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B級グルメ Archive

ラーメン今昔物語 134「炎天下の行列」

ラーメン屋のHK

この夏も、記録的な猛暑の夏でした。お盆の間も、夕立も降らない酷暑の日々が続きましたが、にもかかわらず、久留米に帰省したお客様は、今年も僕の店の前に長い行列をつくって下さいました。有り難い限りです。せめて外にお並びのお客様には、冷茶やかき氷のサービスくらいしか僕たちにはできませんが、炎天下で何十分も並び、さらに熱いラーメンを食べていただけるということは、僕たちはラーメン屋冥利に尽きます。感謝の極みです。
 そして、そんなお客様をお迎えして、これまた熱い釜の前で、一杯一杯心を込めてラーメンを作る社員、ホールを駆け回るパート・アルバイトさん、本当にありがとうございます…  また、僕たちがこだわる良質の食材を厳選して届けてくれる業者さんや、その他全ての協力会社の誠意に、いつも感謝しています。

 これらのことを、経営者である僕が「当たり前」などと思えば、お天道様の罰が当たり、商売する資格すら無くなるでしょう。
 そんな思いを改めて心に刻み込んだ、今年の夏でした。
(2010年9月)

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B級グルメの聖地くるめ「本物はそこにしかない」 

豆津橋 渡
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昨年秋、ご当地ラーメンで有名な福島県喜多方市でラーメン店を数件食べ周る機会がありました。実は、数年前のラーメンブームと言われていた頃、豚骨・鶏ガラ・煮干しをベースの醤油味が気に入って、東京出張時によく「喜多方ラーメン」の看板の店を訪れておりました。今回、念願叶ってやっと初めて本場・喜多方の店で食べたのですが、一口味わった瞬間…驚いてしまいました。何に驚いたかって、その「麺」の美味さにです。
 お恥ずかしい話、これまで私はラーメンの味わいとは「スープ」のことを言うのであり、「麺」のことは蔑ろにしてました。いえ、今回本場の喜多方ラーメンを食べて初めてそう気づくまで、これまで「麺」のことを真剣に考えていなかった、というのが本当ところです。東京で食べた喜多方ラーメンもそれはそれで美味しかったのですが、喜多方ラーメン独特の少し縮れた極太平麺はしっかりとしたコシがあり、噛むと小麦の香りというかなんというか…料理評論家ではないので上手な表現ができませんが、現地で食べたどこの店でも、とにかく美味いのです。
 どんなに真似をしても、その土地の風土や環境、特に水が違うと同じ味にはならない、といいます。関東より関西のほうが昆布ダシ文化が栄えているのは、水の違いが大きな理由だそうです。(基本、関東は硬水、関西は軟水といわれ、昆布の旨み成分の出方が違うらしい)あの喜多方ラーメンの麺は、喜多方の風土や水でしか作れないものなのでしょう。もしかしたら麺を湯がく時の水の違いでも影響があるのかもしれませんね。
 昨今、各地のB級ご当地グルメが話題で各種イベントやTV・雑誌でよく見かけます。これがきっかけで興味を持たれたら、是非現地に行って食べてみてください。味と香りは目に見えません。本物はそこにしかないのです。

