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くるめ-コラム

これが自分スタイル「花ありて人生は楽し きみありて人生は楽し」

日本ツバキ協会 久留米支部長
久留米つばき研究会 会長
久冨  舜介  さん

jibun-style3.jpg【PROFILE】ひさとみ  しゅんすけ(73歳)
1937年生まれ。久留米市草野町出身、在住。1960年、幸恵さんと結婚。1965年~ミストハウスの普及により本格的に生産販売に携わる。趣味は海外旅行(南米で椿に出会った旅行は感激だった)

 日本古来から愛されている椿の花。日本ばかりか一八三〇年シーボルトが広めた椿「正義」の美しさは、今や世界各地に広まっている。世界の愛好家が研究発表や情報交換を行なう国際ツバキ会議が、世界二十八カ国で二年に一度開かれており、今年は三月二十日~二十四日久留米にて開催。海外から約二百名、全国三十五市町から約五百名の人々が来訪する。合わせて三月二十日~二十二日、市民交流事業として石橋文化センターを中心に久留米つばきフェアが開催される。
 ツバキ苗生産日本一を誇る久留米には、樹齢三百年を超える古木が今も花を咲かせており、特に東部の耳納北麓一帯は苗の有名な産地。三月二十一日~二十二日、草野町では耳納北麓草野つばき祭りが開催され、山辺文化館では三月二日~三十日、つばき展が開催される。
 草野町で五百以上の品種を生産販売している久冨舜介さん。「久留米の民家には椿が庭に咲いている家が多くあり、椿文化を育てる地域風土があります。特に草野には古木がたくさん残っているのでここから椿文化を発信したい」と、話す。
 実生をして新種が育つのはその中のごくわずか。接木をして花を咲かせるまでに四~五年かかり、売り出すまでには十年かかるという。次々と新品種を生み出し、我が子のように椿を育てる久冨さんは、「椿を育てるのは子育てと一緒たい」と、笑う。
 「十年経ってやっと、よか子に育つかどうかがわかります。新品種を生み出しても認められるまで何年もかかります。全国行く先々で椿を見かけると、俺の育てた品種だなとすぐわかりますよ。双子でも親は区別ができるのと同じたい」
 高校時代から、家にはない椿をカタログで取り寄せるほど椿に関心があった久冨氏。一九五八年、県の農業改良普及所の呼掛けがあって椿の苗づくりを試みることにした。ある時、それはまだカラーページが珍しい時代、生け花・安達流の家元が何種類もの椿が載ったカラー写真を見せてくれた。
 「こんなに種類があったのか!と、衝撃的でした。花色だけでなく、八重咲、唐子咲、しぼり咲、大輪、小輪と花形が一つ一つ違う。椿ほどいろいろな形や色のあるものはないと思いました。当時、その中でも大きく派手な唐子咲が最も美しいと思ったんです。その時から、俺は椿をやろうと決心しました。唐子咲は思い出の花ですよ」
 そう言って、久冨氏は命の次に大事だという琥珀色に焼けたその写真本の表紙を開いてみせる。
 この決心の時、久冨家にすでに嫁いでいた妻の幸恵さん。当時をこう振り返る。
 「台風の時も、夫は椿の仕入れに行っていて不在でした。珍しい椿があったら、何はさておき見に行っていましたから。初めて見る椿をみると、きれいな女の人に会ったのより嬉しいと言っていましたよ」
 夫婦共に椿を育て販売していく中、幸恵さんは旅先等で椿の絵のグッズを目にすると買わずにはいられないという。器、皿、タオル、暖簾、一輪さし、扇子……彼女もまた椿の虜だった。
jibun-style2.jpg 「二人で集めたコレクションの数はものすごい。特に私は絵画集めが趣味です。芸術的な絵よりも、実物に近い描き方をしている絵の方が好きです。椿は花形が良くてしっかりまとまった花。その特徴をうまく表した絵に惹かれますね」
 久冨氏は幸恵さんの顔を見ながら、嬉しそうに話す。椿コレクションの数、ハウスに広がった五百種もの椿の苗は、二人で歩んできた証でもあった。

