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「やきとりわいん」誕生物語 Archive

「やきとりわいん」誕生物語 -第11話-

株式会社 巨峰ワイン
代表取締役社長 林田 浩暢

 今回も巨峰が生まれたきっかけを語っていきます。あ、「やきとりわいん」の林田です。
 戦後復興の産業施策として導入した酪農の失敗にもめげず、田主丸の人々は改めて米麦生産に取り組む決意をし、その指導者として越智先生を向い入れました。この越智こそが、戦前に生まれた幻の葡萄品種「巨峰」を田主丸の農民に授けた人物でした。
(巨峰誕生物語その3)
 越智の恩師・大井上博士が生み出したこの葡萄は戦中戦後の混乱期や、学会での評価を得られなかったことで日の目をみず、全国に栽培例はありませんでした。
 田主丸の再生を賭け、47人の農家たちは貧しい生活の中から集めた開設資金をもとに越智を招聘し、研究機関「九州理農研究所」を若竹屋の提供した土地に設立することになりました。
 この九州理研は稲作栽培研究を主な目的としていましたが、研究を進めるにつれ(大井上博士の遺志「巨峰」をこの田主丸で開花させる事が出来るかもしれない)と越智は考え始めていました。というのは、この土地が山砂まじりの排水性の高い土の上になぜか充分に肥えた地力を備えていたからです。
 その土地こそが、へスターと博行の出会いから導入された牛達の糞が染み込んだ、田主丸の畜産運営8年間の証である土だったのです。
 その後、周囲の理解を得、越智が持ち込んだ葡萄の苗木は越智の技術指導と田主丸農家・四十七士の熱心な栽培活動により悲願の大粒の実をつけたのでした。
 いまや田主丸は巨峰の誕生により、全国初の「観光果樹園(果樹狩り)」という商法を編み出し、「巨峰ワイン」を生むなどで巨峰のふるさととして知られています。
 しかし全国で親しまれている葡萄「巨峰」の誕生には田主丸とへスターさらに越智らとの出逢い、という長いドラマがあったことは現在では余り知られていません。

「やきとりわいん」誕生物語 -第10話-

株式会社 巨峰ワイン
代表取締役社長 林田 浩暢

 前回から「巨峰誕生物語」と題し、巨峰葡萄が生まれたドラマをお伝えしています。あ、「やきとりわいん」の林田です。さて話は、駐留米軍より民主教育のために田主丸を訪れたへスター氏が若竹屋の13代当主・林田博行にむかい地域振興策として酪農を進めているところからです。
(巨峰誕生物語その2)
 「へスターさん、こげな田舎でも私達が牛を手に入れる事が出来るだろうか?」博行はへスターに尋ねました。「北海道に牛はいます。牛を運ぶのに我々も最大の援助をしましょう」へスターは米軍の協力を約束したのでした。
 こうして驚く事に3年間で200頭もの乳牛が田主丸にやって来ています。しかし残念ながら田主丸の畜産経営は牧草の供給不足から8年で行き詰まってしまいました。
 多くの酪農家は再び田畑へ戻り、新たな農業の指針を建て直そうと模索します。酪農の失敗に挫けず、踏み越えてゆこうとするその田主丸農民のチャレンジスピリッツは素晴らしく、一致団結して田主丸の再生にかけていました。
 「これからは百姓でも勉強せんといかん。田主丸に農作物生産の指導できる先生ば呼んで高い技術ば身につけようや」その想いが越智通重先生との出会いを生んだのです。越智は現代では常識となっている栄養周期説を提唱していた大井上康博士の一番弟子であり、この大井上博士はまったく新しい葡萄品種・巨峰を品種交配により生み出した人物だったのです。
 大井上博士は当時は既に亡くなっていましたが、静岡の伊豆半島で葡萄の研究を進め、石原早生とオーストラリア産のセンテニアルをかけあわせ昭和12年に新しい葡萄を生み出していたのでした。        (つづく)