ラーメン今昔物語 133 「結婚披露宴にて」 

ラーメン屋のHK

僕ももうこの年になると、よく結婚披露宴で挨拶を依頼されます。それは僕の会社の若い社員や、取引先、知人などの披露宴で、多いときは年に七~八回ということもあります。そんな披露宴での僕の挨拶は、すべてアドリブで、メモに頼ったことはありません。新郎新婦の顔を見て、そのときその場で思いついたことを面白おかしくしゃべって、挨拶に代えさせていただいています。しかし、アドリブがゆえに思わぬことを言ってしまい、後になって反省することも多々あります。
 それは、最近よくある「できちゃった結婚」というケースの披露宴でのこと。そもそも僕は、その「できちゃった結婚」というものが嫌いです。そんな気持ちのまま挨拶したものだから、知らずに「え~新郎の○○君、そして妊婦の○○さん」と、「新婦」と「妊婦」を間違えてしまいました。でも二人の内情を知る一部の友人たちからウケたので、僕はあえて訂正することなく、親族の心情を察することも忘れて挨拶を続けました。その披露宴もめでたく終わりました。しかしあとで聞いたことですが、そのときの妊婦、いや新婦のお父さんは、そのスジの親分さんだったとのことでした(お陰様で後難はありませんでした)。
 また、もうひとつの結婚披露宴は、「できちゃった結婚」どころか「できちゃって生まれちゃった結婚」でした。その子供は一~二才くらいの女の子でした。そのときも挨拶で僕は言ってしまいました。「私はできちゃった結婚が大嫌いです。ところがこれは、できちゃって、すでに生まれちゃった結婚。更に嫌いです。シカシナガラ、その女の子はカワイイ。しかも愛子内親王殿下にそっくり。従ってこの結婚は特別に認めます」これはウケました。満場の拍手でした。
 最後に、僕が実験的な挨拶を試みたときの披露宴。そのとき僕は、最後の万歳三唱の役でした。宴もクライマックスとなり、新婦の涙の手紙、新婦の父の感無量の言葉。涙で声にならない新郎の挨拶…。会場は感動でしんと静まり、すすり泣きさえ聞こえます。そんな中で、「最後の万歳三唱のご挨拶を」と、僕の名が呼ばれました。そのとき僕は、涙なみだの披露宴を、最後くらいは笑いで終わらせようと、万歳三唱前の挨拶でこんなことを言ってしまいました。「新郎新婦のお二人に大切な言葉を贈ります」静寂の会場、人々は僕の次の言葉に聞き耳を立てています。一呼吸おいて僕は続けました「その大切は言葉とは…『おっぱい』…」思わずお笑い芸人の「小ボケ先生」のネタをやってしまったのです。会場は一瞬静寂。親族は目が点。やがて一部の若い男性たちから爆笑が起こりましたが、それだけでした。「小ボケ先生」はあまりメジャーではありませんでした。ましてそのネタを、最もふさわしくないところで使ってしまいました。それでも僕は気を取り直して、作法通りに万歳を三唱して降壇しました。   (2010年8月)

B級グルメの聖地くるめ 「B級グルメブーム?」 

豆津橋 渡
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このコラムは、平成15年4月号より「久留米やきとり学会」として掲載を開始。その後「B級グルメ天国」「B級グルメの聖地くるめ」と途中タイトルは変わりましたが、約7年半の間、久留米やきとりの地域ブランド化、B級ご当地グルメでまちおこしをテーマにしてきました。当初は「B級」という言葉を使うのに否定的なご意見もありましたが、一昨年の「全国B級ご当地グルメの祭典・第3回B-1グランプリin久留米」の開催あたりから広く話題となり、最近ではTVや雑誌などで「B級グルメ」の文字を見ない日は無いほどの「ブーム」となっています。

 先月号で、一般のイベントとB-1グランプリの大きな違いは「前者は集客目的。後者はPR・広報が目的」としました。集客目的になると、とにかく「売れれば勝ち」なので、このブームに乗って「ニセモノ」を提供する輩も出てきてしまい、楽しみにしておられるお客さんに本当に申し訳ない事態も発生しています。
 B-1グランプリを主催する「B級ご当地グルメでまちおこし団体連絡協議会(通称:愛Bリーグ)」は、冷静にこの現状を「一時のブーム」として認識し、できれば早く過ぎ去ってほしい、と考えています。なぜなら愛Bリーグは自分たちのまちを愛する活動する団体の集まりなので、5年や10年で消え去るようなものではないからです。

 さて、今年も9月4日・5日は恒例の「久留米焼きとり日本一フェスタ」が六角堂広場で開催されます。おかげさまで例年たくさんのお客様に来ていただいています。今回は同時開催イベントとして、東町公園や商店街アーケードなどを利用した催し物もあるようですので、今まで人が多すぎて敬遠されていた方も是非ご来場ください。詳細は近日発表される予定です。

