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くるめ-コラム

くるめ食素材探検 vol.70

ドラマの影響もあってお馴染みの野菜に「ゴーヤー」編

文/靏久 格(産直や 蔵肆)

酷暑にも耐え、真夏でも涼しげな緑色を提供してくれるゴーヤー、語源は、中国語の「苦瓜(クーグア)」から説、英語で「ヒョウタン」を意味する「Gourd(ゴード)」から説、沖縄の「合屋」さんが育てていたからなんてのもあります。もっとも、呼び名はカッタイカズラ、明治のあたりは「レイシ」の呼び名が一般的だったようです。熱帯アジアが原産で、中国を経由、どうやら沖縄で300年ほどまえから栽培、食べられていたようです。ただ、食用としてのゴーヤはもっぱら沖縄で栽培、本州では明治時代でも観賞用としての栽培が中心でした。

本格的に食卓に上がるようになったのは1990年代から。害虫の根絶で本土への出荷が可能になったことや、当時の健康ブームに乗って「夏バテに効くのは苦み」とのイメージがつくられ食卓になじんだようです。また、沖縄を舞台とした2001年のドラマ「ちゅらさん」の影響もあったんじゃないでしょうか。なんさま、皆様の口になじんて30年ほどなんですねえ。

鹿児島や宮崎などでも植物分類的には同じ種が栽培されたんですが、こちらは「ニガウリ」が訛って「ニガゴイ」(鹿児島)「ニガゴリ」(熊本)などとよばれてきました。沖縄のゴーヤーと本土のニガウリを別の作物だという人もいらっしゃいます。たしかに、食べ比べてみると苦味が違うような・・・。ちなみに、5月8日をゴーヤーの日、そしてこの数字を逆にした8月5日は裏ゴーヤーの日なんだそうです。いろんな記念日があるもんですね。

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蔵肆

新・落語スズメvol.12

「社会派です(笑)」

文/松田 一成

タイムリーに吉本問題(笑)。まあ、次から次に、いろんな話が出てきて、二転三転、つじつま合わせに四苦八苦、それを追い詰めて、世の中は果たして何を映しているかとういう話。勧善懲悪のストーリーに仕上げるには、主人公のキャラ不足が露呈。セコイ嘘の発端は、体制批判に、お前が言うな感を漂わせながら、御涙頂戴とは少し遠かったよう。ただ、金髪某氏の天然ぶりが、この人ほんとに素直な人なんだろうなと、テレビで本当の事を言ってしまった琴錦関の「どっちも好き発言」と重なりました。アタシも早速お茶の間コメンテーターの仲間入り。素敵です、生活には全く関係のない話を、飛び切りのエンターテナーとして金もとらずに見せてくれる世の中は。中心はテレビ。テレビは正義、テレビはモラル、テレビは生活。まだまだ世間、いや、国家を為している風情。そのテレビの強力なライバル、ネット。ある程度のポジションをこしらえてきましたが、いかんせん、全ての世代には行き届かず、まだまだテレビが前提の世界だったり、興味のある方向だけがその人にとってより深い世間になってしまう難あり。どっちもロハ(只)で楽しみ、アガペー(無垢の愛、おおげさ(笑))だと信じている我々はその対価に何を支払っているんだろうと。こんなくだらないことで大騒ぎしながら(くだらないというのは正義やモラルの押し付け)消費活動の片棒を担いでいることは織り込み済みでしょうが、それを差し引いても、今回の違和感は拭えず。これがプロレス的予定調和ならあっぱれですが、労働闘争をする芸人は笑えません。テレビやネットが映し出す現実と言われている世の中と、多少ずれを感じている、そのずれが対価(つけ)なのかなというのが今回の話。