「やきとりわいん」誕生物語 -第9話-

株式会社 巨峰ワイン
代表取締役社長 林田 浩暢

果実酒は果実を原料にして発酵させた酒類で、ぶどうを原料にした葡萄酒が代表的ですね。あ、「やきとりわいん」の林田です。果実酒は人類の歴史の中でも最も古い酒類で、紀元前6000年頃には既にぶどうの栽培や醸造が始められていたようです。今回は我社の社名にもなっている「巨峰」葡萄について少しお話しましょう。今では全国で栽培され親しまれている日本を代表する葡萄品種「巨峰」が、日本で最初に露地栽培された場所が田主丸にある現在の巨峰ワイナリー内の農園でした。この巨峰の誕生にはいくつものドラマがありました…。
(巨峰誕生物語その1)
 1946年、終戦間もない田主丸町にある日アメリカ人がやって来ました。彼の名はジェームス・M・へスター、駐留米軍・教育課長として在福していました。金髪碧眼のアメリカ青年は田主丸の村人たちに民主主義(デモクラシー)とは何かを流暢な日本語でわかりやすく語ったそうです。その晩、へスターの宿となったのは老舗の造り酒屋・若竹屋酒造場でした。
 若竹屋の十二代目、林田博行氏はスキヤキをつっつき、酒を酌み交しながらへスターと遅くまでこれからの町づくりについて語り合いました。
 「何故あなた方アメリカさんはそげんに体が大きいのかの?」と尋ねる博行に「それはミルクや肉など良質な蛋白質を豊富に摂っているからです。私は一日にミルクを6合(1L)飲みましたよ」とへスター。「民主主義ももちろん重要ですが、日本の将来を担う子供たちの身体をつくることも大切です」。乳牛がこれからの地域振興につながること、子供たちに最も必要な蛋白源である事、そして出来るだけの牛を集め、立派な子供たちを育ててゆきなさい、とへスターは熱く語りました。(つづく)

「やきとりわいん」誕生物語 -第8話-

株式会社 巨峰ワイン
代表取締役社長 林田 浩暢

 今回はとても嬉しい報告です。若竹屋酒造場が「H22酒造年度全国新酒鑑評会」にて金賞を頂きました。あ、「やきとりわいん」の林田です。僕は若竹屋という清酒蔵元の14代目でもあります。
 さて「全国新酒鑑評会」は国税庁管轄の独立行政法人酒類総合研究所が主催するもので、その歴史は古く明治40年代から日本酒の品質向上を目的に開催されています。若竹屋もこれまでに数度の入賞を果たしてきていますが、金賞を頂いたのは久し振りの事でしたので社員一同、大変喜んでいます。
 朗報を受け、すぐさま杜氏の横尾に会いに製造蔵へ行きました。ねぎらおうと思っての事でしたが、彼の顔を見た途端、胸が詰まってしまい言葉が出ません。老朽化した設備、少ない研究開発費、充分とは言えない人員体制…経営者として為すべきことが出来ていないそんな状況下で、横尾は最善を、いえそれ以上を尽くし頑張ってくれたのです。
 目頭が熱くなりながら出てきた言葉は「ありがとう」でした。本当は「おめでとう」と言おうと思って訪ねたのに…。彼は「今年はプレッシャーがありましたから」と答えました。実は今年度の経営指針発表会で横尾は「今年は金賞を獲ります」と宣言していたのです。
 今季の仕込み期間中、横尾はほとんど家に帰らず、毎日のように蔵に寝泊まりしていました。福岡県の杜氏組合長を若くして引き受け、業界発展のためにも奔走している横尾。並々ならぬ気迫をその優しい風貌の中に秘めた若竹屋の杜氏・横尾。本当におめでとう、そしてありがとうございます。
 また若竹屋をご愛顧頂いている皆様、日頃から懸命な販売に取り組んで頂いている酒販店様、飲食店様、仕入先様、関係各位の皆様にこの場を借りて厚く御礼申し上げます。

