもう、たまんないうまさでございます(某ビールメーカ風)。兼好師の思わぬアドリブ(ブタコレラ事件、その後ちゃんと反省会をされてました)が波乱を引き起こし、一同思わず素に戻る場面も。逆手にとって笑いの相乗作用、言葉の達人たちは心からこの会を楽しんでいるご様子でした。開口一番、兼好師のお弟子さんじゃんけん君(来年真打の予定)の『やかん』、喬太郎師、若旦那が妙に色っぽい『擬宝珠』、中入を挟んで歌武蔵師『稲川』ほろりとしました。トリを新メンバー兼好師の、これ以上笑えるか!『ちりとてちん』。たっぷり2時間、会場にいらしたお客様も大満足だったのでは。帰りしな、師匠方からグリルMのハンバーグを食べに、また来年も久留米に伺いたいとご案内がございました。いえーい!

新・落語スズメvol.11

「落語教育委員会in久留米」
文/松田 一成

「これじゃあ、ホノルルタクシー協会の慰安旅行だよ。」久留米の文化街を歩く、アロハシャツにパナマ帽の大男を先頭に、今は亡き柳家喜多八師が大笑いしたのは、前回、二〇一四年「落語教育委員会in久留米(個性派3人の噺家が織りなす、古典、新作、おまけにコントもある贅沢な落語会)」の打ち上げ。大男とは三遊亭歌武蔵師、他御一行様には柳家喬太郎師とお付きの鏡太さん(現・月の家小圓鏡)、関係者2名。チケットの販売を手伝って下さった3件のスナックを梯子している途中の風景。一件目「S」で出された塩クジラに執着したのは喬太郎師。何でも、生まれて初めて(この久留米で!)塩クジラを食べたのだそう。二件目「R」。和服のママの笑い声は、ロマンチックな蝋燭の明かりとともに、歌武蔵師(独身)の旅情を掻き毟り、三件目「H」では師匠方から「恋するフォーチュンクッキー(振り付き、時代ですな)」ご披露のあと、喜多八殿下(学習院出身だけに)オンステージが続いた。「落語教育委員会」メンバー三人でカラオケに行ったのは結局、その久留米の晩が最初で最後だったそうで、今も続けられている2人の師匠方にも特に思い出深い会だったと伺った。そう、書き出しに前回とあったでしょ。五年ぶりに今回があるのです!8月23日金曜日、えーるピア久留米にて午後7時開演「落語教育委員会in久留米」。出演 三遊亭歌武蔵、柳家喬太郎、三遊亭兼好 古典、新作、コントに、落語の粋を織り込んだ贅沢な会。喜多八師亡き後、新メンバー三遊亭兼好師の評判も抜群。お時間、ご都合がつきましたら、足をお運びください。いや、ほんと贅沢な会です。是非。

新・落語スズメvol.8

「春はうららかあけぼのか」
文/松田 一成

〜吾妻橋とは吾が妻橋よ、
そばに渡し(私)が付いている~
「隅田川馬石」。何ともユニークな名前だが、その馬石師が佐賀で会を開くというので出かけてきた。西日を横目に六五郎橋をわたり、佐賀市へ。繁華街のまんまん中、青木繁も逗留したという旅館の大座敷が会場。桟敷に座って待つ。最前列には早くからのご婦人方。出囃子が入り、春らしい桃色の羽織でご登場。いやあ、背が高い!石坂浩二さんのところで役者を目指していたという、二枚目然とした様子を少し屈めて、高座に上がる。師匠の口から最初に出たのが、先の都都逸。亭号「隅田川」に掛けて、架かった橋が吾妻橋。寄席の風が吹きました。その馬石という名前、当代は4代目、先代は昭和の大名人「古今亭志ん生」という由緒正しき名跡だそうで。その曾孫弟子が復活させたと、ちょっと反り身の話。ただ、志ん生自身は、諸般の事情で(借金取りから逃れるため)わずか20日ほどしか馬石は名乗ってなかったと、ちゃんとオチをつけるところが何とも。大河ドラマ「いだてん(ストーリーテラーとして古今亭志ん生役をビートたけしさんがなさっている)」の江戸言葉の指導に行ったお礼で、ドラマご出演予定があるとかないとか。様子の良さを武器にせず、加減の利いた「たっぷりマクラ」で会場を包んだ後は、「ざるや」。続けて、おかみさんの狼狽ぶりが楽しい「金明竹」。仲入り後、ドキドキが止まらない「宿屋の富」でお開き。春が25回目、夏が32回続いているというこの旅館の落語会、基本一回だけのご出演だそうですが、是非又と望むご婦人方の声多し。次回は夏、「三遊亭歌之介改め四代目三遊亭圓歌襲名披露興行」とご案内を頂き、こちとら久留米っ子、筑後川を渡って帰りました。