B級グルメの聖地くるめ「B-1グランプリと他の食イベントの違い」

豆津橋 渡
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B-1グランプリに出展しているお店はどこですか?」と聞かれることがあります。
 答えは「お店はありません」
ちょっと乱暴な答えのようですが、このコラムをずっと読んでいただいている方はもうお分かりでしょうが、言い換えると「お店の名前での出店はしていません。」です。
 世の中には色々なイベント・催事がありますが、一般的にその事前告知や結果の報道などは、開催されたまちでしか見ることはありません。それは基本的に「イベント」とはまちに人を『集客』することを目的としているからです。
 しかし、B-1グランプリは、集客ももちろん大事ですが、それよりもっと重点を置いていることがあります。それはいかにパブリシティ(有料ではない公共メディアによる広報や報道)に広く取り上げられるか。ということ。
 目的が「まちの広報・PR」ですから、当然そこに住む人々の共感や応援を得ないと意味がありません。出展者も主催者の気持ちになって、開催されるまちと共に自分達のまちも元気にしたい。そういった思いを強く持って出展しているので、多くのメディアや市民の応援が得られているのだと思います。
 仮に特定の飲食店が店名で出展し、それが話題になって行列ができるようになったとすると、既得権益が発生し、また同様のイベントに出展争いが始まったりすることになります。もちろん、始めからそういった個別店舗が競い合うことが目的のイベントであれば、そのこと自体を否定はしません。しかし、あくまでもB-1グランプリはまちおこしのイベントですので、特定の誰かがその成果を独占するようでは、多くの人を巻き込むことはできない、と考えています。
 B-1グランプリの会場で提供されるものは、「イベント用に調理・調味されたもの」なので、仮に投票で上位になったといって、同じ味のものが特定のお店で食べられるものではありません。あえて言うと、お店で食べたほうがずっとずっと美味しい。「B-1グランプリに出展している店は無い」とはそういうことです。

ラーメン今昔物語 132「ジャズとラーメン」

ラーメン屋のHK

のラーメン店では、二十年ほど前からBGMにジャズを流しています。今でこそ居酒屋から、はては寿司屋までジャズを流すお店が出てきていますが、二十年前ジャズのBGMを流す店といえば、それこそジャズ喫茶かショットバーくらいでした。ですから当時はよくお客さんから「何でラーメン屋にジャズなの?」という質問を受け、僕はこう答えていました。「たとえば、クラシックは白人の王侯貴族に雇われた音楽家が、王侯貴族のために創った音楽。一方ジャズは、かつてのアメリカ南部で人種差別と貧しさに生きるアフリカ系アメリカ人(黒人)たちの中から自然発生した、自分たちの魂の音楽です。僕のラーメン屋も、元々は戦後の貧しい一軒の屋台から始まりました。ラーメンそのものも、いわば社会の底辺から生まれたものです。音楽にたとえるならば、やはりその生い立ちがジャズに近いものを感じて、BGMをジャズにしました」と、まあこのような説明をしていました。そして最近ある本で、一般的な飲食店のBGMはどのような音楽がふさわしいのか?というタイトルの記事を読んだのですが、飲食をするお客さんが、食事や会話に耳障りを感じないのがやはりジャズでした(静かなインストゥルメンタル・ジャズ)。要するに、高級レストランは別として、クラシックはかしこまりすぎるし、歌謡曲やポップスは、それぞれの曲調がバラバラなので、お客さんのテンションとの差が生じ、曲によっては不快感を与えるということでした。これを読んだ僕は「うん、自分は間違っとらんやった」と、ほくそえんでしまいました。しかしながら僕がさらに思うのは、何でもかんでもどんな店にもジャズを流せばよいというものでもありません。やはりそのお店の意匠・環境・空間というトータルなコンセプトがきちんとしていなければ、ジャズのBGMを流しても、それは浮いたものになるでしょう。
 今回はジャズの話を偉そうに書いてしまいましたが、実は…、僕はジャズ愛好家でも何でもなく、僕が好きなのは七十年代のアメリカンロックなのでした(苦笑い)。
(2010年7月)