時代を開き、国境を越える花 

 久留米つばきフェアでは、これらの久冨家の椿コレクションが、石橋美術館下の一室に展示される三百種の椿の切花、百鉢ほどの鉢物が市民ギャラリーを賑わす。期間中、巡回バスも運行し、久冨家のハウス、草野町に咲く古木、久留米つばき園(久冨氏が管理部会長)も見学コースとなっている。
 「ぜひ足を運んで、椿の多彩さ良さを感じてもらいたいです。まずは花に惚れてもらいたい。美人も見ないとわからんでしょ」と、久冨氏。
 「椿は大輪は賑やかな場に晴れ、小輪は小さい器に挿しても美しい。一輪だけ挿しても様になる花が椿なんです。茶席に生けるような一重の小輪も質素な美しさがあり、私は好きです」と、幸恵さん。
 さらに、久冨氏は次の時代を見つめる。
 「うちに来れば交配用花粉や品種苗を分けることができます。人気品種も時代によって波がありますが、しばらく育てていなかったという品種もここに来ればちゃんとあります。次の時代のためにぜひ活用してほしい」
 この三月、日本全国、世界各国の多くの人の心に久留米の椿のつぼみが宿るに違いない。今回、久留米に海外からのお客様がいかに集まることになろうとも久冨氏はこう語る。
 「花を見るのに言葉はいらんとたい」

文/森 志穂
写真/山口 拓朗

銀のすぷーんの 筑後平野 旬だよりvol.31立花町のキウイ

 久留米の中心市街地から南へ約20Km。車で30分ほどのところに八女市立花町があります。立花町では、たけのこ、梅、みかんなど様々な農産物が栽培され、中でもキウイの収穫量は、市町村単位で全国No.1を誇っています。そんなご近所から今、キウイが毎日たくさん届けられ(単位はt単位!)、shundayori2.jpg銀のすぷーんでは下ごしらえに大いそがしです。キウイは実は冬に収穫されるのをご存知でしたか?収穫された後、食べ頃の甘さや、やわらかさになるまで追熟、出荷されているフルーツなのです。手作業で皮をむいた後、切り分け、乾燥させたり、shundayori1.jpgジャムにしたり、もちろん生でも!パイやクッキー、パウンドケーキにといろんなお菓子に変身します。周りを豊かな自然に囲まれた筑後地方だからこそ味わえる、幸せなスウィーツをご堪能ください。

取材協力/銀のすぷーん

落語スズメ 第五十一回 「三平さんのこと」

 松田 一成

「パンダは何食ってんだろう?」「パンだ!」。先日久留米で『二代林家三平襲名披露興行』が行われた。見れなかったが、結構な入りだったと伺った。よかった。アタシが小さい頃はテレビに出てる落語家さんは、三平さんが一番だった。『昭和の爆笑王』『神風タレント』、とにかくすごい人気で、あのもじゃもじゃ頭にタキシード、右手を軽く握り、おでこにくっつけ「どうもすみません」。冒頭の小咄は、YMOのアルバム『増殖』より、その三平さんのパロディ、スネークマショー演ずるところの『林家万平』。このスネークマンショーというのは、なかなか残酷で、あのアバや麻薬で入国を拒否されたポール(牧ではありません)のネタなんかをやってて、それまで大正テレビ寄席とドリフしかしらなかったアタシにはかなり辛い笑い。とくに冒頭の三平さんのギャグは、あれだけ売れていた人が、嘲笑のネタにされてしまうという、もう人前で落語家が好きだなんて言えないと思い込ませるに充分だったようなセンスでした(ひょうきん族で念を押されました)。それから30年。その三平の名前が復活。嬉しい。三平さんごめんなさい。アタシは大好きでした。思春期の気恥ずかしさも手伝い、わざと『桑原茂一最高!林家、ダセー』とか言ってました。あなたがテレビに出てくるだけでぱっと明るくなって、笑みがこぼれる。「ヨシ子さん」「カラダだけは大事にして下さい」「もう大変なんですから」、落語は聞いた覚えはありませんが、ギャグが次から次に出てきます。下ネタはやらない、誰も傷つけない、芸人であることを忘れない。もじゃもじゃ頭をかきながら少しだけ困ったような顔をして、その場にいる人みんなを和ませる。後で知りました。亡くなる少し前に病院のベットの上で「ご自分の名前がわかりますか」と先生に尋ねられた時に「加山雄三です」と答えたそうですね。そこにいた全員が、この人は天才だと思ったそうです。その凄さを見た二代三平師はどうつないでいくのでしょうか。期待しております。三平さん、思い出したこと。

