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じぶんスタイル vol.90心を響かせる愛の語り部

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 「知り合いのジャズボーカルを聴きに行った時、これだー!とビビッときたんです」
 現在、福岡市内を中心に活躍する人気のジャズシンガー・MAYUMI(佐藤真由美)。学生時代は久留米でロックバンドのボーカルとして活躍。やがて就職し、物足りなさを感じていた時ジャズと出会う。
 「煙、お酒、そんなジャズの大人のお洒落な雰囲気に憧れました。足を踏み入れてみたい!ワクワクする感じです」
 二十一歳の頃、手探り状態でジャズを歌い始める。アメリカ人の先生に発音を習い、歌詞の意味から勉強。
 「日本語で歌うように英語でスラスラと歌いたいと思ったし、聴いている人もどんな歌なのかを理解してほしいと思ったんです」
 やがて時が経ち、良いことも悪いこともそれなりに経験を重ね、恋もした。
 「寝かせて熟成してお酒が美味しく変わっていくように、曲もその時はわからなかったことが二十年経つと、こういうことだったのか・・と、わかってきました。背伸びをしていた自分も、少しずつ準備ができてきました。気持ちと歌とバチッと焦点が合い、ラブソングを取り繕わず自然に歌えるようになったんです。常に気持ちが旬の状態。曲に深みが出て益々歌うことが楽しくなりました。」
 七月九日、久留米アプローズ・スタジオにてライブが開催される。ピアノ、ギター、ボーカルのセッションだ。
 「久留米はお客さんが熱く、独特の盛り上がりがあります。ノリが良く、楽しんでくれているというのがストレートに伝わってきて、その相乗効果でこちらも盛り上がります。今回もホットなライブができそう。爽やかな曲を入れてカジュアルにお洒落にジャズを届けたいと思います」
 ステージが盛り上がる時というのは、その瞬間、不思議な空気ができあがるという。
 「演奏者とのアンサンブルがいい空気にできあがってくると、音が豊かに立体的に膨れ上がってきて、色も出てきます。その気持ちよさがお客さんに伝わった時、お客さんも同じ気持ちになって一体になります。その瞬間が一番楽しい。同じ曲でもその日の演奏者やお客さんによって、全然違った雰囲気の曲になったりするんですよ」人の出会い、
愛から音楽は
始まる

 歌い続けて二十年。ここにきて、自分はなぜ歌っているのかをふと自問自答する。
 「ラブソング、つまり愛を伝えたいんだと確信しました。愛は永遠のテーマです。曲の中に詰まっている想いやいろんな形の愛を表現し、皆さんに感じてもらえればと思っています。そのためにはトキメキを大事にしたい」
 人が好き。人と人との間に生まれる愛に惹かれ、それを歌に寄せて届ける彼女。将来は親のいない子ども達の施設などで歌を教えるなど、何か関わることができたらと、話す。
 座右の銘は「一期一会」。曲を選ぶ時も人と会う時も、「今この時期だ!」という一期一会のインスピレーションがあるという。
 「人と出会い関わることから音楽は始まります。誰かと一緒に演奏する。誰かに聴いてもらう。そんないろんな人と出会うから刺激があり自分を発見できます。これからも愛をテーマとする曲をより味わい深く歌えるように、自分を磨きつつスキルアップしつつ人と関わりつつ、いろんな所で歌っていきたい。歌うことで愛の語り部になりたいと思います」
 彼女は輝きを秘めた瞳でそう語った。

文/森 志穂
さとう まゆみ

三井郡大刀洗町出身。福岡市在住。1989年、本格的にジャズの勉強をスタート。ジャズピアニスト立花洋一氏に師事。1993年、プロデビュー。1998年、「BLUE NOTE FUKUOKA」にてガーシュイン生誕百周年記念イベントに岩崎大輔トリオで出演。2002年、アメリカに渡り本場ジャズを学ぶ。現在、様々な有名ミュージシャンとユニットを組みながら福岡を中心にライブ、イベントに多数出演。

ジャズライブ
日時/7月9日(土)17:30 オープン、18:30 スタート
場所/久留米市東町40-15 5F アプローズ・スタジオ
問/森川酒店 0942-32-7016

街のチカラ新聞 vol.83

JIBUN-STYLE

『宝積』
人々に尽くして報いを求めない、
そんな気持ちでいれたらいい

jibun081.jpg(社)日本バーテンダー協会
九州地区本部久留米支部
支部長 林 公宏さん  さん

【PROFILE】はやし きみひろ(39歳)
1970年生まれ。久留米市出身、在住。1998年10月に店をオープン。2006年に結婚。休日は夫婦でお酒を飲みに出かけることも。洋酒の他、日本酒、ワインも好む。『BAR PAPERMOON』久留米市東町39-28パレットビル2F  TEL. 0942-35-6294