久留米文学散歩 vol.80

怪火⑥

文/増原 達也

「父さん、何かあったの?」下の叔母が家に入ると、囲炉裏を前に箱膳を横に座っている祖父に盾問を浴びせていました。「何かて、何がだ…」と祖父は不思議な顔で応じていました。すると、弟を寝かせて戻って来た祖母が、「この子達が狐火を遠くから観たと云うとるが……」この辺の会話の順序は良く記憶していませんが、祖母は明かりを観た事を伝えていたのです。それに対して祖父は、「近頃狐が出ると云う話は耳にしとる。それに家も、ここ二〜三日は毎日の様に鶏を一羽ずつやられとるが…」と、そんな会話だったと思います。そんな事が小学校三年生の頭の中に記憶として残り以後、狐は遠くから観ると、「灯」に観えるものと私の頭の中では忘れられぬものになったのです。本当は何であったか80も半ばになった現在でも不明ですが。只、直線で数百メートル先に「かがり火」が10ばかり、右から左へ移動した事だけは、確かなのです。只、科学や化学が、これだけ発達した現在では、他人に話すことではないので、私の胸に納めていました。そんな事が存った為でしょうか、浅井忠の「狐の嫁入り」の絵は早くから気に掛けて観る事になぅた様です。あの絵は、狐の列や持ち物が影として描かれたバックに色を添えてありますが、狐の動きには躍動感が存り狐や持ち物に色を感じさせています。この人は本来油彩画家なのですが、この絵一枚が水彩画として遺されています。そしてプロット(構成)を青木繁が真似て描いたのが、「海の幸」だという説が存ります。もう一つは魚の水切りを観たのは坂本繁二郎の方で、それを一緒に旅行していた青木繁に話し、あの作品が生まれたと云う説も存ります。この二つの画を観比べてみますと「浅井忠」の精緻さがよく理解できます。一方、青木繁の筆の荒さが目に付きます。もう忘れましたが、この二枚を大きくカラー写真にして某新聞が発表した事があったのですが、その際も評には青木繁が浅井忠のプロットを真似た様な事が書いてあったと記憶しています。 -つづく-

香茶店〝香り不思議発見〟 Vol.106

初盆を迎えるご家庭に

思いを込めた香り届けませんか!

香star

七十七日忌を終えた最初のお盆を初盆(新盆)と呼びます。ご縁の深かった方ならその思いもひとしおですね。香舗天年堂では、お盆用お線香ギフトを多数用意しています。約30種類のお線香セットは2,000〜3,000円が人気。店頭にてお好みのギフトをお選びください。地方発送も承っております、お気軽にお尋ねください。

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【天年堂夏休みワークショップ】

夏休み子どもお香づくり教室

天年堂では店舗内にて、香りでクッキーづくりのような遊び感覚で自分好みの香りのお香づくりを開催いたします!夏休みの自由研究にいかがですか!?親子同伴でも可能です。

とき:8月22日(木)10:00〜12:00

ところ:天年堂店舗内

参加費:1,620円(税込)

定員:小学生6名(保護者同伴可)

※定員になり次第締め切りらせて頂きます。

お申込・お問合せ:

天年堂 TEL.0942-51-2305

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天年堂 印香

コーヒー産地を訪ねて…一枚の写真 vol.123

“2006年 エル サルバドル

モンテシオン農園”

写真と文 安達  和宏

あだち珈琲は、1999年小型の焙煎機を導入し自家焙煎珈琲の取り組みを始めました。それから数年後、念願の産地訪問ではエル・サルバドルのモンテシオン農園でコーヒーチェリー(実)を摘んでいます。このモンテシオン農園の訪問でインスパイアされた想いこそ、”あだち珈琲”のコンセプトでありミッションです。2019年で、”あだち珈琲”は二十歳になります。多くの方々に力添えに感謝しながら、あの時の想いを忘れることなく「生産者」「消費者」の結びてとして、これからも一歩づつ前進して行きたいと思っています。

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2018 年1月TED×FUKUOKA での

あだち珈琲の取り組み

プレゼンテーション模様です。

▼このリンクからご覧頂けます。
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歯は健康のバロメーター vol.28

〜落合先生のお口のお話し〜

乳歯の脱落が早いな、と思ったら、

歯科受診をしましょう1

おちあい小児歯科医院 院長 落合 聡

以前、歯が萌出する時期や乳歯が脱落して永久歯が萌出する時期は、歯の種類によってだいたい決まっている、というお話をしたことがありました。その時期は個人差が大きく、同じ学年のこどもでもかなり違うことがあることも合わせてお伝えしていたと思います。