追伸 第43回琥珀亭オトナ寄席、3月19日(金)『祝!第47回なにわ芸術祭新人賞受賞!笑福亭風喬』ゲスト有り

琥珀亭 0942・38・0570
ホームページチェック!
http://www.kumin.ne.jp/cofacoo/

住まいば考えよっ隊 Vol.39 便利ばってん…

sumaiba1.jpghttp://blog.kurumenokenchikusi.com/

また、つけっぱなしやん!」と、最近ますます無駄が気になってしょうがない45歳、家庭の嫌われ者です。しかし、これだけはどうしても気になるのでご報告を。
 シングルレバー水栓ってあるやろ。レバーを左右に回して温度の調節、レバーを上下させて水量を調節すsumaiba21.gifる便利でスマートなデザインになっとるやつ。便利ばってん…、水を出そうと思ってレバーを上げても、図のように少しでもお湯側にレバーが回ってると給湯機はその指令を感知してお湯を放出。給湯機から蛇口まで配管距離があるので、顔洗って歯を磨くくらいでは蛇口から お湯が出ることは無い。(図でお湯0以外の位置は、どの位置でも全力で蛇口までお湯を運ぼうとします)だけん使用者には、お湯を使ってる自覚がないけど、お湯ば使いよる訳たい。よく見かけるのは、レバーが真ん中にきてるパターンやけん、気を付けないかんばい。
 何回説明しても我が家の洗面所は若干お湯側に回ってるので、家族全員にこの図を書いて説明すると「うざっ」と、更に嫌われる訳たい。
 合掌

「住まいば考えよっ隊」
建築屋 新谷 秀生

「楽家事」ってECOかも♪ vol.15 魚焼きグリル

rakukaji4.jpgさと子ママ(日々の生活や育児をシンプルにラク~に楽しむ1児の母)

 我が家の使わなくなった家電の中に、オーブントースターがあります。頻繁に使い込んでいた為に庫内のガラス面の汚れをいくら掃除しても取れないのにも関わらずよく目に付く場所に置いていたので、日々オーブントースターとにらめっこしてました(笑)
 そんなある日、食パンをガスコンロの下にある魚焼きグリルで焼いたら、早いし外はカリカリ!でも、中はふっくら♪それからというもの、次々にお野菜・お肉・惣菜の温めなおしなどなど、フル活用~。この冬よく食卓に登場したのは、カブと人参のグリル焼き(切って魚焼きグリルで焼くだけの料理??。カブは輪切り・人参は縦に3~4等分に切る(もちろん皮は剥かない)。魚焼きグリルに並べて焼くだけ!!カブも人参も美味しさと甘味がギュッと凝縮され、まさに格別!魚焼きグリルで焼いたらニオイは魚臭くならないの?という声が聞こえてきそうです。私もそう思ってました!でも大丈夫!!小さな庫内の魚焼きグリルでは急激に食材を300℃以上に加熱するので、食材から急激に水分が蒸発され臭いの分子が入りにくいのです。ただ受け皿や網に魚の皮や身がついていたら食材に臭いがつくので、魚を焼いた後はこまめに洗った方が良いですヨ♪そして、火を止めたあとは庫内はしばらく高温なので余熱調理が出来ます…が!忘れちゃって庫内の中で食材が冷めてしまうと臭いがついてしまいます(涙)そのような時はもう一度火をつけて焼ききってしまいましょう♪ここで注意!灰にしてしまうのではなくて、臭いを飛ばすくらいに焼くって事ですので、お間違えナク~…
 魚焼きグリルには、上から焼く片面焼きと、上下両方から焼く両面焼きがありますが、片面焼きで焼くときは予熱を2~3分すると良いですヨ!次号へ続く…
我が家は、両面焼きグリルなので8分位に焼いてます。片面焼きは5~6分、裏に返して3~4分位かな。焼き時間は、機種によっても異なる場合もありますのでご注意ください。