「やきとりわいん」誕生物語 -第7話-

株式会社 巨峰ワイン
代表取締役社長 林田 浩暢

 春を迎え耳納山麓の木々たちも勢いよく芽吹いています。「やきとりわいん」の林田です。
5yakitori.jpg僕が経営する「巨峰ワイナリー」の農園でも、巨峰葡萄がグングンと枝を伸ばしていますよ。でも伸びるに任せていては良い果実が収穫できません。成長のエネルギーを果実へ凝縮させる必要があるのです。
 そのための作業が「花摘み」です。専門用語では「セット作業」と言いますが、味気ないので僕らはこう呼んでいます。ご存じのとおり巨峰は頭上に棚を作り、そこに枝を這わせています。したがって「花摘み」はずっと上を向いて行う作業で、けっこう腕が疲れます。そこで一計を案じました。そうだ、お客さまにこの「花摘み」を手伝っていただこう(笑)。題して「巨峰葡萄の花摘み体験~上を向いて花を摘もう!~」です。
 単なる作業体験ではなく、まっとうなお手伝いとして巨峰の花摘みをして頂こうと思っています。僕の思いとしては、収穫期になったら再びみんなで巨峰の採り入れを行い、自分たちで果汁絞りもしてワイン造りまで出来たら面白いだろうなぁ、と考えています。
 まっとうなお手伝いですから、報酬も現物支給で(ワインかな)しようと思っています(笑)。予定日は5月の21日と22日の土日。ご興味のある方は巨峰ワイン(0943-72-2382)までお問い合わせ下さい。

「やきとりわいん」誕生物語 -第6話-

株式会社 巨峰ワイン
代表取締役社長 林田 浩暢

 歴史上かってない惨状が日本各地を覆っています。刻々と報道される被災地の姿を見るにつれ、あまりの痛ましさに言葉もありません。被災地の皆さんには一刻も早く立ち直って欲しいと願うばかりです。「やきとりわいん」の林田です。
 3月19日から2日間、田主丸町では「たのしまる春祭り二〇一一」を開催しました。これは巨峰ワイナリー・若竹屋酒造場・紅乙女・若竹醤油の町内四蔵が蔵開きを開催する春のイベントです。3月11日の地震発生以来、各地のイベントは開催を自粛されていました。そこで私たちもこの企画開催についての検討を行いました。既に同じ日程で開催される予定だった「第5回全国やきとリンピックin久留米」は延期を決定していました。我々も自粛をすべきかどうか…。
 私たちが出した結論は、開催しよう!でした。それは、私たちが今できることは何か?を考えた結果でした。現段階での物資援助を考えるならば義援金を送る事、また長い目で考えるならば東日本を含めた復興には西日本がそれを支える経済活動をしっかりする事。この2点を基に、イベントを開催することで義援金を募り、売上の一部も含めて社会福祉協議会等を通じ寄付する事が今できることだと考えたのです。そして震災復興の支えとなれるよう私たち自身が元気を失わない事も大切なのだと考えました。
 お蔭さまでご来場のお客様にはご理解を頂き、義援金も若竹屋酒造場では15万円を超えるなど多くの善意とご支援を頂きました。全ての会場の義援金合計は原稿を書いている時点では集計できていませんが、数十万円になると思われます。募金箱にそっとお金を入れられる皆様の手を思うと万感胸に迫り目頭が熱くなります。心から感謝申し上げます。
 私が今回の天災を前に思い浮かんだ言葉は「天命を安んじて人事を尽くす」でした。「人事を尽くして天命を待つ」という言葉がありますが、そこにはまず自力で何とかしようという考えがあると思います。しかし、人の力ではどうにもならない事が世の中にはある。為す術もなく自然の猛威に蹂躙された私たち。それでも希望を失わずに懸命に復興を目指す、その源泉となる力はどこから生まれくるのでしょうか。私は他者の善意・励まし・思いやり、そんな目に見えないものが大きな力として働いているように思うのです。そんな他者の扶けを信ずればこそ、人事を尽くす勇気と力も湧いてくるものかもしれません。
 被災された多くの命に深く哀悼すると共に、今日一日を改めて感謝して過ごしたいと思います。

