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くるめ-コラム

くるめ食素材探検 vol.59

和のミックススパイス「七味とうがらし」編
文/靏久 格(産直や 蔵肆)
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やっと朝晩すずしくなってきました。今年はほんに暑かったですねえ。ということで先月に続いてまだまだ辛い話題をお届けいたします。

七味唐辛子は、徳川時代の1625(寛永2)年に江戸・両国にある薬研堀で発売されたのが始まりの、日本を代表するミックススパイスです。

薬研堀のからしや中島徳右衛門が店をひらいて売り出したところ江戸っ子にうけて広まり、同じころ関西では伏見のあたりで栽培されていた唐辛子を仕入れて売り出したのが京都清水の「七味家本舗」、また長野市善光寺の「八幡屋礒五郎」も老舗とされています。
七味の配合原料の基本的な組合せとなるのが、二辛五香(にしんごこう)といいますが、関東では唐辛子の割合が多く、関西では山椒などの香りが強いといった傾向があるんだとか。また、香りや辛さも違うそうなので、機会があれば味比べしてみたいものですね。この「二辛五香」は、辛さに特徴がある原料を二種類、香りを重視したものを五種類という意味です。基本のレシピは、赤唐辛子(生唐辛子、焼き唐辛子)、ごま、けしの実、青のり、麻の実、陳皮、山椒、しその実などの中から七種類をブレンドしたものです。そう、七味にはきまったレシピはなく、唐辛子を含め七つの素材が入っていれば「七味唐辛子」なんですね。輸出向け商品は白ごま、しょうがを入れたりしているんだとか。これは、輸出先によっては「麻の実」や「けしの実」が法律の規制の対象となるためなんだそう。

ちなみに、海外にも輸出されている七味、日本では「しちみとうがらし」と発音しますが、海外の方々にとっては、一味唐辛子(いちみとうがらし)と発音が混同するという事で、英語表記で「NANAMI TOGARASHI」となっております。ななみ・・・。

新・落語スズメvol.1

「噺家の名前といえば…」
文/松田 一成

噺家の名前といえば圓生、志ん生、文楽、小さん、正蔵に可楽。(そういえば可楽師のお嬢様が毎年大江戸のれん市で久留米にやってきていたのはご存知か。またそれは別の機会に。)また四天王と呼ばれた、志ん朝、柳朝、談志、圓楽。継がれた名前もあれば、大きすぎて誰も襲名できずにそのままになっている名跡も。その中で100年近く継ぐものが現れず、飛び切りの名跡といえば、あの御仁のお名前。ご存知、落語中興の祖、言文一致運動にも一役買った『三遊亭圓朝』。先月11日が命日でございました。安政2年(1855年)、師匠『圓生』の圓の字と、当時、江戸で売れに売れまくっていた新内語り『紫朝』の朝の一字をとって、『圓朝/エンチョウ』。噺家の名前に朝の一字が加わった始まりはここからではないかと。(アタシ調べ。亭号には「朝寝坊」が圓朝以前からありました。)気になりますね、その圓朝を魅了し、一字貰った紫朝という新内語り。〜富士松紫朝、本名は萬吉と称し、夙に明を失い盲人と為りて音楽を学ぶ。(中略)新内節と称する一派を開き、名声大に揚り、三條内府の邸に召され演奏を為すの栄を蒙りしことあり(中略)五十一歳の時久留米に帰りて多くの門人を教導せしが、明治三十五年陰暦正月二十二日七十六歳を以て没す。(中略)墓は寺町妙正寺に在り。(久留米市誌より)〜なんと、明治、大正、昭和、平成、綿々と現在まで続く源流がここ久留米にあったとは。噺家の名前、朝の一字は、久留米出身の新内語り『富士松紫朝』から『圓朝』へ。志ん朝、柳朝、そしてその柳朝の弟子小朝に(圓朝は小朝が継ぐという話も実しやかにありました)。芸どころ久留米の奥深さ発見。残念ながら上方の名跡『米朝』の朝は師匠米丸のお内儀さん、麻子からとったものだそうで(笑)