 棚に並ぶ洋酒のボトル。オレンジ色の照明に照らされてアンティークな世界に誘う。シャカシャカとシェイクが始まり、その手さばきに見とれていると、あっという間にカクテルグラスにおいしい色と香りがこぼれ出す。
 東町にある『バー ペーパームーン』。マスター林公宏さんは、(社)日本バーテンダー協会九州地区本部、久留米支部長を務める。
 (社)日本バーテンダー協会は八十周年を迎える中で、久留米支部は五十三年もの歴史を持つ。月に一度の勉強会や、売上金を盲導犬協会に寄付するチャリティカクテルパーティなど、年に二回のイベントを催す。五月のフレアテンディングバjibn082.jpgーテンダー・コンペティション全国大会では、久留米支部から初の優勝者、大庭賢一さんを輩出。それに刺激されてますます支部の意識も変わってきた。
 「皆、後に続けという気持ちです。今はインターネットで簡単にカクテル技術や洋酒の知識など引き出すことができますが、実際に氷の冷たさを感じたり、目の前で先輩の話を聞きながら生の知恵や手順を学んでいくことは大事だと思いますね。伝統的部分を大事にしつつ、新しいものや情報を常に取り入れていきたい。その手立ての一つがバーテンダー協会です。歴史ある支部、この火は絶やすことなく、今後も次の世代にバトンタッチしていきたいと思っています」
 今年の椿サミットでは、椿をイメージしたカクテル『久留米恋椿』を支部で考案。
 「支部の皆と制作しているうちに、どんどん椿のイメージが膨らんできました」
 ざくろのシロップで椿の紅色を、ピーチのリキュールで椿の香りを、ウーロン茶、そして紅茶のリキュールをベースに仕上げたカクテル。紅白の鮮やかな彩りが、あでやかな椿の花びらを思わせる。

初めてお客様にお出しした
ギムレットが忘れられない

 アルバイト期間を含め、バーテンダーとなって十八年。たまたま通っていた美容室のオーナーが大学の合格祝いにバーに連れて行ってくれたのが最初。初めて目の前で見るバーテンダー。初めて飲む本格的カクテル。それらは彼の心を掴んだ。
 「その時に飲んだマティーニは、今まで飲んだことのない美味しさでした」
 さっそく次の日、その店にアルバイトに入った。
 「いろんなお客様との会話、接客がすごく楽しかったんです。当時サラリーマンを目指していたんですが、アルバイトをするうちに、この道に進みたいと思うようになりました」
 最初の一年間はお客様へカクテルを出すことは許されず、厳しくも温かい憧れの師匠のもと、バーテンダーへの修行を重ねる。
 「やっと初めてお客様にお出ししたのはギムレットでした。緊張しながらつくり、飲まれる姿が気になって仕方ありませんでした。一口飲んで頷いてもらった時、真面目にやってきて良かったと思いましたね。最初に飲めて嬉しいと言って下さったそのお客様は、私がこの店を始めてからも今でも来られます。あの時の気持ちは忘れたくない。忘れてはいけないと思っています」
 オープンして約十二年。転勤や結婚で久留米を離れても数年後に久留米を訪れた時つい立ち寄りたくなる、いつの間にかそんな店になっている。
 「マスターがカクテルをつくっていなくても、カウンターに居るだけで緊張感があってお客様が居心地のいい店、方向性がきちんとしている店に完成できたらいいなと思います。先輩バーテンダーのように、七十、八十歳になっても元気にカウンターに立てたらいいなと思いますね」
 林さんは理想とするバーテンダーを次のように語る。
 「私達バーテンダーは主役になってはいけないんです。脇役に徹しながらも最高の演出をしていきます。一歩引いたところでお客様のかゆいところに手が届くような、お客様が話し掛けてもらいたい時に手を差し伸べられるような存在でいたいと思います。カクテルはレシピが均一されていますが、つくり手によって全部味が違ってくるんですよ。配合の具合、温度、氷など、つくり手の個性が出ます。お客様が落ち込んだ時、いい事があった時にそれを察知できて、おいしいと思えるカクテルを出せるようになったら……飲みたいと思えるお酒が確実に出せるようになったら……最高に近いバーテンダーでしょうね」
 『ペーパームーン』。映画タイトルからとった店名。月の光のように温かく優しい夜が、今日もマスター林さんのもとで展開される。

文/森 志穂

街のチカラ新聞 vol.82じぶんスタイル

おもてなしを追求お客様の「いいね!」の声が私を成長させてくれる

『とうふ処 梅乃家』女将 牟田 博子さん
【PROFILE】むた ひろこ

1948年生まれ。八女出身。三潴在住。1978年に篠山町に店をオープン。1991年に現在の場所に移転。仕事後、夫婦での夕食が唯一の楽しみ。お酒も少々……。現在、梅乃家ホームページ内のブログで奮闘中。『とうふ処 梅乃家』城南町21-9 問/0942-35-0603