「やきとりわいん」誕生物語 -第5話-

株式会社 巨峰ワイン
代表取締役社長 林田 浩暢

久留米やきとりにあうご当地飲料を開発しよう!といよいよ関係者によるテイスティングが始まりました。あれ?前回も同じ文章で始まったような…あ、「やきとりわいん」の林田です。
 さて「テイスティング」とはお酒の色を見たり、香りを嗅いだり、口に含んだときの舌触りを確かめたり、口中香、味わい、後味の余韻などをチェックする、要は「唎き酒」のことです。このテイスティングを通して、久留米やきとりと相性の良い果実酒は何か、を探ろうというのが目的でした。
 このテイスティングは様々な酒類でも行われるものですが、色々な方法があります。日本酒の唎き酒と、ワインのテイスティングはその方向性などが対極にあって面白いので紹介しておきましょう。
 日本酒の唎き酒(業界では官能検査と呼ばれます)は、良い造り方をすれば本来生まれない味や香りをチェックする、という方向で行われます。ですからチェック表には「悪い香味」の項目が並んでいます。近年はその方向性も見直されつつありますが、基本的に良い酒造りとは、あってはならない香味をそぎ落とした本来的な味の追求、といえばいいでしょうか。これは侘び寂びにも通じる日本の美的価値観を思わせますね。
 片やワインのテイスティングはどうかと言えば、基本的にはそのワインの個性をどう評価するか、という方向で進めるのです。最近はコミック等でもワインを題材にしたものが多くあり、皆さんもワインの味の表現について目にしたことがあると思います。その表現は一遍の詩とも言えるようなものだったりしますね。それで「ワインって難しいなぁ」と感想を持つ方も多いかもしれません。
 さてそれで、「やきとりわいん」候補の果実酒たちはどんな評価を受けたのでしょうか?次回はそこを語りましょう。

「やきとりわいん」誕生物語-第4話-

株式会社 巨峰ワイン
代表取締役社長 林田 浩暢

 久留米やきとりにあうご当地飲料を開発しよう!といよいよ関係者によるテイスティングが始まりました。田主丸の巨峰ワイナリーで醸される果実酒のなかに、やきとりにぴったりのワインはないだろうか?と様々な種類のやきとりと果実酒が用意されました。あ、「やきとりわいん」の林田です。
 テイスティングの話の前に、ここでお酒ができる過程を簡単に紹介しましょう。アルコールは糖分を酵母が分解してできるものです。つまり甘みのある果実であれば、それを搾った果汁に酵母を加えれば果実酒になるわけです。さて実は、僕は日本酒も醸造しています。田主丸で311年続く老舗酒蔵・若竹屋酒造場の十四代目でもあるのです。…なので日本酒の話も少しだけ。日本酒の原料はお米です。米には糖分が含まれていないので、酵母を加えただけでは醗酵してくれません。そこでまず米の主成分であるデンプンを糖分に変える必要があります。その役目をするのが麹ですね。日本酒は、麹の力で甘くなった米を酵母が分解してアルコールができる、というとても複雑な製造工程でちょうど今の時期、冬季に製造されます(これからどんどん新酒ができる時期です)。
 話が少しずれましたね。果実酒の製造工程は日本酒よりもずっとシンプルなのものですが、それだけに奥深いものがあります。まずは果実そのものが持っている味わいや成分といったものが何より重要です。辛酸甘苦渋といった五味を基本にその果実特有の香りがありますが、醗酵した後にそれらがどのように変化するのか、それが果実酒の難しくも面白いところです。
 もっともなじみの深い果実酒といえば葡萄酒ですが、その味わいに葡萄本来の果実味には感じられない複雑な味が生まれることはご存知でしょう。例えば渋みは葡萄を生食したときにはない味ですね。銘醸ワインと呼ばれるものは実に複雑な味わい…各種のベリー類やスパイス、キノコやナッツ、果ては枯れ草の香りを思わせるものまであります。
 果実酒の醗酵とは果実と微生物とお天道様が生み出すまさに奇跡だと感じます。それをより美味しくするために僕ら醸造家ができることはとても限られていますが、素晴らしくやりがいのある仕事ですね。
 あれ?今回も話がテイスティングから進みませんでしたね。次回には話が進展できるといいのですが(笑)。