旬Cooking今月の料理菜の花の白和え

米米くらぶ現代食生活塾
鬼塚 ユキ子

shuncooking.jpg今月の料理
菜の花の白和え

 寒さも和らぎ、心地よい春の風を感じる季節となりました。草木は芽吹き可愛らしいつぼみを膨らませています。春は苦味を頂く季節です。よもぎやつくし、せりや菜の花…と香りや苦味のある個性的な山菜、野草がでてきます。さっとゆでて、胡麻和えや味噌和え、白和えなどの和え物で春の味を楽しんでみてはいかがでしょう。苦味のある山菜や野草は、冬の間に体に溜まった老廃物を体外に出してくれる排毒の作用がありますから、美味しく食べて、どんどん綺麗になって下さい。今回は菜の花を白和えにしてみました。国産大豆100%で作られた木綿豆腐で作ると砂糖もいらず、自然の甘味が一杯です。忙しいときは練りごまを利用すると簡単に作れます。三つ葉やせり、タラノ芽やふき等でも作ってみてください。

「菜の花の白和え」の作り方
1.菜の花1把はさっと茹でて水に取って冷まし、水気を絞り、3cm位に切る。
2.豆腐1丁はしっかり水切りし、すり鉢でよく擂る。
3.②に練りごまと味噌を各大さじ2加え、なめらかなクリーム状になるまでよく擂る。
4.味をみて、塩を少々加えて味を調え、①の菜の花を和える。

B級グルメの聖地くるめ 「2億4千万の脂肪」 

久留米豚骨カルビっ隊!
事務局長
豆津橋 渡
website  http://b-g-q.net/    
e-mail  info@b-g-q.net

♪つまみ合う
脂肪のレーザービームで 
おなかに描く 波打つ肉の縞模様
この腹の 片隅2億の脂肪が 
メタボな事を探しているのさ

腹の肉タブ震わせる
ベルトは閉まらないようでも
人は あばらの 夢を
見ずに いられない・・・・誰も

*出会いは億千万の 腹騒ぎ 
あふれるくらいに
メタボリック・ジャパーン
出会いは億千万の 肉騒ぎ 
生命(いのち)にかかわるメタボリックメタボリーー ック・ジャパーン!

隣合う 脂肪が火花を散らすよ 
お肉達をのせた
ズボンのウェストライン
抱きしめて 男も女も脂肪を 
生きてるだけじゃ淋しいよ

ひとり密かにつのらせた
厚い脂肪になる夕暮れ
汗が 量を そっと 変えて
溢れ出す・・・ 今日も

*(くり返し) ♪

1月に発足した【久留米豚骨カルビっ隊!】のテーマソング「2億4千万の脂肪」。

原曲はみなさんご存知の「ジャパーン!」で有名なあの曲です。作ったのは青森で活躍している3人組「トリオ★ザ★ポンチョス」の「うっちゃん」こと内山千早さん。実は昨年の横手(秋田県)でのBー1グランプリで初披露するよ!って情報を聞いたので会場に行ったら・・・なんとステージに上げられて、トリ★ポンの真ん中で歌わされてしまいました(それもフリ付き!)。ビジュアルと歌詞にピッタリはまり(?)それ以来、私の持ち歌とさせていただいています。