 おもてなしといえば、定評高いのが豆富料理を続けて三十二年目の梅乃家。女将・牟田博子さんは、「大切な時間を割いて来て下さっているお客様が、気持ちよく心地よく過ごしてお帰りいただくのが最大のおもてなしです」と、話す。
 それは、この店で働くスタッフも同じ気持ち。お客様一人ひとりの苦手な食べもの、好きなビールの銘柄などお客様の特徴を知り、嫌いなグラタンの変わりに茶碗蒸しを出すなど、常にお客様の立場になった接客が伺える。
 厨房では、器は汚れていないか、欠けていないか、料理は冷めていないか、盛り合わせ方はどうか、運ぶ時間はちょうどよいか……常に女将さんがチェック。それでもうまくいかないことがある。
 「料理は一番良い状態で召し上がっていただくことが大事です。スタッフも私の気持ちをくみ取ってくれて、おもてなしの心を大事にしてくれています」
 そして、もう一つの大事なおもてなしは、
 「裏でどんなに忙しくても、お客様の前では心から気持ちのよい笑顔で」
 店内には季節の雰囲気を醸し出すしつらえ、今の時期は愛らしい蛙も飾られている。そして、女将さん手描きの絵、和の情緒を漂わせる刺子のタペストリー、玄関や各テーブルに季節の野花が、決して派手ではなくさりげなく飾られている。
 「食事だけではなく、楽しむ空間をつくるのが私の役目だと思っています。お客様から『あらー、かわいいねー』と、喜ばれる言葉が聞かれた時、よかったなと思いますね」

乗り越えられるのは
「お客様に喜んでもらいたい」
の思いから

 全部で二十五箇所にも飾られた花は、かつてはいけ花の先生に依頼していた。しかし、三ヶ月程で辞められ、明日から二十五箇所を全部自分でいけなければいけない……女将さんの仕事がまた一つ増えた。
 「でもピンチはチャンスなんですね。窮地に追い込まれると、何とかなるものです」
 知人に事情を話すと、茶花を扱っている花屋に連れて行ってくれた。そこで目にしたのが、壁にかけられていたそそとした花だった。
 「あー素敵!私がいけたい花はこれだと思いました。」
 それからさっそく茶花を習い始めたそうだ。毎朝花を集めるのが日課。夫婦で山へ行くこともしばしば。
 「十一時の幕が開くまでには全箇所の花が入っていないといけないんですよ。続けることって本当に大変だなと思います」
 約二十年間、店の各箇所に女将さんの優しさがしつらえとして息づいている。
 こんな店の魅力に惹かれて、結婚記念日、誕生日、お節句、お宮参り……そんな記念日に訪れるお客様も多い。そんな時、女将さんは手描きの絵をプレゼントしている。店の仕事の合間、少しの空き時間を利用して描く。淡い水彩のタッチは温かく優しい。
 五~六年間、本を見ながら独学で描き方を学び、最近は絵手紙を習い始めた。当初、稽古のつもりで和紙に絵を描いて胡麻豆富や持ち帰りの品を包装していたこともある。
 「記念日のために何かできることをと思って、シーンに合わせた絵を描いてプレゼントしています。上手には描けないけれど、『うわー、いいね』とお客様がおっしゃるような絵を描きたいといつも思っています。
 でも、行き詰まる時もあるんですよ。それでも乗り越えられるのは、『お客様に喜んでもらいたい』その思いだけです」
 「お客様に良いものを出したい」、厨房に立つ息子も思いは同じ。なのに、それぞれの思いが強くて料理のことでしばしばケンカになる。
 ある時は、ケンカをして出て行ったこともある。どこに行こうかと考えているうちに、「そうだ、お客様にプレゼントする絵の材料を買わなきゃ」……気づけば店に入っていた。
 「結局、出て行ったのは三十分だけ。こっそり帰ってきて絵を描き、普段通りの仕事に戻る始末です」と、女将さんは笑う。頭の中にあるのは常にお客様が喜ぶ顔。
 「お店のしつらえ、絵を描いたり、それらは結局、お客様の時間を大切にするということでもあり、お客様を喜んで迎えられるという自分自身の安心でもあります。お客様の『いいね!』と言われる言葉によって、こうして私は育てていただいているなと感じます」
 そこには、おもてなしの心が導いてきた女将さんの人生があった。

※梅乃家では『豆腐』ではなく『豆富』と表現しています

文/森 志穂

これが自分スタイル描くのは天然木を囲む温かい暮らし 孫の代まで伝える琥珀色の宝石

jibunstyle66.jpg天然木の家具のお店
『Amber』オーナー
水谷  崇史  さん

【PROFILE】みずたに  たかし(35歳)
1974年生まれ。京都府出身。上津町在住。妻・香織さんと共に2008年10月に店をオープン。趣味はパソコンで調べものをすること。『Amber』久留米市山川野口町12-33
問/0942-45-1017