コーヒー産地を訪ねて…一枚の写真 vol.112

“2015年 ボリビア カラナヴィ”
写真と文 安達  和宏
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2015年9月に訪問したボリビアでの一コマです。
ボリビアの北ユンガス/カラナヴィの新しく開拓されたコーヒー農園を見渡しながら昼食をとりました。エキスポーターのペドロ・ロドリゲスさんは、生産者にコーヒー作りの指導を続け、ボリビアでの高品質コーヒーの拡大に尽力されています。車で移動中には、彼が何故カラナヴィという注目されて無かったこの地にドライミル(乾燥処理場)をつくり、逆境とも言える中に少しづつ光明を得て来たのかを語ってくれました。そして、コーヒーの樹が植え付けたばかりの目の前の山々を見渡し指差しながら『POTENCIAL!POTENCIAL!!』 『ポテンシアル! ポテンシアル!!』と何度も何度も私たちに紹介してくれます。私自身、この時の高揚感は、コーヒーに限らずヒト・モノ・コトの持つポテンシャル=可能性を感じる出来事となりました。そして…新たなプロジェクトを起こします。さて、この続きは来月号にてご紹介…お楽しみに!

久留米文学散歩 vol.69

夏目漱石と熊本そして久留米⑦
文/増原 達也

別項に記載していますが、現在は彼女が「自殺未遂」した場所は様変わりしています。彼女の心理を紐解く事は難しいのですが、当時の状況を様々の本から読み込んで、死ぬ気は無かったと思われます。
併し漱石には可成りショックだった様で、その頃にも(柳散る…)を残し、また句の様に至るのです。
只この時の気持ちは彼にとっては忘れがたいものだった様で7〜8年後の「草枕」を執筆した際には前段部分に似た様な文章を遺しています。それが「春は眠くなる……」から5行程ですが、この中には外国の詩人(シュレー)の内容と似た処もある様です。
扨問題の「草枕」ですが、明治39年9月号の「新小説」と云う雑誌に一括で載せられています。これが大変好評で売切れが続く有様だった様です。これを読んだ朝日新聞社の社主が、当時は東京と大阪とに分かれており、これを読んだのは大阪側で東京に連絡、小説記者として入社して貰う様、活動せよとなったそうです。その使者に立ったの、池辺三山です。本名は池辺吉太郎でこの人物は熊本県玉名郡横島の出身で先代は西南戦役の際、薩摩に参加、その戦後斬首されています。その吉太郎も参加はしたのでしょうが、まだ未成年だった為に生き残っています。その吉太郎が漱石と同じ明治14年の二松学舎入学者名簿に名前が存るのです。処が両者が書き遺している物には両者共に入社交渉のあった時が初対面と遺しています。漱石に至っては、西郷隆盛を彷彿させる人物であったと遺しており、三山の方が朝日新聞を早く辞めるのですが、亦三山の方が早く死にもし、その際の悼辞は漱石が書いています。漱石と三山は二松学舎の同じ時期に入り、同じ名簿にも名を連ねているのに何故朝日の入社時まで逢う事がなかったのか、その辺の事を一度ゆっくり調べてみたいと思います。只朝日が入社交渉に行く前に読売新聞も入社交渉に行っているのですが、何故か漱石は断っています。
尚、二松学舎の名簿には夏目金之助ではなく塩原金之助で掲載されており、夏目漱石に返るのは可成り後になります。

香茶店〝香り不思議発見〟 Vol.95

「彼岸過迄」とは…  香star

夏目漱石の長編小説のタイトルが上の題名になっている。正月から書き始めて、秋の彼岸の頃に書き終えることを前提にこの小説を漱石は書いていたという。暑さ寒さも彼岸までというように日本人には節目節目に季節の彩が出てくる。この季節はやはり彼岸花(曼珠沙華)、朝顔。それぞれ秋の季語。道端に咲く野生の朝顔も素朴でいい、彼岸花も真っ赤に色づき野に咲く。お彼岸が近づくとこの暑さもきっと和らぐはず。お墓参りの道端に赤と青の花を見つけたら、秋はもうたけなわ。