メタボなあなた!ぜひ、歓送迎会・花見などで歌ってください。

問い Eメール
galbi@b-g-q.net

ラーメン今昔物語 128「クレームは宝」 ラーメン屋のHK

二十年ほども前の話ですが、僕が近所のある小さな商店で饅頭を買い、家で食べようとしたところ、何とその饅頭にカビが生えていました。お客さんも少ないうらびれた店だから、商品の回転も悪くて古くなっていたのでしょう。僕はとりあえずカビの生えた饅頭をその店に持って行きました。「おばちゃん、さっき買った饅頭、カビの生えとったよ」すると、そのおばちゃん、僕が差し出した饅頭を見もしないで、「ウチはそんな商品は置いとらんし、売った覚えもなか!」と、いきなり逆ギレ。僕はけんもほろろに追い返されてしまいました。とっても印象的なお店の対応で、僕はあきれて腹も立ちませんでした。
 クレームはその対応の仕方で、その店なり会社なりのレベルがわかります。
 まず三流の対応、それはそのカビの生えた饅頭を売った店のように、クレームそのものを認めもしないで、しまいには逆ギレしてお客様を逆恨みするパターン。もうこれは論外ですね。
 次に二流の対応。それはクレームのお客様に対して、上っ面だけで謝り、心の中では舌を出して、お客様を小馬鹿にしているというもの。こんなお店や会社は伸びないどころか、確実に衰退します。
 そして、一流のクレーム対応は、まずお客様の話を真剣に聞き、話の内容を全て把握した上で、こちらに落ち度があれば、お客様の気持ちになって心から謝罪する。そしてお客様に損害があれば、誠意を以て対応するというもの。さらにその後が最も大切です。クレームというものは重要な情報であり、氷山の一角です。その情報を真剣に解析し、その不具合の要因が見つかれば、即座に改善をし、それを全社に周知徹底させるということです。
 こんな会社(店)は必ず伸びます。そしてその会社は、クレームに感謝します。クレームは宝なのです。
 とは言うものの、果たしてウチの会社は何流なのだろう・・・、ちょっと不安です。
(2010年3月)

◆バックナンバー http://www.taiho.net

スパイスな食育vol.40 「68才の誕生日」

supaisu11.jpgスパイスハウス吉山  吉山 武子
TEL.0942-34-4327

 2月11日(建国記念日)。68才の誕生日を元気に迎えました。自分でも信じられません。
 朝一番、孫からの誕生日祝いが届きました。私の大好きなチューリップの花束に、おぼえたての字で書いたメッセージが添えられていました。昼から玄関のチャイムが鳴り、またまた孫が選んだお洒落なエプロンと、夫に“おじいちゃんだーいすき”の・マーク付きのバレンタインチョコレート。夫も嬉しそうでした。私もとっても嬉しく、一日中心が浮き浮きしながら、夕方お礼の電話を入れました。第一声は『タケおばあちゃん、お誕生日おめでとう』でした。バースデーのおうたは『はずかしい』と言って聴けませんでしたが、いつものように元気に明るくおもしろく、お腹を抱え涙が出るほど会話が弾みました。例えば肉まんを送ったときのお話では、『豚が入っているから美味しいよー』と言いますと、『ぶたじゃぁなくてぶたのお肉でしょう?』といった具合です。私はいつも圧倒されっぱなしです。
 嫁や孫から折りに触れ温かい気持ちが届けられ、一年一年成長していく様子に感謝と嬉しい気持ちの反面、私共は確実に『老いの入り口』にきているなぁーと近頃つくづく感じる事が多々あります。勿論、仕事に臨む時はまだまだ気持ち的には50才代位の体力と気力で頑張りますがー。同年輩の読者の皆様はどのように自分の年令と向き合い、健康管理しながらお過ごしでしょうか?

P.S.おじいちゃん、おばあちゃん、プレゼントとってもうれしかったよー。ありがとう!

これが自分スタイル-天に昇る龍のように私もとことん昇っていきたい

天に昇る龍のように
私もとことん昇っていきたい

nakamura_02_1.jpg中村 龍広 さん

【PROFILE】なかむら たつひろ(57歳)
1952年生まれ。久留米市荒木町出身。筑後市在住。5年前に脳梗塞で倒れ右手が不自由に。2年程前から火曜、土曜に『いきいき野中デイサービスセンター』にリハビリに通い、昨年6月から左手での絵に挑戦。