 天然木が伝える温もりと味わい。一枚板の豪快さ。その魅力を誰よりも知り、提供している水谷崇史さん。久留米に店を構えて一年七ヶ月。天然木の一枚板に囲まれた店内は、ドアを開けると清々しい気の香り。たちまち癒しの空間に包まれる。テーブルや座卓、雑貨などが並び、部屋のイメージが広がる。
 「敷居が高い山奥の店などではなく、お洒落な生活の一部分として手に届く店でありたいと思います」と、崇史さんは話す。商品は全て天然木を使ったオーダーメイド。
 「自然の形を活かしてテーブルなどを工夫してつくるのが好きだし、一枚の板を磨き上げて、木の表情がだんだん浮かび上がってくるのは楽しいです。人工的な家具も良いですが、天然木が生み出す曲線には勝てないでしょう。それに、一枚板は迫力があってそれだけでも存在感を出します」
 「同じ品は絶対にないんですよ。同じ木からつくった品でも切り口によって模様が変わってきます。色も黒、赤、木目と天然の色は素敵です。模様も形も木そのものがデザインなんです」と、妻の香織さんも天然木の一枚板に魅了された一人だ。
jibunstyle7u.jpg 水谷さん夫婦は京都の一枚板専門店に六年間勤め、結婚を期に香織さんの故郷である久留米に移住。京都では仕入れ、顧客管理、店づくり、スタッフ育成と、全てこなしてきた二人。しかし、店が大きくなればなるほどお客さんと接することが少なくなり、自分が勧めたくない品も勧めなければならない状況に矛盾を感じていた。
 「ここでは自分で見て仕入れて、全部がお客様に自信を持ってお勧めできます。売りつけるのではなく、あくまでもお客様に選んでもらうのが基本。主役はお客様。店としてはこだわりがないのが、こだわりでしょうかね」
 販売する時は決して押し付けずこだわりがない。しかし、商品づくりにはこだわる。化学塗料は使わず自然塗料。あくまでも自然の良さを引き出した商品づくりだ。

年月が経った魅力的な
天然木のように、
人との繋がりも長く大事に

 テーブルを購入したお客さんからは、テーブルを中心に家族が長い時間集まるようになったという声。崇史さんがいつも頭に描くのは、天然木を囲む温かい暮らしだ。
 「食事をするだけではなく大きなテーブルの片方では子供が宿題をし、片方ではお母さんが家計簿を付けるような、リビング・ダイニングがつながった家族が集まる場所になればいいなと思いますね」
 「家具を選びに来られる方は皆ハッピーな気持ちで、幸せな食卓を囲みたいという人が来られます。それがまた楽しいです」
と、香織さんも微笑む。
 店の名『アンバー』は、『琥珀色・あめ色』の意味。
 「木の樹液が固まり化石になって琥珀色の宝石になるように、使えば使うほど琥珀色になり艶が出て深い味わいが出てくる天然木の家具を、宝石のように長く大事にしてほしいという思いがあります。年月が経つと手触りや香りも魅力的になり、傷もまた味の一つになってきますよ。天然木は孫の代まで使えますし、何百年もの年輪を重ねていますからね」
 中には、家族が増えたためテーブルを切って個人用デスクにつくり変えたり、家族が減ったためテーブルをベンチにつくり変えるなど、崇史さんは天然木を活かしながらその家に合った家具へと蘇らせる。
 長く使ってほしい。そしてまた、自分達との付き合いも長いものであってほしい。『アンバー』という店の名には、そんな一つひとつの家具、一人ひとりのお客を大事にした思いが見える。
 「お客様と一緒に選び、仕入れから納品までお付き合いできるのが楽しいですね。納品の時はどんな家に品物が置かれるのかなと、娘の嫁ぎ先を見るような思いです。その後のメンテナンスも万全です。家族の皆さんともお会いして、深く長く付き合うことができることが嬉しいですね」
 こう話す二人。久留米の町とも長い付き合いになることだろう。
 「麦畑や田畑風景が見られ、育っている作物で季節を感じます。久留米は見て食べて季節を感じられる町だと思いますよ。その一方では、お洒落な生活感覚を感じられる町であり、いろんな情報が届いている町。女性のフットワークが軽く活発な町だと思います。ぜひこの町に店を構えたいと思いました。この町に天然木、一枚板の良さが伝わり広まるといいなと思います。夢は特に大きなことは考えていません。細く長く店を続け、一人ひとりのお客様に丁寧に接していきたいと思います」
 天然木のテーブルが家族の団欒を育むように、『アンバー』は人々との繋がりを琥珀色に紡いでいるかのようだ。