《9月の催しもの》
朝倉市上秋月にある
「水の音 土の音」さんの器を
展示即売いたします。
一点物の作品に秋を感じながら
ご覧ください。

歯は健康のバロメーター vol.17

〜落合先生のお口のお話し〜
「歯と歯の間にできるむし歯、
隣接面う蝕に注意!」
おちあい小児歯科医院 院長 落合 聡

前回は、むし歯は目に見える部分にできるばかりではなく、歯と歯の間、いわゆる隣接面と呼ばれる部分にもできやすい、というお話をしました。この隣接面にできるむし歯は通常行われる学校や幼稚園等の歯科健診で見つけることは困難で、確実に確認するためにはレントゲン撮影が必要であることは前回ご説明した通りです。それではこの隣接面う蝕を予防する方法があるのか、というのが今回のお話です。
隣接面う蝕に限らず、むし歯を確実に予防する方法は残念ながら確立していません。むし歯はミュータンス連鎖球菌という口の中に住み着いている細菌によってつくられることはわかっていますが、まだワクチン等を用いた対策が確立していないため、現状ではとにかく口の中でミュータンス連鎖球菌が活発に活動しないようにするしか方法がないからです。
その方法は、口の中をきれいにする、食事に気をつける、歯の質を強くする、の3つになります。これらは隣接面う蝕に限らず、どの部分にできるむし歯についても同様の方法ですが、特に隣接面う蝕の予防に有効なのは、直接歯ブラシが届かないことから、口の中をきれいにする、についてはフロス(糸ようじ)を使うこと、食事に気をつける、についてはジュース等、歯と歯の間に浸透していきやすいものの多飲に気をつけること、そして歯の質を強くする、についてはフッ素を用いること、具体的にはフッ素入りの歯磨き剤を使う、ご家庭や学校などでフッ素洗口をする、かかりつけの歯科医院でフッ素塗布を受ける、等、になります。
目に見えない部分に気をつける、ということはけっこうしんどいことですが、これらに気をつけてみて下さい。

むすんで、ひらいて!! vol.52

「長年、子どもの指導を
して来て思うこと」
wakaba2018_09.jpg⑤叱れば叱るほど、育てにくい子どもに
なるような気がします。
一般財団法人田中教育研究所
幼児心理カウンセラー  野田 鏡子

先日もスーパーで、思いっきり大声で子どもを叱っているお母さんを見かけました。
叱っている当の本人のお母さんは、もう全く周りが見えていません。客観的に自分の姿が見れなくなっていました。とても大きな怒鳴り声でした。「何度言ったらわかるの!」「いいかげんにしなさい」「ダメ!」しばらくするとまた怒鳴っていました。
子育ては大変です。思い通りになりません。疲れます、イライラします、その気持ちはよくわかります。自分の感情を抑えることはなかなか難しいです。しかし、それが子どもを育てる試練なのかもしれません。
小さい子どもほど、動作も行動も全てがゆっくりですし、手先の神経の発達もまだ十分ではないので、お茶をこぼすことも、物を落として壊すこともあります。して良い事と悪い事の判断も出来ません。スーパーでむやみに物を触ってはいけないということも知らないのです。
少しずつ教えられ、経験して覚えていくしかないのです。
ひとりの人間を育てる基盤は幼児期に作られると言われています。「……しなさい」と命令的な言い方をちょっと変えて、「……してみようか」「……できるかな?」と言い換えてみて下さい。子どもはとても素直にお母さんの言うことを聞くようになります。
子どもは、優しくいつも自分を守ってくれるお母さんが大好きです。思う存分甘えられるお母さんでいいのです。甘えが満ち足りると心は安定し、悪い事はあまりしません。
自分は、家族から守られ、信頼され、愛されているという実感を持つことによって、外に向かって成長していくものです。ちょっと心掛けてみて下さい。

ひろしじいちゃんの子どもの為の 絵ごころ指南!! Vol.5

子どもの絵 六ツ門教室
主宰 杉山 洋

「想像と写生」

右の絵は、N君の一年生のときの作品。初めての「イルカの曲芸見学」の楽しい感動がこの絵には満ちている。鉛筆使用を禁じてクレパスの黒のみの描線にのち着色させた。鉛筆での下書きではないので訂正は不可能。この年齢時の特有の、描いては消すの繰り返しがおのずから出来ない。そのために黒の描線が顔や衣類に適当に混色してダイナミックな絵になった。混色は失敗の結果という誤りから解放するための指導である。やがてそこに絵を描く自信も生まれる。
画面の左や上からの見学する友人の描写を写生の誤りと指摘してはいけない。足下の大地の存在はこの年齢にとっては無意識の安全経験。だから「イルカの曲芸」を見て楽しんでいる自分・友人の立ち姿の想像主張には、大地の存在が必要。左の友人の大地は画用紙左側面。向こうの友人の大地は画用紙の上の側面である。この表現は絶対に誤りではない。これらの友人の存在を思い出して描いたものだから。人物描写が写生的ではない。彼らの存在表現があるからこそ、「イルカの曲芸見学」が学校行事であったことの主張が表現出来ている。画面右下の人物はN君自身の無意識の自己主張である。他の人物より大きいのはそのため。
左の作品はN君が六年生のときの「自分の靴」を描かせたもの。靴の置かれた環境が巧みに正確に描写されている。「なじみ深い靴」に対する愛情さえ見る者に感じさせるのは作者が良き思春期になりつつあるからだ。靴の置かれている周囲の写生力の迫力は、低学年の「イルカの曲芸見学」に写生を求めなかったからである。
くりかえす。幼児・低学年期は自分の経験を思い出して描くもの。写生は出来ない。出来ないことを無理強いしたら嫌いになる。進学し知力体力が整ってきたとき、おのずから写生力が身につき、やがて芸術的表現意欲が生まれる。