そんな個人差の大きい歯の萌出や脱落の時期を注意深く観察することによって、大きな病気の早期発見ができることがあります。今回はそのお話をしましょう。

それは低フォスファターゼ症という病気です。これは代謝異常によって骨が丈夫につくられず、これによってさまざまな生活上の困難、例えば、歩き方が不自然、走ったり運動することが苦手、骨折しやすい、呼吸や関節の動きに支障がみられる等、他の同じ年の子とどこか違うような気がするけれども、この病気にかかる子どもは大変少なく、重症な症状を認めるこどもは15万人に1人ですので、つい見のがされてしまうことが多い病気です。この病気のわかりやすい症状の一つに、4歳前に乳歯が自然に抜けてしまう、ということがあります。乳歯が抜けるのは6歳前後、多少の個人差はあるとはいえ、4歳前に何本もの乳歯が抜けるようなことがあればこの病気である可能性があり、その際には小児科あるいは小児歯科でご相談されることをお勧めします。

次回はこの病気について、知っておきたい症状についてお話していきます。

むすんで、ひらいて!! vol.63

自閉傾向にある子の成長の波

一般財団法人田中教育研究所

幼児心理カウンセラー  野田 鏡子

30年前から私の所でも自閉症の子ども達の指導を行っているのですが、15年程前から相談が多く年々増えています。生活環境の変化も大きく関係しているかもしれません。

小平記念会・家庭教育研究所 土谷みち子先生の研究によれば、「乳幼児期にテレビ、ビデオ、DVD、スマホ等々 視聴の長い子どもは自閉症的な行動特徴を示す」と、マイナスの影響が強く示されています。

自閉症的というのは、生来的な脳の障害の自閉症ではなく、その症状が自閉症に非常によく似ているという事です。表情が乏しい、気持ちが通わない 等々。今回は、自閉症・自閉症的な子へのカウンセリング方法をご紹介しましょう。

方法は、まずプレイセラピー(遊戯療法)からで、ひたすら子どもの興味を示すものを一緒に遊び探します。言葉掛けをしながら頭を撫でる、抱きしめる、頬擦りをするなど、身体に触れこちらの気持ちを伝えることは欠かせません。また、心の隙間を見つけて信頼関係も作っていきます。

心の隙間というのは、「いない いない ばあ」をすると、一瞬、その時だけ目が合うとか、座っていると足をくっ付けてくる等です。ちょっとした相手のサイン、ふと見せる心のある行為を見逃さないのが大切です。

次に、揺さぶりをかけます。揺さぶりというのは、わざと嫌がることを少しやって反応を見ます。これには少し経験が必要でしょう。これを、ひたすら続けます。

成長には波があり、良かったり悪かったりの繰り返しです。

図は、私が7年間カウンセリングを行った子の成長の波です。この子の場合は、3年くらいでほぼ安定しました。

先天的な自閉症でも、自閉傾向にある子でも、健常児とほとんど変わらない人格的な発達が望めるようになると、私は考えています。しかし、早期の発見、指導が非常に大切で、大きくなればなる程、その成長が難しくなっていきます。やはり人との関わりはとても大切ですね。

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成長の波データ図

くるめ食素材探検 vol.69

実はカボチャの仲間「ズッキーニ」編
文/靏久 格(産直や 蔵肆)
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今年の梅雨はどこにいった?初夏を迎え、ゴーヤー、ヘチマ、ユウガオなどウリ科植物の美味しい時期となりました。

ズッキーニ、形はきゅうり、食感はなすに似ているけれど、実はペポかぼちゃというカボチャの仲間です。ですが、蔓は無く株から長い葉を伸ばして、まるでメデューサの頭みたいな風情のお野菜です。一般的に見かける20㎝くらいのサイズのものは、じつは未熟果。ほおっておくと完熟して、成人男性の腕ほどあるものができたりします。もっとも、成熟するほどに味わいや香りが強くなっていくんだという人もいます。確かに大きくなると中央部は種ができはじめて、その周りが綿状の組織で包まれはじめるので嫌がられたりします。が、食感はやわらかく、くんにゃりとしだして、大きなものの中央部をくりぬいて肉などを詰めて焼くという調理法があるくらいなんですよ。お見かけの際は、お試しくださいませ。
あまり由来はわかっておらず、メキシコ原産なのかなというくらい。ヨーロッパに持ち込まれたのは16世紀ですが、本格的に料理に使われだすのは1960年ごろ。日本ではイタリア料理がブームとなった1980年代以降に一般的になりました。
ズッキーニは低カロリーで、体内の老廃物を排出してくれるカリウムが豊富。ビタミンCやカロテンもバランスよく含んでいます。なすやかぼちゃなどと同様、油との相性のよさは抜群で、フライや天ぷらもおすすめです。スープやラタトゥイユ、カレーなど煮込む場合も、先に油で炒めたほうがおいしくなります。油で調理すると、カロテンの吸収率アップにもつながりますしね。もっとも、カロリーもあがっちゃいますが。生で食べる場合は、皮を剥くか薄くスライスしてどうぞ。保存は常温か涼しいところがおすすめ。冷凍や長期保存には向かないので、持て余したときはキムチやピクルスなどの保存食で!