文/森 志穂
写真/山口 拓朗

JIBUN-STYLEこれが自分スタイル『Dream5』ダンサー

夢が叶って嬉しい!
応援してくれている人に
ありがとうを伝えたい

jibun-style_1_main.jpg『Dream5』ダンサー
高野  洸  くん

【PROFILE】たかの  あきら(12歳)
久留米市山川町出身・在住。4歳から市内のダンススクールに通い、現在も在籍中。2009年8月エイベックスのイベント『a-nation』でアクトダンサーに選ばれる。9月『Dream5』メンバー決定後、11月CD『I don’t obey~僕らのプライド~』をリリース。
 NHK教育の人気番組『天才てれびくんMAX』の企画から誕生したボーカル&ダンスユニット『ドリームファイブ』。全国の千五百以上の応募者の中からオーディションで合格した四人+番組の中のてれび戦士(レギュラータレント)重本ことりさんによる五人組ユニットだ。十一月四日に、CD『アイ ドント オベイ~僕らのプライド~』をリリースした。
 その中の唯一の男の子が高野洸くん。四歳の頃から久留米市内のダンススクールに通い、小学校二年生からは毎日二~四時間のレッスンを続けてきた。
 「赤ん坊の時から、外出先などで曲が流れていたらフラフラ体を動かすんです。ダンススクールに入って二度目のレッスンでブリッジができるようになったのが、嬉しくてたまらない様子でした。レッスンを重ねてくると、歩いている時も家にいる時も常にステップを踏んでいる状態。叱った時でも足はステップを踏んでいるので、こっちは怒る気が失せちゃうんですよね」
 母親が話す幼い頃の洸くんの様子。スクールでは、ダンスチームを組んで数々のイベントに出演し、「仲間と一緒に踊るのが楽しい」彼の表情はいつもそう語っていたと母親は話す。
 「テレビに出られるプロのダンサーになりたい」
 幼稚園の年中の時に洸くんが書いた七夕の短冊。ダンススクールで次々と予定されるイベントステージが、常に身近な目標を持たせてくれた。身近な目標をクリアする度に少しずつ夢に近づいているのを、彼は実感していたのかもしれない。
 キレのあるパワフルなダンス姿とは裏腹に、普段の洸くんは優しく控えめな性格。その洸くんが、今回は自分から率先して「『天才てれびくんMAX』の全国オーディションに出て合格したい応募したい」。母親は少し驚いたという。
 一次審査をクリア。テレビ放映された二次審査では、審査員に圧倒されてカチコチに緊張した表情だったが見事合格。七月、いよいよ最終審査。たくさんの観客。小さい頃からイベントステージをこなしてきた彼には、それがかえっていつもの雰囲気だった。ノレた。
 「ダンスを始めた時からずっと、もっと上手になって有名になりたいと思っていました。合格したとわかって、あまりの驚きと嬉しさで頭の中が真っ白になりました。そして、これからもっと頑張らなきゃと思いました」
 そう話す彼の表情は、普通の十二歳のあどけない笑顔だった。

今の自分を支える故郷、
久留米

jibun-style_1_sub.jpg 十二月五日、キャナルシティ博多でミニライブ&撮影会を開催。楽屋でこう話す。
 「踊っている時は楽しくてたまりません。地元なので今日は極限まで力を上げて踊りたいです。皆にはぜひ、自分で踊りを考えたソロの部分を見てほしいです。」
 「かわいい!」という歓声の中、登場した五人は体いっぱいで弾け、ステージバックの吹き上がる噴水に負けないくらい、両手を空にいっぱいに広げて踊り歌った。
 「皆が盛り上がってくれたので、自分も思いっきり踊れて気持ちがすっきりしました。地元なのでいつもより嬉しくて、洸くん!という声援が聞こえる度にテンションが上がりました」
夢を叶え、メンバーと共にイキイキとステージで踊る洸くんの姿は眩しかった。
 デビューをきっかけにたくさんの大人達との出会いもあった。杉浦太陽、振付師のKABA・ちゃん、ハリセンボン、数多くの芸能関係者……。初めてのことばかりで不安な自分に、声を掛け思いやりを持って優しく接してくれる温かい方々ばかりだった。そんな中、変化した彼に母親は気づいていた。
 「これまで、ステージで踊っていても人に見られているなんて全く気にしていないかのようにマイペースで、人を意識しない子でした。でも最近変わったようです。例えば友達が遊びに来て帰る時、あっさりバイバイと言っていただけだったのに、今では玄関まで見送ったりして、人に対して大事に接しているなと感じます」
 スタッフとメンバーで食事をしている時、「ドリームファイブの皆とスタッフさんが優しくしてくれて感謝しています」。彼の口から出た言葉だった。プロとなり一つの夢を達成した今、そこにはダンスと同時に人としての成長があった。そしてそれは、次に目指す夢としても表れた。
 「人の話をよく聞き、頭の回転をよくして話が上手な人になりたい。杉浦太陽さんみたいに、いつも皆に笑顔で明るくて優しい人になりたい」
 十二歳という小さなダンサーの興味と可能性は、どんどん未来に向かって広がり続けている。