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ラーメン今昔物語 131「星になったラーメン店主」 

ラーメン屋のHK

僕の友人でもあるラーメン店主がきのう亡くなりました。それは五月のさわやかな雨上がりの夕暮れ時でした。今回、四十九歳という若さで逝ったそのラーメン店主の話を少々させて下さい。
 生前の彼は冗談好きな飄々とした男でしたが、ラーメンに対する思いはなかなか熱いものがありました。十年ほど前に宅配ピザの店を人に譲り、一念発起でラーメン屋を始めてから以降、ことあるごとに、ラーメンに関するアドバイスを僕に求めました。たとえば「豚骨の部位はどこが一番スープが出るとね?」と訊かれると、僕は「そりゃ、呼び戻しスープなら、全部の部位がよか。まず、一番もろい脊髄からダシが出て、次にバラ、そしてアタマ。最後にゲンコツ(大腿骨)が自然に壊れてダシが出る。間違ってもゲンコツは割って入れたらでけんばい。一気にいいダシが出てしまうけんね割って入れるのは取りきりスープのやり方ばい」と、まあこんな具合ですか。また、彼はラーメン店の経営のやり方も一風変わったところがありました。突然、三潴や大川を中心に同じ屋号の店を、何店舗か一気に出店し、それらの店が軌道に乗ったかと思うと、次々と屋号ごと弟子に安く売ってしまったのです。そして自分は柳川に別の屋号の店を出し、その一つの店に収まってしまいました。本当に奇抜な男でした。趣味と言えば「酒」。とにかく無類の酒好きで、僕が朝起きて携帯を見ると、深夜二時や三時の彼からの着信記録が幾度となくありました。恐らくどこかの飲み屋あたりでラーメン談義に盛り上がり、その勢いで僕を誘いだそうとしたのでしょう。結局、その酒が祟ってこのようになってしまったのですが、彼にとっては、それも本望なのかも知れません。
 しかし彼は、幾ばくもない自分の余命を知りながらも、やはりラーメンへの思いは最後まで衰えず、取引のある僕の麺工房の部長を入院中の病院まで呼んで、新作の麺の打ち合わせをしていました。それも常に冗談交じりで…。僕にはこのようなまねはできないでしょう。恐るべきラーメン魂です。
 そんな彼の死は僕の心に悲しみの風穴を空けてしまいました。しかし、彼がラーメン屋として生きた足跡は何かのかたちで記録しておきたいと思い、冥福を祈ると共に今回のコラムで彼の話を書かせていただきました。
 先ほど聞いたことですが、去年嫁いだ彼のひとり娘が、先月男の子を産んだということでした。星になった彼は、これからはその孫の成長を空の彼方から見守り続けるでしょう。
(2010年6月)

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B級グルメの聖地くるめ 「ニセモノ注意」 豆津橋 渡

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昨日、「地方のグルメ」の出展を売りにしている某イベントに行ってきました。そこにB 1グランプリで有名になったシロコロホルモンが出ていたので近くで見てみると…ん?鉄板で焼いている?タマネギもいっしょに…?「厚木シロコロ・ホルモン」とは、新鮮な豚のやわらかい大腸のみを、割かずに管状のままで遠火の炭火でじっくり焼き、その脂身が膨張して膨らむことからシロコロと名づけられたもので、このイベントのものとはまったく別モノでした。また、隣りにこれまた有名な富士宮やきそばの店も出ていたのですが、ここも「富士宮やきそば」独特の「肉かす(ラードを絞ったのこり)」が入っていないし、味の決め手の魚粉もかかっていない。
 B 1グランプリに出場する「B級ご当地グルメ」とは、その町だけで知られていて、すぐ隣の町でさえ聞いたことがないようなものが多く、ましてや県外のメニューなんかは全くどんなものか想像もできないものもあります。最近は「B級ご当地グルメ」がTVや雑誌などで話題となっていることもあり、名前だけを語った「ニセモノ」がいろんなイベントに出てきているようです。
 全国で話題となっている「B 1グランプリ」とは、食の方言ともいえる地元固有の食文化を観光資源として見直し、それをPRすることで「食のまちおこし」を応援する大会です。地元の味を忠実に再現しているならまだしも、地元と違う味のものを、知名度だけを利用している商売には憤りを感じます。みなさん、食のイベントにお出かけになる際はお気をつけください。
            