新・落語スズメvol.6

「変身(カフカではない)」

文/松田 一成

先日『久留米座』での笑福亭風喬独演会、ご来場ありがとうございました。三味線の師匠もお呼びしての、正月らしい華やいだ雰囲気だったのではと。風喬師、来年もやる気満々ですので、又のご来場、お待ちしております。で、その、三味線の師匠、以前写真集を出したとのお噂もある美貌で、場内のオッサン心を一掴み。お客様との掛け合いも楽しく、出囃子のリクエストを受け付けた。出囃子というのは、噺家が、高座に上がるときに後ろで流れているあれです。プロレスで言えば覆面レスラー、ミル・マスカラスのスカイハイあたりでご理解いただければ。ご婦人からお声がかかりました。「老松!」。太鼓で助っ人に入っていた風喬師と件の師匠、ひと呼吸入ると、すぐに聞き馴染んだあのメロディが流れた。老松。ミスター落語、古今亭志ん朝師の出囃子です。最近の落語ブームで、喋っている姿はネットで何十万回と再生されていますが、残念、そのほとんどが舞台下手から高座に上がるまでをカットしてあり、出囃子はほんのちょっぴり、モニターの向こうは、扇子を置いてお辞儀をするシーンから始まるものがほとんど。予定調和というか、様式美というか、「老松」にのって、志ん朝師の高座に上がるまでのあの佇まいは、是非一度ご覧頂きたい。例えれば、本郷直人が仮面ライダーに変身するような瞬間(ちょっと大袈裟)。思いがけず、生で聞いた志ん朝師の出囃子は、上方の落語会なのにと、半可通ぶりを発揮するよりまえに、三味線の師匠の美貌とともに、嬉しいオッサンへのお年玉となりました。

追伸 3月3日六角堂広場に太神楽(だいかぐら)の鏡味仙志郎師匠がいらっしゃいます。観覧自由、一回だけの公演ですが、こちらではなかなか見られない芸能です。是非!

新・落語スズメvol.5

「続ける秘訣のようなもの」
文/松田 一成

酔いにまかせて、えいやっと入った飲み屋が、思わず心地よく、店主と話しこんでしまった。店をどこで開くのか考えたそうだ。福岡で勝負するには街が大き過ぎ。かといって、自分の地元では小さい、久留米の規模くらいがちょうどいいのかなと。始めてみれば、おっとどっこい、その久留米のスケールこそが難しい。長く続けるためには、同じお客様に何度も来てもらわねばならないからだ。その市村正親似のイケメン店主を眺めながら、充分流行るだろうにと思ったが、お客様はわがまま、なかなか大変だそうだ。そういえば、お手伝いしている落語会、昨年暮れの会は、ご出演して頂いた噺家さんが登場して、ちょうど10年の会でした。ネタ帳を繰っていて当人が気が付いた。ぽつりと。「あたしが出てなきゃ、こんなに続いてないね。」芸人独特の美意識にくすっとしましたが、いやいや、ごもっとも、おっしゃる通り。何度も足をお運びいただくお客様は、落語を聞きに来ている以上に、その噺家さんに会いに来て下さる(この辺はAKBと一緒だな(笑))、その結果が10年という年月か。その仕掛け(落語、おいしいお酒、)がいろいろあるだけで、人を動かすのは人でしかないし、人は人にしか興味を持たない(自分自身への興味も(笑))。ほんとに実感します。件の噺家さんを御贔屓にして下さるお客様も、池町川のバーカウンターでぼんやりする客(アタシ)も、会(杯)を重ねる理由は、結局、その人に、その人に会える場所にひかれるからなんだろうな。人柄を惚れさせるが、長く続く秘訣なのでしょうか。ただ、落語の場合、イケメン具合はあまり関係ないようで。(師匠スミマセン)