文/森 志穂
写真/小原 亮

これが自分スタイル-つくり手だからこそ、自分が楽しんでいることが一番です

つくり手だからこそ、
自分が楽しんでいることが一番です

プロデューサー
吉永千紘  さん

【PROFILE】よしなが ちひろ(29歳)
中学2年生から高校3年生までを久留米で過ごす。筑波大学芸術専門学群卒業後、株式会社ホリプロへ入社。東京在住。

 「だんだん良い作品に仕上がっていくのが嬉しいんです。たくさんのお客様が観にきてくれて、いい時間を過ごしてほしい」
 現在、芸能事務所の株式会社ホリプロでプロデューサーとして活躍中の吉永千紘さん。舞台づくりの醍醐味をこう話す。
 舞台をつくる俳優、演出家や照明などクリエーター同士をうまく繋いで一つの舞台をつくり上げていく。さらに、舞台とお客様とを繋ぐ役目がプロデューサー。スタッフ同士が円滑にいくよう間に立ち、舞台を商品として売り込む宣伝から予算の管理までを行なう究極の裏方役だ。
 学生時代にバンド活動をやっていた彼女は、当時ふと思った。
 「ステージの上に立つよりも、ライブをどんな風につくっていくか、見せていくか、構成を考える方が面白いかもしれない」
 その気持ちが今に続いている。
 「プロデューサーというのは、お客様から一番顔が見えない存在ですが、確かにそこに居るという不思議な立場なんです。お客様が舞台の俳優やスタッフに向かってカーテンコールをしている時、そういうお客様の背中を客席の後ろから見るのが好きです。その瞬間、良い舞台だったなと舞台を客観的に見ながら、やりがいを感じます」
 常に客観的でなければいけない。それがプロデューサーでもある。
 「俳優は舞台に没頭していくけれど、私の場合、今回のチラシはどうだったか、どういう風に宣伝するかなど、舞台を常に客観的に見なければいけません。芸術は利益なくやろうと思えばいくらでもできますが、私の仕事はいかに商品として売ってどれだけ利益を残すかなんです。作品としての質を落とさず、かつ利益を上げて俳優さん達にギャランティを払っていく……それがプロデューサーの使命でもあり、おもしろいところです」

今の自分を支える故郷、久留米

 困難を乗り越える力は久留米で養った。明善高校時代がなければ今の自分はないという。
 「勉強は授業以外でも課せられていたし、部活も厳しく先生方も熱心で、いろんなことにきちんと取り組む大切さを教えられた高校時代でした。その厳しさが、今はありがたい支えとして自分の中に残っています。どんなに仕事できつい時があっても、『明善の頃よりはマシだ。頑張れる』と、思えます。また、いい友に出会えた時でもありました。今でも東京で同じ久留米出身、同高校出身の同級生と時々会い、『皆活躍しているな。自分も頑張らないと』と、思います。東京は人と深い関係なしでも生きていける場所だけれども、同郷の友達は強い絆があり、今の私の励みになっています」
 自分を育ててくれた久留米に思いを馳せながら、同時に残念に思うことがある。
 「離れてみて感じるのですが、久留米は良い町、温かい町だったなと感じます。久留米の人の明るく世話焼きで他人に関わってくる人柄が好きでした。そんな自分の故郷に舞台を届けられないのが残念。久留米には設備の良い劇場がなく公演に回れないんです」
 久留米にも舞台の感動を届けたい、その願いがいつの日か叶うといい。
 「舞台って、テレビや映画などメディアを通したものにはない面白さがあります。その場に居る観客だけのために俳優が演じスタッフが転換していく。生身の人間がやっているものを生で感じる感動があるんです。そんな舞台に、より多くの人達が触れる機会を広げられたらと思います」
 三月には、ホリプロ創業五十周年企画として、蜷川幸雄演出『身毒丸』の主役オーディションが行なわれる。応募資格は十二歳から二十歳までの男子。
 「経験は関係ありません。蜷川さんの舞台は吸収すべきことが多いので、あまり考えず純粋にぶつかっていけるような、真っ直ぐで一生懸命な根性のある子がいいでしょう。才能はどこに眠っているかわからないものです。少しでも興味があったら挑戦してほしい。久留米から俳優が誕生したら嬉しいですよね」
 制作からプロデューサーとなって六年。今後より携っていきたい作品も見えてきた。
 「約三十年続いているミュージカル『ピーターパン』を担当していますが、なんて良い作品なんだと、最初に衝撃を受けた作品です。赤ちゃんからお年寄りまで世代に関係なく家族で観にきて楽しめる。夢を見る素晴らしさ、お母さんという存在、人間というものを考える深い話です。こんな、家族で感動を共有できるような作品をずっと広げていけたらいいなと思っています」
 心掛けているのは『前進』、『笑顔』。
 「人を楽しませるものをつくる側だからこそ、自分が楽しんでいることが一番です」
 はきはきと応えるその声は、人生という舞台を謳歌している声だった。

文/森 志穂

poster.jpg『身毒丸』
オーディション
応募者募集中
応募締切/2010年2月26日
問/・03-3490-4630
HYPERLINK
http://www.shintokumaru.net

百貨店時代の口癖は「商店街に学べ、顔の見える仕入れを」JIBUN-STYLEこれが自分スタイル

img_0094.jpg久留米市中心市街地活性化協議会
タウンマネージャー
入江 雅春 さん

【PROFILE】
いりえ まさはる(60歳)
筑紫野市出身、在住。1949年生まれ。百貨店のMD統括部長に就任し、52歳の時に退職。その後、店舗や百貨店のコンサルタント業を経て、2008年に久留米市中心市街地活性化協議会タウンマネージャーに就任。