 「中村さん、一緒に描きましょうよ。大丈夫、左手で描いたらいいんですよ。絶対描けるから」
 『いきいき野中デイサービスセンター』主任の佐藤さんのその言葉で、再び鉛筆を握った中村さん。
 「時間はかかったけれど、久しぶりに絵を描けて嬉しかったです。出来上がった時にはスタッフの皆さんがすごい!と言ってくれて嬉しかったです。続けて下さいよと励ましてくれました」
 左手で初めて描いた花菖蒲の絵は、とても色鉛筆とは思えないほど色鮮やかで細やかな柔らかさがあった。
「庭に咲く花菖蒲を見て、この花ええなーと思い写真を撮って描いたんです。出来上がった絵をスタッフの方々に褒められ、左手でも描けるんだと自信ができました」
 中村さんは、中学の頃から絵を描くのが大好きだった。とくに似顔絵の水彩画を得意とし、描いて人にプレゼントするのが好きだった。「おまえ、美術学校に行けや」と、先生に言われたほどだったが、家庭の経済的な理由で断念し、それでも趣味で描き続けた。
 五年前、仕事中に脳梗塞になり倒れる。その後、当時住んでいた山口から久留米に戻り、妹さんの家に住んでリハビリに励んだ。「右手が動かないから絵を描くのはだめだ……」。趣味で描くことさえ諦めた。
 昨年から一人暮らしを始め、一人で静かに過ごす時間も増えた。そんな時だった。右手でなくても絵は描けると、佐藤さんをはじめスタッフの方が声を掛けてくれたのは。
 「右手では何でもないことが左手では難しいんです。絵を描き始める前に、まずは左手で線を書く練習を一週間ぐらいしました。左手で絵を描くと、描いた線が手で隠れて見えないんですよ。色を塗る時は消しゴムで消せないので失敗はできない。線からはみ出さないように、息を止めてゆっくり時間をかけて塗っていきます。絵の具と違って色鉛筆は色が薄く、濃く塗るためには力を入れて塗らないといけなくて手が痛くなります。すぐ鉛筆の先が丸くなり頻繁に削がねばなりません」
 一枚の葉っぱを描くにも二~三時間かかるという。少しのはみ出しもブレもないよう心は左手に集中。「絶対に失敗したらいかん、絶対に仕上げんといかん……」。そう思う一方で、なかなか思い通りに描けない。イライラする時は休憩しながら。けれどまたすぐに描きたくなるという。
 「絵は自分にとっては挑戦です。描き上げないと許されない一つの意地です。失敗したらすぐ破り、一つを仕上げるのに二~三十枚破ります。たとえ色まで塗って半分以上出来上がっていても……。何度破ってもそうまでしても描くことを諦めないのは、自分が絵を好きだからでしょう。その気持ちを何年振りかに思い出させてもらったからです。絵を描く時は、他のことを一切考えないでいいので心が楽になります。これまでの辛かったこと、困ったこと、病気になったことも描き始めたら関係ないんです。一つの絵が仕上がった時、自分の一つの挑戦が終わったなと思いますね」
 一つ乗り越え、一つ作品が出来上がる。絵を描き始めた昨年の夏から、作品は五枚に及ぶ。中村さんの自分への挑戦は続く。

挑戦を支える思い

 十二月には、同センターの協力により津福郵便局にて個展を催した。
「自分の絵が飾られるなんて。とても嬉しかったです。訪れた人の感想を読んだら涙が出ます」と、感想が書かれたノートを開きながら、中村さんの目は潤んでいる。「励まされました」「感動しました」と、ノートに綴られた言葉。彼の中での『挑戦』である絵の向こうに、必ずあるのは人への思いだった。
 「病気になって涙が出やすくなったように思います。病気の自分は到底相手にはかなわないという惨めな思いや、小さい頃からの辛かったことが浮かんで涙が出てくるんです。そのため、人と話すのは好きではありません。けれど、今回の個展で自信ができました。再び絵と出会えて本当に嬉しかったです。佐藤さんやスタッフの方々が勧めてくれなかったら、もうずっと絵を描くことはなかったでしょう。皆さんに出会えて感謝しています。私の絵を見て誰かが喜んでくれたらそれでいいんです。同じように障がいを持った方達が、私の絵を見て『よーし、僕達も描こう!』と思ってくれれば嬉しいです」
 そう言って、中村さんは一番好きだという龍の絵を膝に抱える。仕上がるまでに一ヶ月かかったという。
nakamura_02_2.jpg 「この龍の絵が一番気に入っています。雲の中を舞い天に昇る龍の姿が好きです。私もとことん昇っていきたい」
 中村さんの名前も龍。吸い込まれるようなピンクや黄色の明るい色彩の中を二匹の龍が雄雄しく舞っているその絵は、全てを受入れ進もうとする希望に満ち溢れていた。

文/森 志穂
写真/小原 亮

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