つづく

B級グルメの聖地くるめ 「“コナモン”の日」

 豆津橋 渡
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b-kyuu5.jpg5月7日は〈コナモン〉の日です。『たこ焼き、お好み焼き、うどん、そば、パンもパスタも餃子、肉まん、団子汁も・・・。小麦粉だけでなく、米粉、とうもろこし粉、豆粉・・・。さまざまな粉をベースにつくられた食べ物は、すべて「コナモン」です。』として活動している「日本コナモン協会」という団体があります。この協会ができたのは、「宇宙でただひとりのタコヤキスト」を自称し、たこ焼き研究で知られる大阪在住の生活文化研究家・熊谷真菜さんのところにきた「たこやきの町大阪になぜたこ焼き博物館がないのでしょうか?」というメールがきっかけ。そこで熊谷さんはたこ焼きだけではなく、関西ではお好み焼きやうどんも〈コナモン〉と呼ばれるコナモンの味わいを多くの人と共有したいと2003年5月7日に設立。以来、「コナモンの認知と普及」「5月7日はコナモンの日(日本記念日協会認定)」の認知などを目的として、『偉大なるコナモン』の魅力を〈オモシロまじめ〉に考える民間道楽団体として活動を続けています。
 道楽団体といっても、その内容はアカデミックなものからお祭りまで様々。理事には作家の難波利三さん、民族学者の石毛直道さんなど多くの著名人が名を連ね、「日本全国コナモンまつり」や「高校生創作コナモンバトル」を開催するなど、コナモンの本場である大阪から全国にその魅力を広く発信しています。
 話は変わりますが、昨年秋、「喜多方ラーメン」で有名な福島県喜多方市へ行く機会があり、もちろん有名な「坂内食堂」ほか数件のラーメン店をハシゴしてきたのですが、そこで驚いたのはその本場の「麺」の美味しさ。以前に東京や他の地域で「喜多方ラーメン」の看板を出しているお店で食べたときは、それほどの印象はなかったのですが、本場のモノは感動の旨さでした。材料の小麦はもちろん、水や温度などの環境、歴史など、その土地でしか出せない・生まれない「味」。改めて本物は本場でしか味わえないことを実感しました。
 さて、福岡県ではラーメン用に開発した
「ラー麦」や、米粉の普及に力を入れています。みなさん、5月7日は、ラーメンやうどん、米粉パンなどのコナモンをいただいて、筑後のコナモン文化を再確認してみてはいかがでしょうか?

ラーメン今昔物語 129「感謝とは?」 

ラーメン屋のHK

 先日、ある食べ物屋の前を通りかかったら、そのお店の外壁に大きく「ありがとう」と書かれていました。僕はすごいなと思いました。そこまで「ありがとう」という感謝の言葉を大書きして店外に宣言しているというのは、その店の社員からパート・アルバイトに至るまで、よほどお客様への感謝の心を持たせる教育が徹底しているのでしょう。 僕はまだその店に入ったことはありませんので、その真偽はわかりませんが・・・。
 世間では、感謝感謝とよく耳にします。ところが真の意味での「感謝」というのは、なかなか難しいものです。僕の店でも「ありがとうございます」という基本用語は徹底させていますが、はたして従業員全員が本当に感謝の心を以てお客様にそれを伝えているのか?心のないロボットが言っているのではないか?まだまだ僕には自信がありませんし、まして店の壁に「ありがとう」の大書きなど、とんでもありません。
 しかし僕は従業員にことあるごとに言うことにしています。「給料は会社からもらっているのではない。まして社長からもらっているのでもない。お客様から頂いているのです。それを忘れてはいけません」と。
 また「従業員の皆さんは『働いてやってる』ではなく『働かせて頂いている』という心で働き、管理職は、従業員の皆さんに対し『働かせてやってる』ではなく『働いて頂いている』という心を常に持って下さい」ということも言い続けています。
 互いに感謝の心があれば信頼関係が生まれ、労使の争いなど起こり得ません。
 さて、あらためて「ありがとう」という言葉について、一風堂の社長・河原さんはこう言っています。「親に『ありがとう』を言えない者が、お客様に心からの『ありがとう』を言えるはずがない」と。同感です。
 感謝の心のない「ありがとう」が相手に伝わる訳がありません。そう、「ありがとう」とは、「言う」のではなく「伝える」ことなのですね。
 ところで読者の皆様、毎回僕のこんな駄文にお付き合い頂き、本当にありがとうございます。
 伝わったかなぁ・・・。
(2010年4月)

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