シャッターの閉まった店が目に付く久留米の商店街。しかし、その隙間からこぼれる元気や掛け声に気づき、街を歩き、人と出会い、シャッターを持ち上げる人力を集める人物がいた。久留米市中心市街地活性化協議会タウンマネージャーの入江雅春氏。
 出店したいという人がいれば、地主交渉をして出店しやすい環境を用意する。さらに、商店街に人が集まる企画を提案する。そうしたマネージメントが彼の役目だ。
 「私はあくまでも縁の下の力持ち。今何かせないかんという商店街の人達の気持ちが、私を動かしているだけです。久留米の人といっぱい会って、話して、それが今に繋がっています。皆が気持ち良くやる気をもって頑張れるように、土壌づくりをするのが私の役目です」
久留米市外出身だからこそ、違う角度から冷静に客観的に久留米を見つめる。それがかえって新鮮な提案を生み出す。
 「本、文具、カフェ、ティッシュなど生活に密着した品を販売する店がなく、バランスが悪いのでは」と、入江氏は分析する。
商店街の現状は、久留米市民人口約八万六千人のうち、一日の通行量は約四千三百人。しかし、例年に比べると空店舗の数は十軒程減った。
 「人との繋がりで成り立っているのが商店街であり、お客さんとの顔の見える関係が魅力です。商店街利用者のメインを占める女性、シニアの知恵や経験をもっと活かしたいし、生活感溢れる通りにしたい。まずは通行量を増やすことからです」
 かつて百貨店に勤めていた頃、お客様とお客様の子どもが骨折して来店。次に来店した時は治っていたため、「治ってよかったね」と、入江氏が声を掛けたところ、お客様は覚えていてくれたことに感激し、その子が結婚する時に「全て任せますから選んで下さい」と、言われてきたという。
 「商売とはそういうことです。売ることではなく、次に来ていただくこと。大事なのは、また行きたいなと思ってもらうことです。百貨店業務と商店街の共通するところは、人を接待するほとめきの気持ち。百貨店時代、『商店街に学べ、顔の見える仕入れを』と、よく言っていましたよ」

img_0112.jpg「イベントの目的は、人を集めることではなく人を育てること」
 入江氏は今、毎週開催しているタウンマネジャーミーティングメンバーと空店舗を利用した様々な企画を検討中だ。
 一つは、『信愛クリスマスショップ メルシィ』。信愛女学院のビジネスキャリア学科一年生の授業の一環で、十一月二十八日~十二月二十三日の土日祝日、空店舗で実際にビジネスを体験してもらおうというもの。
 「若い学生達が商店街の賑わい性に参加することで、またいつもと違った商店街が見られるのではないでしょうか」と、入江氏は期待に笑顔を見せる。
 もう一つは、十一月七、八日に行なわれるB1グランプリに合わせての『くるめ老舗お菓子まつり』。六ツ門の空店舗前にブースを置き、久留米の老舗十店舗を一堂に集める。
 「B1グランプリ会場となる駅東口、三本松公園、六角堂広場をつなぐ商店街をぜひ賑わせたい。考えたら商店街にお菓子屋が殆どないんですよ。甘いものは特に女性、お年寄り、子どもは大好きです。お菓子を嫌いな人はいないでしょ。商店街には老若男女来てほしいから、皆が大好きで歴史ある老舗菓子を集めたいと思いました」
 さらにもう一つ、これはまだ構想段階だそうだが、『春のほとめき自転車フェステイバル』。自転車で商店街に来てもらい、珍車披露、自転車ショーやパレード、ベロタクシー体験などができるイベントだ。
 「ブリヂストンがあって久留米競輪があって中野浩一の出身地でもある久留米は、自転車の町と言ってもいいぐらいです。商店街に関するアンケートをとると駐車場問題は六~七割と高く、ならば自転車で来てもらってはどうかという商店街の方からの声。駐輪場の件などクリアすべき課題はありますが、自転車は健康に良く環境に良く観光もしやすいというメリットがあります。しかし駐車場問題が解決したらお客さんが増えるというものではなく、やはり一方では品物やサービスを追求していく努力が必要。両輪でやっていくことが大事です」
 先般、全国的に元気なことで有名な佐世保市四ヶ町商店街の竹本理事長に学ぶ。
 「イベントの目的は、人を集めるためではなく人づくり。人を集めるためにどうしたらいいのかと相談し合うことで人が育っていくんです。必ず熱いキーマンとなるばか者、若者、よそ者が必要。ぜひ次代を背負う多くの人の登場を待っています」
 十一月三日、一番街商店街に第一回女性起業家募集キャンペーンから生まれたアロマの店がオープンする。今商店街に、シャッターの閉まる音ではなく、シャッターの開く工事の音が嬉しく響いている。