「やきとりわいん」誕生物語 -第3話-株式会社 巨峰ワイン

代表取締役社長 林田 浩暢

革新的遺伝子が久留米人にはある!と僕は感じています。あ、「やきとりわいん」の林田です。久留米・筑後地方にチャレンジ精神、新しいものに挑戦する気風がある事は様々な歴史が物語っています。そして久留米の焼鳥店主たちも熱き心で常に新しい味を生み出してきました。そんな彼ら「久留米やきとり振興会」が、焼鳥に合う「ご当地酒」を生み出したい、と久留米市唯一のワイナリーである私たちにお話を持って来られました。
 ところで皆さんが普段、焼鳥と一緒に飲む酒は何でしょうか。統計上からはビール・焼酎が多いという事になっていますね。これらの酒類の特徴のひとつは「舌に残る味を洗い流す」というものです。そこでまず最初に私たちは酸味や苦味を感じる酒を中心に開発してはどうかと考えました。
 巨峰ワイナリーは、全国各地の果実から果実酒を造ることを得意とする技術集団と自負していますので、原料となる果実は多種にわたり醗酵させるのは大変難しいのですが、漬込むだけの単純なリキュールと違いより豊かな風味や味わいを醸し出すことができます。そこで原料候補となった果実はミカンや甘夏といった柑橘類でした。柑橘類の持つ酸味は焼鳥のタレ味をしっかりと受け止めてくれるはず、ということで関係者によるテイスティングから始まってゆくのでした。

「やきとりわいん」誕生物語 -第2話-

株式会社 巨峰ワイン
代表取締役社長 林田 浩暢

 酒はその土地の文化を表す、と言います。どの国にも国酒と呼べる酒類があるように、地域にもその土地ならではの酒と飲み方があるものです。ところで久留米市は全国有数の日本酒の町でもあることをご存知ですか?あ、「やきとりわいん」の林田です。
 灘・伏見の酒として知られる神戸市・京都市に次いで全国第三位の日本酒蔵元数を誇るのが実は久留米市なのです。そんなわけで焼鳥を片手に日本酒を楽しむ方も多いですね。ところで全国各地には、その地ならではの一風変わった酒があります。例えば関東では「電気ブラン」や「ホッピー」などが有名ですね。関西では「ばくだん」とか「アカ」と呼ばれる、赤玉ワインと焼酎をラムネで割ったものが飲まれています。そんな「ご当地酒」がB級グルメと共にクローズアップされつつあるのです。そこで久留米やきとり振興会でも久留米ならではの焼鳥に合うお酒を開発したいと考えられていました。
 こういった新しいムーブメントを興そうという気概、チャレンジ精神はとても素敵だと思います。そもそも久留米・筑後地方はそんな気風にあふれた地域だと僕は思っています。五庄屋しかり、からくり儀右衛門しかり、久留米絣の井上伝しかり…数え上げればキリがありませんが、田主丸町の巨峰もその一つです。巨峰誕生の物語をご紹介するのはまたの機会に譲りますが、久留米人の革新的遺伝子は焼鳥の世界でも発揮されている事は間違いありません。
 少し話が横道にそれましたが、そんな事から振興会から私たちに「焼鳥に合うワインはありませんか?」と問合せがあったのです。思いもよらないお話に戸惑いもありましたが、すぐに(面白い!)と思いました。僕にも革新的遺伝子があったのですね(笑)。そうして久留米の革新的焼鳥店主たちとの壮絶な議論とテイスティングによる「やきとりわいん」の開発が始まるのでした。

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