新・落語スズメvol.4

「噺家の主張」
文/松田 一成

久留米某所、最近テレビでもお馴染みになった噺家さんの落語会、ホームゲームの心強さか、マクラから飛ばす飛ばす。テレビ言えないこと、いや、言いたいことをどれだけ我慢しているのか、「私の考える正義」ほぼ中年の主張。きっかけはこうだ。某番組でコメンテーターをしている件の師匠、某親方の某協会退会のコメントを求められたときだ。一言「相変わらず勝手な方ですね。」放送後、テレビ局にクレームの電話、ネットでは炎上、自身のブログには噺家やめてしまえとも。一面的な正義の怖さを思い知らされることに。師匠にすれば、噺家も、某協会も同じ徒弟制度、特殊な世界の中で、独特の価値観が存在してたとしても、師匠が弟子を思う気持ち、親が子を思う気持ちは世の中と変わらない。子の為ならどんなに辛くとも最後まで守ってやるのが親の役目だろうと。それを途中で放り出す無責任さを突いた、実に噺家らしいシニカルなコメントだと思ったのだが、しかし、実際は見事に裏目。噺家としてテレビに呼ばれている役割も理解しているし、公共の電波に乗る以上、言葉には充分気を付けていたのだが、本当に今回の件は驚いたと。その話題で、マクラの半分の時間、高座を盛り上げていました。ではもう半分の時間は何の話題か。最近、自身に入門した弟子のせいで、どれだけストレスが溜まっているかという話。笑った笑った。噺家はこうでなくては。

新・落語スズメvol.3

「浪曲、玉川奈々福」

文/松田 一成

旅行けば 駿河の国に茶の香り あれは名代の東海道 名所古跡のあるなかで 音に聞こえし次郎長の〜ご存知『清水次郎長伝』、二代目広沢虎造で聞きなじみのある方も多いかと。今回はその浪曲、浪花節に現われた彗星の話。イムズホールであった柳家喬太郎師の会、ゲストでご出演されたのが玉川奈々福さん。浪曲の先生というよりは、学校の先生といった感じの色白細面の美人ちゃん。声より先に、その佇まいに興味が湧いて参加したことをすぐに後悔。落語は「噺す」講談は「読む」浪曲は「語る」芸と言われますが、奈々福さんのその浪曲、あの晩は爆発していました。ハートを射抜かれたといった可愛いものではなく、もろとも吹き飛ばされたといった表現がいいのか。多分ほとんどのお客様が、アタシも含めて、初めてのライブでの浪曲体験だったと思います。そんな会場で、奈々福さんが一節目に仕込んだ、浪花節の信管に触れました。そして見事に吹き飛ばされました。奈々福さん自身は浪曲の復権を目指し、キャッチも『節と啖呵と三味線で織りなす一人ミュージカル』と浪曲未体験の人にも垣根の低さをアピール、エンターテイメント風を装っています。が、おっとどっこい、聞けばその裏、しっかりと義理人情を詰め込んだ爆弾を片手に、日本人であることの逆の踏み絵を要求しているような。死なばもろとも、一緒に吹き飛ばされれば、この世は天国。人生で大事なものは義理と人情(と、お中元)。奈々福さんのうなる全力投球の浪花節に決意を感じたのでした。素敵です奈々福さん。

そんな玉川奈々福さんの会、11/4久留米シティプラザCボックスで公演。是非!※詳細は14Pをご確認下さい

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