 JIBUN-STYLE 10好きな言葉は『温故知新』

img_9702.jpgこれが自分スタイル
好きな言葉は『温故知新』
先人達がつくり上げてきた
長い歴史を見直すことも大事です

創作料理コンテスト
カメリアプレート入賞者
今村亜沙美

(PROFILE)いまむら  あさみ(24歳)
出張専門『笑顔整体』副院長。1985年生まれ。大刀洗町出身。
福岡市在住。趣味、特技は料理、絵を描くこと。

 久留米の市木である久留米つばき。『正義』に代表され、のちにヨーロッパ、アメリカに伝播し、カメリア(英語でつばきの意味)の代表花となった。その原種となる『正義』は久留米市草野に現存し、約三百年間今日まで華麗な花を咲かせている。
 今回、『スローフード協会筑後平野』では、二〇一〇年に久留米で開催される国際つばき会議に合わせて、久留米産の農産物を使っての久留米つばきをテーマにした『創作料理コンテスト カメリアプレート』を実施。たくさんの応募作品の中から、今村亜沙美さんの料理が入賞しました。
1.jpg 紅白がまだら模様に混じった『正義』の花びらを、梅干を使って紅白まだらのおにぎりで表し、タクアンで黄色いめしべをあしらい、見事に『正義』のつばきを表した。紅いつばきはトマトのマリネで。つぼみはピンクの白玉で。葉はキュウリを使い、その間にキンピラゴボウを散らして枝を表している。
 「できるだけいろんな味付けをせずに、地元久留米で収穫された米や野菜そのものの美味しさを出したかった。また、家庭でつくれるもの、家庭の味を出したかったんです。手の込んだ料理よりシンプルなものをと思ってつくりました」
 そう話す今村さんは、屈託のない二十四歳の若妻の笑顔を見せる。
 五年前に実家を離れ福岡に。
 「土地を離れて初めてわかったんです。こっちの野菜や米は新鮮で美味しかったなって」
 その感動をシンプルにつばきの花として表したことが受賞につながったようだ。
 「料理好きなのでおもしろそうだなと思って応募したんですが、皆さんの料理はとてもレベルが高かったです。試食会場で見ているだけで楽しくなりました。人が見ている前で料理をつくったことがないのでとても緊張しましたが、楽しんで参加できました。まさか自分が賞を取るとは思っていなかったです」
 普段から料理が大好き。チャレンジ精神も旺盛だという。
 「人を料理でおもてなしする時に、素材そのものの味を可愛く出せたらおもしろいだろうなっていつも思っています。日頃の家庭料理をつばきの花に変えて見せたら……と、いろいろと考えるのが楽しかったです」
 インターネットでつばきの花について調べ、イメージをつくる。食材を使ってそのイメージを形にしていく。それも楽しい時間だったという。

あらためて感じた
つばきの魅力、久留米の魅力

 「今回、応募するにあたって感じたことがあります。つばきの花は、子どもの頃から家や道端に必ず咲いている花で昔から何気なく見ていたけれど、こんなにいろんな種類や色があるんだなって初めて知りました。あらためて、きれいな花だなと感じました。バラやカーネーションにはない、和の美しさがありますよね」
 そして、つばきの花の再発見は、久留米の街の再発見でもあるようだ。
 「久留米もそう。昔から馴染みのある街だったので何気なく過ごしていたけれど、伝統があって、緑があって、美味しいものがたくさん収穫できて、人が温かい街。離れてみて、あらためてその魅力がわかりました」
 それらの再発見は、彼女の好きな言葉に象徴される。『温故知新』。
 「新しいものばかりにとらわれるのではなくて、先人達がつくり上げてきた長い歴史を見直すことも大事だと思います。スローフードの地産地消の考え方もそうですよね。それは、東洋医学にも通じるところがあるんです。マクロビオティックなどをこれから学んでいきたいと思っています」
 福岡の自宅では、四年前から夫婦で出張専門の整体院を営む。
 これからの夢をこう話す。
 「人の健康を応援する仕事をしているので、健康をつくる元である食についてはとても大事に考えています。料理はつくる人の考えや気持ちを反映するもの。見た目だけでなく中身が大事だと思っています。食べる人が美味しいと感じるもの、食べる人の体のことを考えてつくりたいです。新鮮で栄養たっぷりの食材で……。
 今後もいろんな料理をつくっていきながら、整体とともに食の大事さを勉強し、伝えていきたいと思っています。食や体のアドバイスをしながら、元気な人を増やしていきたいなと思っています」
 創作料理コンテストをきっかけに広がった温故知新の喜びと夢を語る彼女は、これから紅葉し深まっていく秋に、どこか似ているようだ。

文/森 志穂
写真/小原 亮

銀のすぷーんの筑後平野 旬だよりvol.25 「明星かぼちゃ」

秋にいちばん美味しくなる、収穫祭の主役!

明星山のふもと、地元のe-FARMさんの畑で栽培されているのは「九重(くじゅう)栗かぼちゃ」と言われるハート形のかぼちゃ。その微笑ましい形もさることながら、果肉はカロチン含有量が他の品種に比べ2~3倍も多いと言われ、黄色味がとても強く、見るからに美味しそう!栗のようなホクホク感が特に強そうです。

slowfood_09_1.jpg 夏に収穫されたかぼちゃは数週間熟成させ、今が一番美味しくいただける時。そのe-FARMさんのかぼちゃを、オーブンで焼き、皮をむいてピューレにして・・・。
 手作業での下ごしらえをされたかぼちゃはこれから、クッキー・ロールケーキ・プリン・パイなど季節限定のスウィーツになって、銀のすぷーんに登場します。

slowfood_09_2.jpgslowfood_09_3.jpg取材協力/銀のすぷーん

ちょっと贅沢な 大人の外(アウト)日

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