新・落語スズメvol.11

「落語教育委員会in久留米」
文/松田 一成

「これじゃあ、ホノルルタクシー協会の慰安旅行だよ。」久留米の文化街を歩く、アロハシャツにパナマ帽の大男を先頭に、今は亡き柳家喜多八師が大笑いしたのは、前回、二〇一四年「落語教育委員会in久留米(個性派3人の噺家が織りなす、古典、新作、おまけにコントもある贅沢な落語会)」の打ち上げ。大男とは三遊亭歌武蔵師、他御一行様には柳家喬太郎師とお付きの鏡太さん(現・月の家小圓鏡)、関係者2名。チケットの販売を手伝って下さった3件のスナックを梯子している途中の風景。一件目「S」で出された塩クジラに執着したのは喬太郎師。何でも、生まれて初めて(この久留米で!)塩クジラを食べたのだそう。二件目「R」。和服のママの笑い声は、ロマンチックな蝋燭の明かりとともに、歌武蔵師(独身)の旅情を掻き毟り、三件目「H」では師匠方から「恋するフォーチュンクッキー(振り付き、時代ですな)」ご披露のあと、喜多八殿下(学習院出身だけに)オンステージが続いた。「落語教育委員会」メンバー三人でカラオケに行ったのは結局、その久留米の晩が最初で最後だったそうで、今も続けられている2人の師匠方にも特に思い出深い会だったと伺った。そう、書き出しに前回とあったでしょ。五年ぶりに今回があるのです!8月23日金曜日、えーるピア久留米にて午後7時開演「落語教育委員会in久留米」。出演 三遊亭歌武蔵、柳家喬太郎、三遊亭兼好 古典、新作、コントに、落語の粋を織り込んだ贅沢な会。喜多八師亡き後、新メンバー三遊亭兼好師の評判も抜群。お時間、ご都合がつきましたら、足をお運びください。いや、ほんと贅沢な会です。是非。

久留米文学散歩 vol.79

怪火⑤
文/増原 達也

どれ程の時間を要したかは忘れましたが、山の中を歩けど歩けど人家が無かった事は子供心に憶えています。元々が中国山脈で標高が高くなっている地区ですから、山の尾根に近い処を歩く様なものです。女三人にどの様な会話であったかは、知る由もないのですが、最後の峠を越えて実家の集落が展望できる処に来た時、「姉さん、あれ葬式の灯りじゃないの」と、下の叔母が母に告げました。私は母姉妹に手を引かれて歩き通していましたので、その方向に直ぐ目が行きました。そうですローソクの火の部分だけが10ばかり母の実家のある処の上から下へと「ふらふら」と進んでいくのです。決して輝くと云った光ではなく「橙」色の色紙を切り取って並べて下へ進めているようでした。それが母の実家の角迄来ると、まるで角を曲がって物陰に隠れる如く、次々に消えて仕舞ったのです。記憶には全く存りませんが、姉妹三人で「あれは葬儀よ」とか、「誰かの結婚式なのかしら」「いや葬式じゃないの、誰か病気の人、居たかね」と三人姉妹は姦しい事でしたが。「あら、家の角で消えていくわ」灯りが消えて仕舞ったのは、どれ程の時間だったか、二分だったのか10秒か、20秒位だったのか、長くてもそんなものだったでしょう。この光は不通の光と違い光子の作用が余りありませんでした。則ち輝きがないのです。橙色の折り紙でローソクの行燈を造り、それを並べて進めている様にも観えました。そんな、こんなで母方の実家に着いたのですが、この寒いのに祖母はある程度の処まで迎えに来ており、母が背負っていた弟を取り上げていました。今考えるとどの様にして祖母と連絡を取ったのか不思議です。「寒かったろう・・・」と云いながら、自分が肩に掛けていたボロ切れを継ぎ足して造った防寒着の様な物で弟を包み受け取っていました。「母さん、葬儀か結婚式か何かあったの」と、下の叔母が早速尋ねていました。「いや、何もないが」と応えたまま、そそくさと家の方へ歩いて行きました。 -つづく-

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