《ともに全日本こども美術展受賞》

▶【N君 小六年作品】
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▶【N君 小一年作品】
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ひろしじいちゃんの 子どもの為の絵ごころ指南!! Vol.4

子どもの絵 六ツ門教室
主宰 杉山 洋
「子どもの絵に芸術を求めてはいけない その2」

幼児期は主観的に絵を描き、客観的には描かない。いや描けないことをこの欄でしばしば述べた。上の右のS君の絵は小一年のとき。動物園で見た「フクロウ」の絵である。初めて見た「フクロウ」の眼の大きさに驚いた経験が主観的に表現されている。右に立つ人物が自分で、左の人物は友人。驚いた自分の経験を描いたのだから、おのずから自分を大きく描いている。左右の子どもの大小を客観的に比較してはならない。左の作品は同じS君の小四年の「クジャク」の絵。体力、知力ともに充分に発達して、この時期の適当な客観性が身につき始めている。「クジャク」という不気味は鳥がその翼の色彩に表現されてはいるが、写生力は未熟だ。しかし防御柵の向こうの友人たちの存在により、動物園見学時という社会性を無意識に表現している。「何時・どこで・誰が・何をした」という客観的ものの見方が始まりつつある良い絵である。繰り返します。幼児期の「塗り絵」はその将来の客観的知性を失わせると思ってください。

▶【S君 小四年作品】
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▶【S君 小一年作品】
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歯は健康のバロメーター vol.16

〜落合先生のお口のお話し〜

「きれいだと思っていたのに、予想外に虫歯がたくさんあった、という経験をしたことはありませんか?」
おちあい小児歯科医院 院長 落合 聡

虫歯が1本もなくきれい、この状態を守っていきたいと思って虫歯予防処置を受けるつもりで歯科医院を受診したところ、「虫歯8本ありますね」などと予想もしていなかったたくさんの虫歯を指摘されて驚いたことはありませんか?
なぜこのようなことが起こるのかというと、歯科医院では明るいライト、曇り止めのきいたミラー、水分を飛ばすエアー、歯科衛生士のアシスタント等、様々な角度から歯を診て虫歯がないかを診ることができるためです。つまり、ご家庭あるいは日常生活の中では気がつかない虫歯が見つかることがある、これが虫歯の有無に違いが生じる大きな理由です。
しかし、歯科医院においてもどんなに時間をかけて診ても直接目でみているだけではむし歯があるかどうか判断がつかない場所があります。それは歯と歯の間、いわゆる隣接面といわれる部分で、ここに虫歯があるかどうかで、虫歯の本数が格段に変わってくるのです。
歯と歯の間にはむし歯はとてもできやすく、どこにでもできる可能性がありますが、1~2歳くらいの低年齢のこどもに多いのは上の前歯の歯と歯の間、そして3歳を過ぎると上下にかかわらず奥歯の歯と歯の間に虫歯がみられることが多くなります。
歯と歯の間は通常、直接は見えないので、目で見て虫歯とわかる場合はすでに相当大きな虫歯になっていることが多くなります。どうしたら歯と歯の間の虫歯を早い段階でみつけることができるかというと、エックス線検査によって確認するのが現在では最も確実な方法になります。
ですから、年に1度の内科健康診断の時には胸のエックス線撮影をすることは一般的ですが、それと同様に歯の定期診査においても、3歳を過ぎたら1年に1回くらいは歯と歯の間に虫歯ができていないかどうか、エックス線写真撮影をして確認することが虫歯予防、虫歯の早期発見にとても有効です。

4歳の女の子、きれいにみえますが、実は虫歯が12本あります!どこにあるかわかりますか?
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エックス線写真 矢印で示す歯と歯の間の黒く抜けているところが虫歯です

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